共闘後の静寂:影との戦いの記憶
モンスターの残骸が地面に散らばる。
ツバキは剣を払うと、ふぅ……と短く息をついた。マイク越しにその微かな呼吸が蒼の耳を打つ。
(……この息づかい、ゲーム中の音に聞こえない)
戦闘中も「やった!」とか「もう少し!」なんてセリフは一切ない。
ただ息と気合いだけで戦い、倒し、黙って剣を収める――
(……声優目指してるのか、それともガチの舞台系?)
(こんな粋なプレイヤー、滅多にお目にかかれないな)
蒼は、ツバキの装備に目をやる。
装飾の一つひとつに意匠が凝らされていて、明らかに“量産型”じゃない。
(……この系統のプレイヤーって、設定作り込んでるんだよなぁ。聞いてあげると、めっちゃ嬉しそうに語ってくれるやつだ)
蒼は軽い調子で問いかける。
「ねぇ、ツバキ。君のその剣……どこから来たの? なんか物語、ありそうだよね」
ツバキは一瞬、静かになった。
剣を見つめたまま、小さく口を開く。
「……わしの国、ルヴェルナは、もうない。」
蒼は「ロールきた」と内心で構える。20分ぐらいなら余裕。それ以上でも、付き合うつもりだった。
「拙者は、討伐隊の一員であった。影――“虚無を渡るもの”と呼ばれる災いを封じるため、選ばれし十剣士の一人として……最奥の転移門まで追い詰めた」
「けど、封じきれなかった……?」
「うむ。あの時、影は門の向こうへ逃げた。己が“痕跡”を喰らい尽くしたその空間に、隙間を開けてな」
ツバキの視線が、遠くを見つめていた。
「拙者は――その時、斬りかかって、逆に……深くやられたのだと思う。
確かに胸を貫かれた……いや、貫かれた“感覚”は、あった。
気づけば、この地に立っていた。傷は無く、剣だけが手元にあった」
蒼は、自然と息を呑んだ。
(……演技でここまでやるなら、もはや本物だよ、君)
ツバキは静かに続ける。
「だから、この地に留まる意味は、ただ一つ。
奴を斬る。奴が再び、どこかを喰らう前に」
蒼はしばらく何も言えなかった。
演技だとしたら、相当の熟練者だ。
「……影って、やっぱ怖いの?」
「うむ。存在ごと、忘れさせるのじゃ。名前も、記録も、形も。
だから、名を与えてはならぬ。思い出してはならぬ。……じゃが、拙者は、覚えておる。
あれは“無”ではなく、“意志ある消失”じゃ」
蒼は軽く頷いた。
そして、いつもの調子で笑ってみせる。
「……なら、その影を一緒に追おう。倒すまで、付き合うよ。俺が“君の物語”の証人になってやる」
ツバキは一拍の後、やわらかく微笑んだ。
「よいのか? おぬしまで巻き込まれるぞ?」
「大丈夫。俺も今、この世界にログインしてるからさ。
プレイヤーとしてじゃなく、ちょっとロール寄りでね」