第6話 幕引
アオイが家を引っ越ししてから数日後、夏休みが終盤に差し掛かっていた。
あの事件も生徒達から忘れ去られ、世間では以前と同じ生活が戻っていた。
学校の校庭では運動部が夏休みを利用して練習を行っている。
真夏の太陽が照り返す暑い校庭のトラックを汗をかきながら走り回る部員達、
その中にアオイと別れたケイスケもその部員達に混じって一緒に走り汗をかいて
いる。
仮設テントを張った場所で監督の中年の男がメガホンを使って部員に声を上げ、
走り終えた部員達に女子マネージャーが飲み物を渡す。
夕方いつもの様に一日の練習を終えると監督が明日の集合時間を伝え部員達が校庭
を後にする。第三棟の近くにある体育館のシャワー室で部員達が汗を流す。
練習で着ていた運動着は水で濡れた様に汗が滴り落ちていた。
シャワーで汗を流し終えた部員達が着替えを済ますとまばらに帰宅していく。
その中でケイスケはすぐに帰宅せずに第三棟の一階の部室でスマートフォンを
いじりながら新しい彼女と連絡を取り合っていた。
夕暮れ時にはこの部室を訪れる者も無く一人になれる。
連絡を取り合うのが楽しいのかケイスケの顔はニヤつき、スマートフォンを操作していた。そこに用務員の白髪頭の男が部室の扉を開けケイスケに声を掛ける。
「まだ居たのか…もう君しか残ってないよ、今は夏休みなんだから早く帰りな
さい」
「あっ!はい、分かりました」
「…また不審者が出るかもしれないからね、君も気を付けるんだよ」
用務員の顔は以前とは違う恵比寿様の様な笑顔であった。
足取りもゆったりとしており余裕のある足取りである。
ケイスケの居た部室の扉を閉めると用務員がいつもの様に部室を回り生徒達
が残っていないか確認に戻って行く。
それをケイスケが見送ると口元が緩み始める。そして体を震わせ笑い声を上げる。
「不審者だって?…くっくっく、そのお陰で邪魔なソラを始末できたんだ、感謝してるよ、この高校に入って本当に良かった、俺の人生の障害が消えたんだからな」
ケイスケは7月13日に清明高校の生徒が行方不明になる事を事前に知っていたのだ。きっかけはシンジの立ち上げていた清明高校の行方不明者の情報提供を募る
ブログを見た事が始まりだ。
~
当時は中学三年生で清明高校への進学が決まり、どんな部活があるのかスマート
フォンで調べていた所、シンジのブログを見つけたのだ。
そこから清明高校にまつわる噂話を人伝に聞きまわり、毎年7月13日の18時以降に
行方不明者が出ている事を知る。
清明高校に入学してから1カ月、友人でもあり遊びで付き合っていたソラの妊娠
が発覚する。ソラを中絶させる様に説得するのだがソラは心底ケイスケに惚れて
いるので、もちろん完全に拒否をする。
「私、ケイスケの子を産む!そうしたらケイスケの邪魔にならない様に高校も中退
する、だからさケイスケは頑張って大学まで行ってさ、私達を迎えに来てよ!」
「わ、分かった…ソラそこまで言うなら仕方ない…」
そこでケイスケはソラを消す事を決心する。
ケイスケは自身の優れた容姿と頭脳に自信を持っていた。実際学年ではトップ5に
入る秀才でもあった。それを活かせば高校、大学と薔薇色の人生が約束されていた。
(こいつを消さないと俺の未来は無い…)
それを邪魔するソラはその時点で障害としか見えなかった。
そして7月13日の噂話を思い出しそれを利用してソラを消し去ろうと考えた。
だが毎年行方不明になるその噂話に自分が参加する事は非常に危険であると考える、そこで思い付いたのがソラの友人であるアオイだ。
アオイを彼女にすればソラはきっと嫉妬心を燃やし7月13日の事を伝えれば自身も
参加してアオイを葬り去ろうと狙う筈だ。あわよくばアオイがソラを消してくれるかもしれない、もしアオイが行方不明になったらソラを強く攻め別れる口実にも使える。どちらにしろ試す価値はある。
ケイスケがほくそ笑みながら実行に移す。
「ア、アオイさん、電車で席を譲った所を見て惚れました、お、俺と付き合って下さい!」
「…あ、え…で、でも…私なんかでいいんですか?」
「もちろんです!」
「…分かりました、よろしくお願いしますケイスケ君」
適当な理由を付けてアオイに告白すると、初めての告白が嬉しかったアオイが
事情も分からずに受けてしまう。
ケイスケのは心の中で自分の筋書き通りに進んで行く事に快感を覚えて行く。
事前にソラにアオイの腕時計の時間を15分遅らせる様に指示を出すと、ソラが
水泳の授業の間にそれを実行する。これで準備が整った。
そして7月13日に18時前にアオイとソラにラインでメッセージを送る。
アオイには18時前には帰れと伝え心配している印象を刷り込ませ、ソラには身を
案じる様に噂話で聞いた慰霊碑の裏の抜け道の中が安全だと伝える。
もちろん実際に抜け道があるか確かめてない、安全の確証など無い助言である。
それを信じたソラが囲碁部の部室から出たアオイを見送ると直ぐに足早に慰霊碑の
抜け道へと向かって行ったのだ、そして慰霊碑の周りを調べると運よく本当に抜
け道があった。ソラがケイスケの言葉を少し疑っていたが本当であると完全に信じ
てしまう。
そしてあの閉鎖空間での話が始まる。
7月14日の朝、結果が気になりケイスケが夜も眠れずにいた。本当に行方不明になるのか、もしかしたら今年は無いかもしれない。その不安だけで胸が張り裂けそうになる。もちろんアオイやソラの事は一切心の中には無い。
そしてケイスケのスマートフォンに着信音が鳴る。
名前を見ると友人の男の名だった。
「ケイスケ大変だぞ!ソラさんが不審者に連れ去られて行方不明らしい、アオイ
さんは助けられたみたいだけど…」
「おい本当なのか!その話は!」
「間違いない、俺の親父が警官なんだ、警察が今必死に捜索してるよ」
「ま、まさかソラが…うっ、うう…」
「気を落とすなってケイスケ、まだ死んだ訳じゃない…」
「ああ、ありがとう…」
学校で騒ぎになると話を聞いた友人から電話が来る、話を聞くとアオイが助けら
れ、ソラが行方不明となったのを知ると目から涙を流し喜んだ。自分の目の前に
輝く未来への道が開かれたのだ。
友人は悲しくて泣いてるのだとケイスケを慰める、それ程にケイスケの演技力は冴えていた。
ソラが行方不明になり目的を達成すると後は用済みのアオイの対応だ。
自分の評判が傷付く事なくどう別れようか考えていた時に終業式の後にアオイから
囲碁部の部室へと呼び出される。
もしかしてソラから余計な事を聞かされたのかもしれない、そう考え会ってみると
ケイスケの心配とは反対にアオイから別れを告げられ、さらに転校までするという
話を聞く。
まさに天から愛された者の展開と言っても良い。
思い通りの展開に笑いを堪えアオイの申し出を了承するとアオイが部室を出て行く。そして誰も居ない囲碁部の部室でケイスケが笑い声を上げる。
「はははははは!!俺って愛されてんなー!イージー過ぎんだろ!!ほんっと女ってバカだよな!…ふぅ、まあちょっとアオイのブスから別れを告げられるのはムカつくけど…結果良ければ全て良しってとこか」
そして現在に至る。
~
ケイスケがスポーツバッグの紐を肩に掛けると部室を出て第一棟の一階の昇降口
へ歩いて行く。その道中で過去の事を振り返り思い出し笑いをする。
「しかし去年の行方不明者も男女の絡みで消えたって聞いたけど、自分が参加するって頭悪すぎ、俺みたいに誰かを送り込めばいいのによ…バカしかいなくてほんと助かるぜ…」
誰も居ない第一棟と第三棟を繋ぐ渡り廊下にケイスケの笑い声がこだまする。
第一棟の二階の突き当りの階段を下りると昇降口の下駄箱に着く。
鼻歌を歌いながら上履きから外履きに履き替えると出口の扉に向かう。
ガチャ!…ガチャガチャ!!
「ん?あれ?開かねえ…」
昇降口の出入り口の扉が固く閉ざされていた。それに気付くと隣の扉へと移動して
同じ様に扉を押してみるが開かない。
「おい、ふざけんなよ用務員のじじい、俺が残ってるのに閉めやがって…」
ケイスケの顔が苛立ち眉間に皺が寄る。ケイスケが力を込めて扉を壊す勢いで体
ごと叩き付けるがガラスすら割れない異常な頑強さを見せる。八つ当たりをする
様に扉に蹴りを入れるとケイスケがどうするか悩みその場に立ち尽くす。
すると昇降口の廊下側から女の声が聞こえてくる。
「あっれー!ケイスケじゃん!練習お疲れ様ー!」
「こ、この声は…ソ、ソラか?」
聞き慣れた声が聞こえるとケイスケが昇降口から廊下に顔を振り向かせると行方
不明になったソラが笑顔で片手を振り声を掛けて来る。学校のブレザーの制服に
丈の短いスカート、第一ボタンの外れたブラウスに首に垂れたリボン、行方不明
前のソラの姿そのままであった。
それを見てケイスケの表情が一瞬硬直するそして頭の中で。
(話が違う!行方不明になった筈だ!)
そう考えるがソラに悟られては不味いので直ぐに表情を緩ませると目に涙を浮かべる。
「ソラ…無事で良かった、どこへ行ってたんだ心配したんだぞ」
「えへへ、ちょっとね…」
「本当に、本当に良かった…」
涙を流し精一杯心配をする演技をするケイスケをソラが笑顔のまま見つめる。
するとソラが思い出した様な表情になるとケイスケにゆっくりと近寄る。
「そうそう、ケイスケにね渡さないといけないモノがあるんだ」
「俺に渡すもの?」
「うん、こうやって両手を出してくれる?」
ソラが両手で水を掬う様な仕草をすると、ケイスケも同じ様な仕草をするように促す。笑顔で楽しそうなソラを見て違和感を感じるが、ケイスケが同じ様に手の平を上に向け両手を前に出しくっ付けるとソラと同じ仕草をする。
「こ、こうか?」
「そうそう、じゃあ渡すね」
ソラが制服のポケットから何かを取り出すと両手で大事に包むように持つとケイスケの手の平の上にそれを持って行く。そしてソラが両手を左右に分ける様に離すと
ケイスケの手の平の上に何かが落ちる。
ポトリ…
「い、一体何なんだ…」
ケイスケが手の平に暖かい柔らかい物の感触を感じる、しかも何か動いている気が
する。自分の手に載ったモノをじっくりと見ると一気に寒気が走る。
「ピギャ…ピギャ…」
「ひっ!ひいいいいいい!!」
それは人の手の平程の大きさの赤ん坊であった。しかも異様に頭が大きく手足と胸が細く骨が浮き出ている、そしてお腹が異常に出っ張り異臭を放っていた。
ケイスケが悲鳴を上げると手の平の赤ん坊を慌てて投げ捨てる。
下駄箱に赤ん坊がぶつかるとぽとりと地面に落ちる。
「あーひっどいケイスケ!」
「い、一体なんのつもりなんだソラ!」
ケイスケの表情はすでに演技では無く地が出た怯えた表情になっていた。それを
横目にソラが投げ捨てられた赤ん坊を大事そうに拾い上げると、赤ん坊を頬に寄せ
て優しそうな顔になる。
「一体なんのつもりって、この子のパパに会わせただけよ?」
「そ、そんなの俺の子なんかじゃない!!」
「本当はね…会わせる事が出来なかった、でもねそれを可哀想に思った人が私を助けてくれたの…」
「…だ、誰なんだそんな余計な事をした奴は!!」
もう誤魔化す余裕の無いケイスケが声を上ずらせる。すると段々とソラの姿が豹変して行く。綺麗な長い髪が抜け落ち始め、可愛い瞳が眼球を大きく剥き出し、手足が骨しかない細さに変わり、お腹がぼっこりと前に出る。
口を大きく開けて歯茎を剥きだすと涎が溢れる。着ていた制服も汚く破れ人間の
姿では無くなる。
「ねェ…ケイスケ…ワたシたチと、コッチデグラジマ…マショ…」
「く、来るな化け物!お前と違って俺は、俺には明るい未来が待ってるんだ!!」
ケイスケが豹変したソラの横を走って抜けると校内へと戻って行く。廊下を走り
一階の三年生の教室の引き戸を開けようとするが開かない、後ろを振り返るとソラ
がゆっくりと追いかけてくる。
「こ、こんな所で俺が!」
ソラが迫る目の前を通って第一棟の階段を二階へ上り第三棟へ続く渡り廊下を
走る。そして第三棟の一階へ下りるとさっき居た部室へ転がり込むと扉を閉めて、
内鍵を掛ける。
「はあはあ…くそ、くそくそくそ!これは悪い夢だ!…そうだ携帯がある!」
制服のポケットからスマートフォンを取り出すと急いで警察へと電話する。
余裕の無いケイスケが顔中に汗をかきながら必死の形相になって110番を押す。
「はやくはやくはやく…」
『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため
かかりません』
無情にも電話が通じない、慌ててスマートフォンのアンテナマークを確認すると×
が見える。それを見ると一気に怒りがこみ上げて来る。
「ふ、ふざけんな!電波が無いってどういう事だよ!」
すると部室のドアノブから鍵を回す音が聞こえて来る。それ気付いたケイスケが
スマートフォンを投げ捨てると急いでドアノブを掴み回らない様に抑える。
だがそれを上回る力でこじ開けられると勢い良く開いた扉に押されて部室の中央に
吹き飛ばされる。扉からソラが赤ん坊を片手に抱え、ひたひたとケイスケに寄って
行く。
「ひ、ひい!た、助けて…誰か…」
「ゲイズケ…ワダジド…イッジョニ…ハ、ハラ…ヘッタ…ク、クイモノ…」
「く、来るな…こっちに来るなあああああ!」
「イ、イタダギマス…」
「うわあああああああああああ…」
ケイスケの断末魔が第三棟の校舎に響き渡る。そしてすぐに咀嚼する音が聞こえてくる。やがて咀嚼する音も聞こえなくなると大きな音を立てた噯気が響く。
「ゲェェェェェップ!!」
後日、部室に落ちていたケイスケのスマートフォンが見つかると警察に届けられ
行方不明者として登録される。だがソラと同じく二度とこの世で発見される事は
無かった。
それ以降、県立清明高等学校で行方不明の生徒が出る事は二度と無かった。
再び不審者騒ぎとなるが時間が経つにつれそれも忘れ去られて行く。
季節が夏から秋へ、そして冬を迎え春になる。新入生が入学式を終えるとそれぞれ
の思いを胸に友人を作ると話を弾ませる。
そして第三棟の空き部屋をアオイと同じ様に部室を利用する生徒が現れる。
そこでは同じ様に女子生徒二人が噂話で盛り上がっていた。
「ねえー知ってる?毎年この学校から生徒が行方不明になるって噂!」