【第四章:|Battle Royale “NightNight”】
◆ 序章 — REY のハイド
実況カメラが空撮に切り替わる。太陽が真上で瞬く 14:00、砂時計が落ちた瞬間に 100 名のプレイヤーがフィールドへダイブした。
ゲーム内時間は、現実の2倍の速度で過ぎていく。夜になるのは3時間ほどだろう。
“NightNight”──昼から始まり、3時間で闇へ沈むこのステージは、過去 REY が中央でハイドしライフル狙撃で優勝した伝説のマップ。その中央には3本の巨大な樫の木が聳え、そこが最終収縮点になる。
開始 10 秒、中央付近にスポーンしたREYは、中心広場に白煙を撒き散らした。スモークグレネードをありったけ、所持限界まで持ち込んだそれをぶちまける。
視界が真っ白になる隙に、パルクールのように中心の樹木の幹へ取り付き、木登りをしながら20mの高さに身を隠す。
木登りというスキルがあり、所持する武装の重量が軽くないと行えないが、今回はそれを最初から考えて整えてきた。
装備はショートボウ+黒矢 10 本、ギリースーツ(対赤外線仕様)、コンバットナイフのみ。銃声が轟く地上を他人事のように眺めながら、彼女はただ闇夜が来るのを待っていた。
◆ 夕闇まで — シロガネ視点
時計は 16:55。マップ全域が薄暗くなりはじめ、日が沈んでいく。
> 解説「おっと、中央の樹上から移動しないプレイヤーがいますね……装備は――は? ショートボウとギリースーツ、それにナイフ? 彼女のプロフィールは……ありました。過去にこのマップでの公式大会で、優勝記録のある「 REY」というプレイヤーですね。スタッフがSNSでリサーチしたメモでは、大会優勝候補 “白銀”との確執で話題になったらしいですね。それにしても……樹上へのハイドが過去に無い訳じゃありませんが、動きませんねー!」
画面は切り替わり、夜戦特化スナイパー・シロガネへ。
彼女は今回、 銃を変えてきた。LSM200A1 カスタム、高精度のスナイパーライフル。サプレッサーと 2ー8 倍の IR スコープ。陽が落ちきるや否や、IRスコープを頼りに獲物を狩り始める。
* 17:05 東丘陵の茂みで伏せていた人物をワンショット、ワンキル。
* 17:21 倉庫屋根に逃げた個人の頭上に手榴弾を投げ、爆発でキルする間に背後へ回り、漁夫を狙うプレイヤーを四人倒した。
* 18:00 残存 17 名。大地は緋色に染まり、高台の草むらにハイドしたシロガネが、見えたプレイヤーを片っ端から狙撃していく。
それでも、プレイヤーがゲーム中に確認できるプレイヤーリスト、“REY”のタグにキルスコアが増えない代わりに、一向にキルの判定にならない。シロガネは歯噛みする。
「……出てこいよ、REY。今度は私が頭をぶち抜いてやる」
シロガネはヘッドショットを量産していった。
それはとても難易度の高い技術であり、現実に近いこのゲームにおいて、胴体でさえよく狙っても当てるのは至難であるというのに。
特に日本サーバーでは、あまり長距離の記録を保持するプレイヤーは少ないのだ。
◆ 夜戦 — 森の惨劇
19:02、マップが収縮していく。マップ端には光のカーテンがあり、幅 80m まで狭まった。
闇に溶けた森が選手たちを押し込める。
プレイヤーはリアルな寒さを感じていた。伏せた地面から奪われる体温に、手が震える者もいた。
IR に映る体温は赤く表示される。シロガネは呼吸する度にトリガーを切り、サプレッサーをつけてもマズルフラッシュが見えるが、その度に敵は少なくなっていく。森には死体と、頬を撫でる冷風しか残らない。
◆ 視点転換 — 樹上の REY
生存3名。風が止み、虫の羽音すらしない。
REY は最中央──樫の木の樹上23mに陣取っている。ナイトビジョンゴーグルを装備しており、世界は白黒反転し、遠方 50m に微かに人影が見えた。
ひとりはシロガネ。兵科はスナイパーを選択している。
もう一人はクルツというプレイヤー。兵科はアサルトインファントリー、歩兵や突撃兵という分類。夜戦に備えてナイトビジョンゴーグルを所持していて、草むらに伏せてシロガネの熱源を捉えるスコープ対策で、頭を低く遮蔽物に身を隠していた。
二人ともが、あまり積極的に動かない。お互いの位置は、最後に打ち合いが発生しているから、おおよそは把握しているのだろう。
だが動かない。
いや動けない。
それはそうだろう。ここまで耐えて、漁夫で殺されたら死にきれない。
REY は葉の隙間から弓を引き絞る。
地上からは遮蔽物になっているが、樹上の私から見たら視認できる位置にいたのだ。
狙うはクルツというプレイヤーの足。風の音に紛れるように、私は一射。
「な、なにが……」
夜の闇で、黒い矢は見えない。
それはシロガネも、狙撃されたクルツにも当てはまる。
足が地面に縫い留められた、痛みで混乱して、頭を上げてしまっていた。
その反対の50 m先、シロガネは敵が、不可解な挙動をしているのを見逃さず、驚きで上げた顔へ、銃弾を叩きこんだ。
マズルフラッシュが、シロガネの詳細な位置を教えてくれる。
私は完璧にはシロガネの隠れた位置を把握できないでいたが、横やりを入れたことで状況が進んだ。
私は背中の矢筒から黒い矢を一本、取り出す。
周囲を警戒するシロガネは、樹上を気にしていなかった。
胴体に向けて、私は矢を放つ。
ズドン。
シロガネの身体を矢が貫き、地面に縫い留める。
このゲームにおける弓矢は、ボディーアーマーもヘルメットも全てを貫通する。
ただし、当てにくい。
デメリットはそれだけでなく、銃以上に難易度が高い上に、最大射程が70mを切るほど短い。どんなに上手くても、銃弾よりもきつい放物線を描くせいで、100mあたりの動く的には当てられないのだ。
矢は刺さる。
しかし、方角は分からない。静穏性に優れる弓矢は、50mも離れたら聞き取れない。
矢を抜こうともがくシロガネ。
ボディーアーマーを貫通してダメージエフェクトが流れ続けている。
貫通した矢は地面にも深く刺さっており、ダメージによる痛みのエフェクトが正気に戻ることを阻害してくる。
銃撃とは違う、おおよそ始めて経験する感覚、そしてなぜか動けないという混乱。
抜き取らなければそのまま死ぬだろうが、それでは面白くない。
動けない相手に、私は狙いを外すような下手はしない。
「ふぅ」
私の利き目は、スコープを覗く時も右目で、矢を持つ利き手も右手。
左手は弓を持ち、握りに力を入れすぎず、足場は悪いが力まずに狙いを澄ませる。
シロガネの頭部を狙い、木の上から弓を引き絞る。
ヒュッ――。
シロガネの頭を矢が貫き、命が失われたという判定が下される。
それと共に、ゲーム内アナウンスが流れる。
優勝者 《REY》の文字が、視界を埋め尽くしていた。