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【プロローグ】

 美男美女を見たら、まず警戒しろ――そういうゲームがある。

 その名は『H.C Simulator Online』。

 美麗な外見は、実力の証。ランカーにのみ許される“本物”の証明だ。


 運営から支給される“特注アバター”と“プロ声優ボイス”。それらを手に入れるには、ランキング戦での上位常連か、大会での優勝経験が必要だ。  つまり、可愛ければ可愛いほど、カッコよければカッコいいほど、そのプレイヤーは“化け物”だと思え。


 私は今、その特注アバターを使っている。


 HNは「REY」。ハスキーで落ち着いた女の声。モデルは有名声優のボイスバンクから選ばれた。


 ゲーム内では女の姿だが、中身は男である。


 ネカマ歴は五年を超えた。  いまや座り方ひとつ、目線の動き、言葉の節回しに至るまで、姉の徹底指導により自然な振る舞いができるようになっていた。公言していないが、自分の戦績を紹介するプロフィールには、男だと微塵も疑われたことがない。


 名前は冬月はるか。女のような名前だと、少し自虐気味に思っている。


 姉がネカマを強制する理由? 姉が言うには「妹がほしかった」の一言で全てを決められてしまった。世間一般の兄弟・姉妹の関係がどうか知らないが、私に関しては姉に頭が上がらない。 苗字は伏せているが、姉は本名の「ミライ」で活動しており、私のプレイをプロデュースし、動画編集から収益化まで担っている。


 このアバターも、ボイスも、大会の上位入賞が決まった際に、姉が運営への要望を送ってしまった。私の実力を知っていたからこそ、プロデュースに燃えたらしい。ゲーム内アーカイブの編集・投稿も彼女の仕事だが、動画の収益や大会賞金は折半になっている。  私は今の生活に不満はない。


 ――さて。


 昼間の森林マップ《DuskGreen》。視界の悪い草むらに身を潜めながら、私はその光景を眺めていた。


 5対2。


 質で負けているなら、数で対抗する。それは悪くない手である。ただし、きちんと倒せるのなら……。


 「ネクロ」「ウィード」「ソノダ」「テツオ」「クロス」――寄せ集めの五人が、二人のランカーに挑もうとしていた。前日の酒場で、彼らが堂々と「クロガネとシロガネを倒す」と話していたのを耳にした。プレイヤーネームも、その場で確認済みだ。


 5人は初心者パーティーらしい。


 だが、その二人は“特注”だった。  美男美女。見た目だけで判断すれば危険信号。  男が前衛、女が狙撃手――クロガネとシロガネ――上位ランカーだ。


 銃声が聞こえた。


 ディスプレイの前でプレイする昔のFPSであれば、普通は待ち伏せの初弾を外すことは無いだろう。  しかし、これはVRMMO。  脳にリアルな信号を送り、現実と似た世界を体験する。


 私なら、このタイミングでの射撃はあり得ない。


(せめて、ファーストショットくらい当てないと……)


 このゲーム『H.C Simulator Online』は、鬼畜難易度のゲームとして有名だ。


 射撃に関するアシストが、ほとんど存在しないゲーム。レベルが上がれば、体力や俊敏さは強化され、少しだが銃弾に対する耐久性が上昇するが、銃を扱うのはリアル準拠に近い。


 普通のVRMMOであれば、銃撃に関するスキルやアシストというものが存在するが、このゲームはクラフト系や設置罠系の作業以外は、現実に準じた超ハードな設定になっている。


 兵種によっては、距離や弾道計算が楽になったり、狙撃兵なら手ブレや姿勢維持に補正はあるが、今のご時世に無補正に近いfpsはほとんど存在しない。


 理由は簡単。


 映画の主人公のように「ハンドガンを百発百中で当てる」なんて常人にはできない。


 ましてランカー相手に初弾を外せばどうなるか、実演が始まる。


 崩れる布陣。 ネクロというプレイヤーが咄嗟にスモークグレネードを投げた。 白煙の中、状況は混沌とする。


 だが、シロガネの動きは滑らかだった。 メインのバレルを短くしたDMR(単発セミオートのマークスマン)から、サブ武器のロングバレル仕様の遠距離向けにカスタムされたスナイパーライフルを実体化させるのが分かった。


 ネクロは失敗した。


 彼女はアサルトやサブマシンガンなどの近接武器を持たない代わりに、ショートバレルDMRと高価なIRスコープを装着したスナイパーを持っている、というのは有名な話だ。


 IRスコープとは、暗闇やスモーク越し熱源を映すことができる特殊照準スコープ。高価すぎて、こんなフィールドでは滅多に使われることはないし、昼間ではなく夜間戦闘を意識した装備でもある。


 シロガネというプレイヤーは、即座にスナイパーライフルに持ち替え、IRスコープでスモーク越しに二人を撃ち抜いた。


 二発の銃声。 草むらに死体が転がった。


 異常に気づいた初心者チームが、一斉に伏せて姿を隠す。 戦場に一瞬、静寂が訪れた。


 そこでランカーのデュオが動く。


 クロガネ、小柄なキャラクターを選び、ポイントマンとして立ち回る人物だ。


 仕留めるのが難しい高機動プレイヤー。


 ゲームなのに、射撃へのアシストが極端に少ないこのゲームでは、まず狙って当てるのは難しいだろう。


 射線を切りながら、スモークをつっきり一直線に敵へ接近していく。


 口元が動いているのがスコープ越しに見えた。おそらく無線で敵の位置を共有しているのだろうと推測できる。


 スモークの中を突っ切って、一直線に敵陣へと駆け込むが、襲撃パーティーの一人がグレネードを構えたその瞬間、金属音に反応したのか、クロガネはそちらに銃弾をばらまく。


 これは私からでは推測でしかないが、遠くから俯瞰している分には、スモークを切り裂く影からそう判断できる動き。


 5人のリーダーであるネクロが銃口を向けるが、その武器が撃ち落とされた。 シロガネの狙撃だ。


 スモークが晴れる。 シロガネが再びメインのDMRに持ち替え、ゆっくりと近づいていく。


 その光景を見ながら、私は引き金に指をかける。


 熱源や対赤外線を防ぐギリースーツが、蒸れるような不快感をもたらしてくるが、心は反比例するように弾んでいた。


 私は視界の悪い草むらの中からその様子を眺めていた。


 どちらを残すべきか――そんなことを考えながら。


 クロガネが、ネクロにトドメを刺そうとした、まさにその瞬間だった。


 誰しも、優位を確信すれば、動きが一瞬でも停止するタイミング。


 当てるのが難しい人間に対して、安堵と勝利への確信から、危険に対して盲目になる刹那。


 シロガネの視界外。


 私の狙撃が、クロガネの頭を吹き飛ばした。


 一瞬の沈黙。 ネクロも、シロガネも、呆けたように固まる。


 頭を失った体が、それでも指に力を入れたのか、ゆっくり倒れながら引き金を引く死体がある。


 一瞬だけ、スコープが跳ね上がって視界がロストする。


 シャキン。金属の音が私の手元で起きる。


 ボルトアクションライフル、そのレバーアクションを済ませた私は、一瞬の跳ね上がりから復帰して最初に見えたネクロを仕留めた。


 本来、猛者を仕留めるべきだろうが、私は対スナイパー戦を楽しみたい気分だった。


 それを合図に、シロガネが身を翻して遮蔽物へ。


「スナイパー……」


 頭が吹き飛ぶ方向と、突き抜けた弾丸とそれに付随するダメージエフェクトから、位置がバレたと推測できる。


 シロガネという女は、そう呟きながら咄嗟にスモークグレネードをその場に置いて後退する。


 煙が出るのを確認したと同時、私は即座に傍らに用意した仕掛けを起動して身を隠す。


 私がいた場所には、すでに熱源カイロを仕込んだダミーが残されているだけだった。


 移動ルートは既に想定済み。溝を駆け抜ける。


 草むらの中に複数配置した予備の武器を手にする。


 先ほど居た場所には、1分遅延式のトリガーを仕込んである。


 その一発が鳴り響いた。


 銃声。


 その瞬間、私は溝から顔を出し、状況を即座に更新する。


 シロガネの位置が見えた。 彼女はスモークから少し離れた位置に、身をさらしていた。 自分の姿が隠れていると信じて。


 だが。 彼女は私がいた地点をIRスコープで狙っている――


 そこに私はいない。


 ニヤリと笑う。 指に力を込める。


 それで、すべてが終わった。


 キルの余韻を覚ますように、私はゆっくりとレバーアクションの操作を行った。薬莢が草の中へ転がり、乾いた音を残した。


 このゲームでは、実体化した装備――アクセサリーを除く武器や防具は、倒されてから一時間以内に他プレイヤーに回収されるとロスト(鹵獲)扱いとなる。


 ただし、あらかじめ高額な返済金を設定しておくことで、相手にお金が振り込まれ装備は戻る。


 通常の装備であれば再購入のほうが安く済むが、レア装備や特殊な強化を施した装備の場合は、返済金の設定が主流だ。


 この『H.C Simulator Online』は、運営が公式に賞金制大会を開催しており、さらにゲーム内通貨を現金に換金できる仕組みも存在している。  それゆえに、戦場の一つ一つの装備が、そのまま金に直結している。


 今日の稼ぎは、敵スナイパーの装備をお金に変えて、酒場で仮想のお酒を楽しむ事に決めた。

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