【第一章:隠れた銃口】
距離、約400メートル。 私はレンジファインダーを構えて、視線の先を測定する。 照準の先には、廃墟と化した都市フィールド。瓦礫と鉄骨、崩れかけた建物が視界を乱す中、目立たない暗い壁の隙間に、小さな影が一瞬浮かんだ。
だが、私は撃たない。 このゲームでソロ狙撃手が位置を晒すことは、即ち死を意味する。
目前で──正確には300メートルほど前方で、警察系スキンを着たプレイヤー、特殊部隊のような重装備の男が、伏せ姿勢から静かにトリガーを引いた。
サプレッサーの付いた控えめの乾いた音とともに、ふたりの敵が即座に沈黙。 どちらも正確なヘッドショット。
セミオートのスナイパーライフルを使った流れるような狙撃。完璧な位置取りと無駄のない動作。 ──私には、真似できない。
ソロだから、という理由もある。
しかし、私は単発ごとに隙ができるが、弾薬が強いボルトアクションライフルが好きだ。精度も良いし、何より格好良い。
近距離では昔からのゲームと同様、頼りないのは否定しないが、スナイプするなら関係ない。
観測役と思われる敵を私は狙う。 距離はおよそ415メートル。暗がりに溶け込むようにして、壁の崩れた隙間から覗く。
私は静かに息を整え、スコープを覗いた。
「ふぅ……」
──射撃。
狙撃の結果は見ない。
サプレッサーは付けているが、マズルフラッシュと射角、消しきれないわずかな銃声で、きっと位置が知られたはず。
狙撃後、私はわざとヘルメットをそれっぽく置き、銃のレーザーポインターを着ける。赤い点が敵のいる壁面を照らし、こちらの“居場所”を示すように演出する。
レーザーポインターはゲームみたいに線上の可視光ではない。
しかし、注意して見ればスコープで光っている位置は見えるだろう。
おそらく敵は発光点に気付く。
そして、すぐに隣室へと移動。 この建物の壁には、事前に工作兵スキルで空けておいた小さな穴がある。
その部屋の外壁の隙間に、スコープの視界が通る程度の、極薄の遮光布を貼ってある。注意して見れば向こうから見られる可能性はあるが、さっき使った銃やヘルメット、目立つ場所にある装備の方に視線が誘われやすい。
肉眼では中が見えず、こちらのスコープ越しだけが通る。
その布越しに、再びスナイプの準備を整えた。
まだ仲間がいるはず。先ほどの狙撃では銃撃戦の最中の狙撃だった。
つまり、敵はアサルトやサブマシンガンの部隊がいる。
ゆえに次の狙撃は外せない。
次弾を発砲すれば、マズルフラッシュが見えた瞬間に避けられるだろう。そして今も、歩兵の哨戒が近くに来ている可能性すらある。市街戦では遮蔽物が多く、定点の狙撃が難しい理由でもある。
ゆえに、私の狙撃チャンスは敵が弾を発砲し、銃の反動で跳ね上がりスコープから目が離れる一瞬。
まだ。
スコープ越しに敵は見えている。
普通、観測者が撃たれたら逃げるが、ゲームだからかカウンタースナイプする気まんまんみたいだ。そういうプレイヤーは多い。
映画やドラマみたいに、銃の先端が見える敵を撃つような、ブラインドショットを狙うプレイヤーも多い。
(落ち着け、見られてはいないはず)
私は見られていると手が震える。
だから近距離の銃撃戦は苦手だ。
でも狙撃なら、一方的に打てるのだ。光った瞬間を見逃すな。
敵の銃口が光りスコープが一瞬、跳ね上がったタイミング。 私はその刹那にトリガーを引いた。
狙撃成功の確信はあったが、戦果を確認することなく即座に身を引く。
このゲームでは、悠長に死体を眺めている余裕はない。
──後で聞いた話では、きっちり頭を撃ち抜いていたらしい。 奇襲で消えたスナイパーがいた、という噂と共に、ログには確かに“REY”の名が刻まれていたそうだ。 スコープから目を離した瞬間、胸を満たすのは甘い昂ぶり。――きっちり仕留めた。狩りは、とても楽しい。