【第三章:射撃訓練配信】
週に一度あるかないかの“雑談配信リクエスト”が姉から届く。要望は――「射撃練習を配信して。たまには人っぽい REY をネットに流したい」――とのこと。
私は居場所を晒したくないし、秘策も開示したくない。だから本物のフィールドではなく、都市圏のセーフハウスに併設された VR 射撃レンジを選ぶ。ここなら安全、そして背景は味気ない灰色の壁だけ。
配信を開始すると、同接は五〇――五三人で頭打ち。ほとんどがコア層だ。
私は軽く礼をしてから、黙々と狙撃銃を構えた。三〇〇mゼロイン、ターゲットは鉄板シルエット。
1発目―― バァン。 鏡面スコープ越しに白いスプレーマークが中央へ散る。コメント欄に「ナイスセンター」「今日も一発目当てるの草」などが流れる。私はマガジンを抜き、薬室を確認しながら『悪くない』とだけ呟いた。
二発、三発。撃つたびに反動と手応え、リロードの手順を口の中で反芻していく。特別な解説はしない。代わりに、チャットの質問だけには短く答える。
〈Q:その銃はいくら?〉――『三万ゴールド。サイト込み』 〈Q:なんで最新の狙撃銃を使わないの?〉――『安いし当たるから』 〈Q:普段の練習量は?〉――『週6、1日100発以上』
地味な時間が過ぎ、視聴者の滞在人数は変わらない。退屈かと思ったが、これでいい。ここは“手の内を見せない”私の雑談配信だ。
1発ごとに銃を置き、リプレイを回す。着弾音がディレイで耳に届き、プレートがカンと鳴るたび私は『もう5㎜下』『引き金少し雑』とだけ囁く。コメント欄には「職人芸」「ASMRかな?」と並び、意外と盛り上がっている。
配信開始から二八分。チャットが一気に流速を上げた。
〈SHIROGANE_Official〉「――次は、お前の頭をぶち抜く」
アイコンは銀髪女性スナイパー。その名前に視聴者が色めき立つ。
『お、本人?』『マジで来たw』『血の雨フラグ』
私は肩を竦めて笑い、カメラに向かって弾を一本掲げた。
「私は地味だから、あなたみたいに目立たないよ? 3日後のソロ大会のバトルロワイヤル、私は出場するよ。マップの“ど真ん中”あたりにいてあげようか?」
私が挑発まじりにコメントを返す。
3日後、賞金の高いソロ大会がある。ルールはバトルロワイヤル、広い森林エリアで、私が好きなマップが採用されている。
暗に、それに出場するから、お前も来いよ、というお誘いである。
頭をぶち抜いた奴が、コメントに現れるのは珍しいことではない。
ただし、配信頻度が少ない上に、内容もただの練習風景ばかりで盛り上がりに欠けるから、容姿が良くても同接が少ない。
〈SHIROGANE_Official〉「ぶち●●●――」
暴言フィルターで中程から伏せ字。視聴者が盛り上がっている。
『有名人が暴言は草』『炎上案件w』
私は鼻で笑い、『有名人が私みたいなモブにキレると、切り抜きが伸びるよ? ありがと♡』と返した。チャットは更にヒートアップ。
私は今のお行儀の良い風潮が嫌いだ。
有名人なら、プロゲーマーなら、有名ストリーマーなら、強さとは別の品格みたいなものを求められる時代。
ひと昔前のfpsなど、ちょっとプレイが上手いガキや暴言厨、社会不適合者ばかりの界隈だった。「煽り合い上等」の時代を懐かしむ一方、今のプロや有名プレイヤーはスポンサーや視聴者を気遣って猫を被る。
昔ながらの血気盛んな方が私は好きだ。
残り弾を装填し、ターゲットを四〇〇m板に切り替える。コメント欄がザワつく中で私は最後の一射。
ヘッドエリアに白い花が咲く。
「次は投げナイフ。当てるのは難しいけど、アーマーや防具を貫通するから強い」
私は狙撃銃を置くと、投げナイフのセットを地面に広げる。
的は20メートルほどの近距離。
ナイフのバランスを確認しながら、重心を指先で転がして呟く。コメント欄には「ナイフもやるのか」「地味に好きこの配信」「また投げナイフでトドメ刺す動画頼む」など流れる。
100m未満の中近距離の戦闘はからっきし弱い反面、私は遠距離狙撃とナイフ戦闘や投擲武器だけを鍛えている。
ちなみに、現実で弓の経験があるので、配信には映さないが弓矢も練習してて使える。
静音と、貫通力が最強だけど、銃より当てにくい上に射程も短すぎて誰も使わない。
私は特に返事はせず、一投、二投と静かにナイフを的へ投げた。立ち位置を変えて、距離は25mくらい。刺さる乾いた音だけが響く。
100回くらい練習して、あとは非公開。
1キロ狙撃と弓の練習に入る予定だった。
「はい、練習終わり。また大会で」
配信を切る瞬間、視聴者数は六九。静かな雑談訓練回としては上々だ。
――次の戦場で、ヘッドショットを先に決めるのはどちらか。
今頃は視聴者はそれで盛り上がっているだろう。
私はマップ中心への移動ルートと、目立つ場所でどうやって隠れようか、それを今から考え始める。
狙撃銃か、弓矢を使うのも面白いかもしれないと考えながら。