斜陽女王
夕焼けの射し込む廊下、味のある木造、その中に立つは二人の少女。
片や世界に冠たる王国の第一王女、片や王国随一の影響力を持つと言われる、公爵家令嬢。
お互いの派閥は学園内にて頂上を争っていた、王女擁するレッド・ライ。令嬢擁する、パープル・ガード。
少しずつ、距離が近づいて行く、もしここに、お付がいれば、どちらも止められたであろうその邂逅は、奇跡的にも止められることは無かった。
両雄、相対す。夕焼けが、お互いの顔を照らしている。まるで夕日のガンマンの決闘と言わんばかりの緊張も走っている。
「随分と、お久しゅうございます。王女殿下」
口火を切ったのは、令嬢だった。ドレスの裾を摘み、礼をする。王国式のそれは、難癖の付けようの無いほど完璧で、それを見た王女は、端正な顔を歪めた。
「相変わらずだな。その礼も、上手くなった。毎日人の礼を見ているが、やはりお前を超える者はおらんよ」
「左様で。それは、嬉しく思いますね。滅多に人を褒めない第一王女殿下に褒められるなど、この私、心から光栄でございます」
「らしくないにも程がある、笑わせるな」
「失礼致しました。ですが、嬉しいのは事実ですよ?」
今度は王女の顔が緩んだ。令嬢は、肩を竦めている。二人とも、そんな日常の一ページであるのに気品がある。
「ここには誰もいないな?」
「ええ、おりませぬ。私以外には」
「用意したのか?」
「何か、言いたげでしたので」
「末恐ろしいが……お前らしくもあるな……」
廊下の窓に、もたれ掛かる王女。普段の王女からは考えられないほど、雑な動作であった。それに呼応するように、令嬢も隣にもたれ掛かる。
そして二人して、大きなため息を吐いた。
瞬間、顔を見合わせて笑い出す。
「我ら、真逆のようで似てるよな」
「仰る通りで、不敬ですか?」
「いいや、悪くない」
暫し、二人で夕日を眺める。窓から見える景色、草原と森が鮮やかな橙色に包まれ、世界の色が一色になってしまったかのような錯覚さえ覚える。
「なぁ」
「はい」
「中々、辛いものだな」
「完全に分かるとは言いませんが、気持ちは分かります」
「お前も重責の中にいるのは知っている。だが、やはり王というのは別格だ。私の思い付き、言葉一つで国が滅ぶかも知れぬと思えば、何も言葉にならん」
「それは、殿下が真に心優しいからですよ」
王女は、鼻で笑った。
「そんな訳無いだろう。政敵を沢山潰して来た、私の来た道は、血塗られた道だ。」
「ですが、後悔は無いのでしょう?」
「来た道に後悔はない。だが、これから往く道の影響は、私一人のものでは無い」
王女は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。令嬢は、目尻を下げて王女を見た。
「父上は言った。最も重いのは、責任だと。言葉の重みを、強く感じるよ」
「私の父上も、領民に責任をもつ以上の重責は無いと言っておりました」
「だろうなぁ……自信が、無いんだ。取り巻きさえ、私は御する事が出来ない。本当に不出来が辛くなる。その点お前は、周りに慕われている、羨ましいよ」
「殿下の有り様と、私の有り様は違いますゆえ。私は殿下の、飛び込める強さを羨ましく思います」
王女は自嘲し、令嬢は表情なく王女を見つめている。
「それと、女王陛下とこれまでの王女殿下は違います」
「ん?同じではないか?全て独りよ」
「女王となれば、我らがおります。お忘れかもしれませんが、私たち貴族は、陛下の手であり脚であります。悪い者も居るでしょうが、殿下はそれを見抜ける力をお持ちです。ならば、恐れる必要はございません」
令嬢は両手を大きく広げ、王女を包み込もうとする。それをやんわりと王女は断り、穏やかな、憑き物が落ちたような顔をした。
「そうか、臣下か。敵では無いのだな、君らは」
「勿論です」
「ならば、言うことは泣き言ではないな」
大胆に王女は笑った。ガッハッハッと聞こえてきそうなそれは、王によく似た笑い方であった。
「ならば臣下よ!伴をせよ!我が覇道、ここから始めん!!」
「はい、陛下。」
廊下の先へズンズンと歩き始めた王女と、その一歩後ろを歩く令嬢。
「この先、あらゆる困難と、孤独と猜疑に襲われるでしょう。ですが、どうか、常に我々がいることを、忘れないで下さい」
王女に聞こえない声でそう呟いた令嬢は、腕を振って歩き出した王女を見て頭を抱えたが、まぁ良いかと見ない振りをした。
夕焼けの橙に染まった空が、少しだけ、明るくなったような気がした。