交差する地図の上で
「さて、装備もそろそろ心許ないし……いったん街へ戻ろうか。補給もしたいし」
蒼がそう提案すると、ツバキは「うむ」と頷いた。
「では、参るか。お主の後に続こう」
「OK、街石使ってファストトリップでワープするよ。5秒待ってて」
蒼は手を前にかざし、インベントリを開いて【街石】を選択する。光が足元に集まり始める。
しかし、ツバキはそれをただ不思議そうに見つめていた。
「……なんだ、その術は?」
「え、これ? ファストトラベル。街まで一瞬で戻れるやつ。ていうか、君持ってないの?」
「知らぬ」
「あ、そっか。“そういう縛り”か」
蒼は内心で笑いながら、苦笑いを浮かべる。
(街まで歩きとか……さすがに付き合いきれんぞ)
「じゃあ、俺は先に戻って装備整えてくるよ。君は、えーと……そのまま徒歩で?」
「うむ、道は……ひとつずつ歩んでこそ味がある」
(はいはい、こだわりRPね。いや、もう全力で乗っかってあげよう)
「では剣士殿、ここで一度お別れとする。街にて再会しようぞ」
「よいのか?」
「ああ、任務分担じゃ。君は“影を追う旅”、俺は“補給と下準備”。役割は違えど、志はひとつ。──な?」
「ふむ……その言い回し、悪くないのう」
ツバキが微笑んだそのとき、蒼は指をひと振りして空中にマップを開いた。
ホログラムのように淡く光る世界地図が、ツバキの前に浮かび上がる。
その瞬間――
「……な、なんじゃこれは!?」
ツバキの目が見開かれる。
「空に……魔方陣のような……いや、これは絵か? 書物か……いや、動いておる……!?」
「え、まさか初めて見るの? これ、地図。UIってやつ」
「ほ、欲しい……!」
その反応があまりに真剣すぎて、蒼は思わず吹き出しそうになる。
「……縛りプレイ捨てちゃう感じ?」
「ち、違う! 拙者は……道を極める剣士であるが、必要とあらば、情報もまた剣と成す!」
「はいはい、ロール口調ね。……よし、教えるよ。
手を前に出して、指一本立てて、右にクイッと。……そう、それ。で、“すてーたす”って言ってみて」
「すてーたす……?」
ツバキの手が動き、ほんの一瞬遅れて彼女の前にマップウィンドウが浮かび上がる。
その光景にツバキは歓喜のような目を見せた。
「おおっ……これは、地の流れが手に取るように見える……すごいぞ、Aou!」
「そうでしょ? そのうち慣れるよ。ほら、この地点──ここを集合場所にしよう」
蒼は指を動かし、集合ポイントをマーキングした。
だがその時、マップに表示されたあるエリアに、ふと違和感が走る。
(……あれ?)
ミニマップの端に、通常では表示されない、ノイズのような領域があった。
ゆらぎ、歪み、断片的な光と影。
「……待て、待てっ! それ……」
蒼の声が、思わず漏れた。
しかし、ツバキは気づかず、嬉しそうにマップを見続けていた。
彼女の指先が、まるで世界を初めてなぞる子供のように、地形をなぞっていた。