剣を振るう理由
ログインの光が過ぎた直後、蒼の視界には懐かしい景色が広がった。
昨日、ツバキと別れた山道。VRの世界とは思えないほど繊細に再現された木立の影と、さざめく風。耳元には、小鳥の囀りが混じっていた。
そして──そこにいた。
ツバキは、昨日と同じ場所で、まるで“一歩も動いていない”かのように立っていた。
「……うわ、マジでいる」
蒼は思わず声に出していた。NPCなら当然だが、ツバキはプレイヤーのようにも、そうでないようにも見える。
ログアウトした形跡もなかった。
「おぬし、来たか」
ツバキは静かに振り返った。その目には眠気も戸惑いもない。まるで“今もこの世界で呼吸していた”かのように自然だった。
「……ログアウト、してなかったの?」
「ろぐ……? いや、わしはここにおったぞ。昨日も、今日も」
蒼は苦笑するしかなかった。
(この没入度……すげぇな。たぶんログアウトって概念もロールで封印してるんだな)
(昔のMMOで“寝落ちロール”する奴いたけど……この人、たぶん“生活の全部をロールで包んでる”系だ)
「相変わらず本気だね、剣士殿」
「ふふん、拙者の剣に“怠け”は存在せぬゆえな!」
ツバキは胸を張る。あまりにも自然で、ちょっと可愛い。
この反応すら演技なのだとしたら、相当レベルが高い。
(よし、今日は一歩踏み込んでみるか)
蒼はひとつ深呼吸して、ゆっくりと歩み寄った。
「じゃあ今日も付き合おうか。君の旅に、少しだけな」
──この時、彼はまだ“この旅が命をかけたもの”だとは知らなかった。
──To be continued…