表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

プロローグ『再生の音』

雨が降っていた。

細く、静かに。屋根を叩くその音は、古びたレコードのノイズのように途切れ途切れで、彼の鼓膜を柔らかく揺らしていた。


室内は薄暗かった。

灯りはすべて落とされ、唯一、機材の動作ランプがぼんやりと青白く灯っている。彼はその前に静かに座り、深く息を吐いた。


蒼 颯真――

その名を、いま呼ぶ者はほとんどいない。彼は研究室で独り、時間と記憶の境界を越える装置と向き合っていた。


「記憶が、もし過去に戻れるとしたら……君に会えるんじゃないかって、思ったんだ」


言葉は独り言のように、あるいは遠くにいる誰かに向けた祈りのように、静かにこぼれ落ちた。


 


頬に触れた涙の理由は、自分でももうよくわからなかった。

けれど、その涙の温度だけが、確かに彼をこの部屋に繋ぎ止めていた。


機材の中央に、古びたレコードが置かれていた。

それはかつて、彼女と共に聴いたものだった。

擦り切れたジャケット、かすかに焼けた盤面――過去がそのまま、形になったようなそれを、そっと針にかける。


ゆっくりと、逆回転が始まる。


――カタリ。


針が音を拾う。

やがてスピーカーから、逆再生された旋律が滲むように溢れた。


ギターの音が後ろ向きに流れ、ボーカルの声は意味を成さない音になってゆく。

なのに不思議と、彼の胸の奥はざわめいた。懐かしい。けれど、すでに触れられない何か――


「君を、忘れさせたくなかった」


彼は静かに目を閉じる。

そして、逆再生装置のスイッチに手をかけた。


 


パチッ――


低い電子音とともに、すべての音が反転する。

雨音すらも巻き戻るように、静寂が満ちていく。


世界がゆっくりと、巻き戻っていく。

意識の深部へと、ゆっくりと彼の記憶が沈んでいった。


 


それは、

ひとりの男が過去に触れ、

もう一度、彼女に出会おうとする物語の始まり。


けれど、彼はまだ知らなかった。

それが「再会」ではなく、「出会い直し」の旅になることを――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ