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第3話 狡猾

一年二組の教室の窓から星を眺めていると廊下から女の声が聞こえて来る。


「アオイー!どこに居るのー?」


「ソ、ソラの声だ」


教室の外の廊下からソラの声が聞こえてくる。入学してから半年程の付き合いだが

その声を聞き間違える事は無い。アオイが教室の引き戸を開けようとつっかえ棒を

手にした時、はっとした表情でシンジの言葉を思い出す。


『もし一人になったとしても簡単に人を信用しない事が大事なんだ』


それに第一棟と第三棟の渡り廊下に仕掛けた罠の事も含めて考えると、廊下に居る

ソラは本当にソラなのか疑問に思えて来る。さっきまで餓鬼が渡り廊下を通って第一棟に来ているのは間違い無いのだ。


「一人にして悪いと思ってるからさーアオイー!許してよー!」


(こんなに大きい声なのに餓鬼が反応してない…だけど本当にソラだったら)


アオイが心の中で廊下に居るソラが本物か偽物かで葛藤する。

もし本物ならソラを見殺しにすることになる、それだけはどうしても出来なかった。


シンジから聞いた餓鬼の特徴を逆手に取りソラが本物かどうか確認する方法を

思い付くと大きく息を吸って止めると教室の引き戸のつっかえ棒を取り、内鍵を

解錠すると急いで引き戸と対極の教室の角の隅に移動する。


そこで大きく息を吐くと声を上げる。


「ソラー!私はここに居るよ!」


アオイが声を出すと廊下からゴムの擦る足音が近付いて来る。

それを緊張した面持ちで教室の引き戸を見つめると、引き戸がゆっくり開く。


するとソラが引き戸の前に立って居た。

ブレザーの制服に丈の短いスカート、白いブラウスは第一ボタンが外され、首回りのリボンはぶら下がる様に首に掛かっている。


紛れも無く一緒に居たソラの姿で間違い無い。


「アオイ、ここに居たんだ」


「ソラそこから動かないで!今学校に不審者が居るの…」


「不審者?あーさっき下駄箱いったらさ、私の鞄がめちゃくちゃになってたんだけど、あれがそうなのかな?」


「男子の制服を着た痩せた男を見なかった?」


「うーん…ずっと教室でスマホいじってたし会ってないかな」


「学校の外に出られないんだけど知ってる?」


「さっき昇降口の扉を開けようとしたけどさ、全然開かないんだよね、というかさ、もういいでしょ?そっち行くよ?」


今の所おかしい部分は無い自然な答えが返ってくるのだがソラの顔には一切の焦り

緊張感が見ない。まだ餓鬼に遭遇していないからだろうか。ソラがアオイの質問に

答えるとアオイに向かってゆっくりと進んでくる。


念のために二人にしか分からない事を質問してみる。


「ソラ、今私が付き合ってる彼氏の名前は分かる?」


「…」


アオイが彼氏のケイスケの名について質問すると突然ソラが歩くの止める。

すると先程まであっけらかんとしたソラの顔が暗くなって何かを考えている。

しばらく沈黙した後、体が振動するとソラの表情が崩れて行く。


「う、うるせえん…ダよ、オ、オマえの、カ、カレシジャ、ネエ!」


ソラだった声が掠れた声に変わり、ソラの長い髪が急激に抜け落ちると大きい

円らな瞳が大きく見開き血走った眼球になってお腹が急に膨らみ出し、手足が萎み棒の様に細くなる。可愛い唇が裂ける勢いで口角が上がり歯茎を剥き出しにする。


「オ、オンナ…ク、クワセロ、ニ、ニク!!」


「や、やっぱり餓鬼だったんだ…姿も真似るなんて」


ソラが餓鬼に変貌するとアオイに向かって机と椅子を弾き飛ばしながら直進して

くる。アオイが落ち着いて息を大きく吸い込み止めると、背負い鞄から予め出していた食べかけのポッキーを手に持つと箱ごと足元に置く。そして窓に沿って反対の教室の隅に走り出す。


「ク、クイモンダ!」


案の定、餓鬼がポッキーの箱を屈んで掴むと勢い良く貪りつく。

その隙に教室の開いている引き戸から廊下に飛び出すと、階段の踊り場にシンジが

立っていた。


シンジが声を出さずに無言で手招きするとアオイがその後を付いて行く。


二人で一緒に第一棟の階段を上り四階の踊り場に出ると、シンジがズボンのポケ

ットから鍵を取り出し美術室と家庭科室の間にある準備室の扉を開ける。


準備室に入ると扉の内鍵を閉めてアオイが大きく息を吐き出す。

落ち着いた所で二人が部屋の床に座り込む。


「はあはあ…餓鬼がソラの姿で現れたんです…」


「ああ、声が聞こえたけど僕に聞こえたのは餓鬼の声だったね」


「はあはあ…シンジ先輩のお陰で助かりました…」


「アオイが頑張ったからだ、僕はそのお手伝いをしただけ」


「はあはあ…ははは」


こんな状況でも褒められる事は嬉しいのかアオイが汗をかきながら笑顔になる。

するとシンジが部室で話していた全員助かる方法の続きを語り始める。


「さっきの全員が助かる方法なんだけど、この校舎に慰霊碑があるのは知ってるか?」


「たしか第二棟の中庭にあった様な…」


「実はそこに抜け道があるんだ、昔の城郭跡の名残でね大名が脱出する時に使わ

れていた通路なんだ」


「じゃあそこに行けば助かるんですね」


「…ああ、だけど今はこの世とあの世の狭間にある特別な場所なんだ、だけど生

きている人間には何ら問題はないよ、ただし通る時にも決まりがある」


「なんかルールや決まりが多いですね…」


「人間社会はそれで成り立っているからね、あの世も同じと言うことさ」


決まり事の多さに戸惑うアオイだがこの世も決まり事で成り立っている。


決まりとは人を束縛する物では無く秩序を保ち人として生きるために、人同士が

暮らしやすくするための物である、人間社会はそうやって決まりを守る事で成立

している。


当然あの世も同じ構造であるという理屈だ。


「まず抜け道に入ったら真っ直ぐに進む事、妨害があるかもしれないけど決して惑わされない事、そして最後に…」


するとシンジが立ち上がり準備室の金属棚の扉を開けると埃の被った小さい小箱を

取り出す。その箱を開けると小さい木製の仏像が入っていた。


その小さな仏像を箱から出すとアオイに手渡す。


「これは?」


「抜け道の終わりに小祠(しょうし)がある、そこにこの仏像を収めるんだ、元々

小祠には仏像があったんだけど空襲で焼けた後に泥棒が入ってみたいでね、仏像が盗まれたんだよ…そして誰にも気付かれないまま清明高校が建てられたという訳なんだ」


「そんな事があったんだ」


「その時から学校には餓鬼が出始めたんだ、過去の卒業アルバムを調べてみたけど必ず一人は行方不明になっていたからね」


「じゃあ、この仏像が餓鬼の出現を今まで抑えていたんですね…」


「それは美術で使うデッサン用の物なんだけど依代には十分な筈だよ、アオイ

いいかい、必ず小祠に仏像を収めてから外に出るんだ…」


「わ、分かりました」


シンジが悲しそうな表情で伝えると、アオイが受け取った小さい木製の仏像を

背負い鞄へとしまい込む。仏像を渡し終えるとシンジが腕を組み困った表情を浮かべる。


「さて、後は慰霊碑に行くだけなんだけど…第二棟の二階にある校長室からしか

行けない、第二棟の二階の渡り廊下を通る必要があるけど恐らくそこで餓鬼が待ち伏せしているだろうね」


「うーん…確か第二棟へは一階にも渡り廊下がありましたよね、嫌なんですけど

二手に別れて進めばどちらかは校長室に辿り着けますよね」


「うん、だけどもし餓鬼に捕まったら終わりだからハイリスクハイリターンって

所か…」


アオイが餓鬼に慣れて自信を持って来たのか最初の頃に比べ強気な作戦を提案するが、シンジが目を瞑って真剣に考えている。もし上手く行けば餓鬼を煙に巻き校長室で合流する事も可能で、最悪一人は慰霊碑の抜け道に辿り着ける。


そして第二棟の校長室の場所は二階、二階の渡り廊下で待ち伏せしている公算が高い、そう考えるとシンジがアオイに作戦を伝える。


「僕が二階の渡り廊下を進むから、アオイは一階の渡り廊下を進んでくれ、職員室の入口から右に進めば第二棟の二階へ出れる階段がある、どうだい?やれるかい?」


「はい、大丈夫です!餓鬼の対策もばっちりですし、襲われても息さえ止めれば、この鞄にまだお菓子もありますから!」


「よし、じゃあ行こう、僕が先に進むから後から付いて来てくれ」


シンジが準備室の扉をゆっくりと開けると廊下に誰も居ない事を確認する。

続けて第一棟四階の階段踊り場まで出ると階段下を覗き込み、誰も居ないのが分かるとアオイに手招きをする。


そして一階づつ慎重にシンジが階段を下りて行くその後をアオイが続く。


餓鬼の居る気配は無い、二人で第一棟の二階まで降りると階段前の踊り場に出る。


「…餓鬼が居ない…簡単に諦めるとは思えないんだけど」


「居ないなら居ないでラッキーじゃないですか、じゃあ私は一階から向かいます」


「ああ、アオイ十分に注意してくれ、どんな事を仕掛けてくるか分からないからね」


二人が第一棟の二階で別れるとアオイが階段を下り始める。


第一棟の一階にアオイが到着すると昇降口の前を通って第二棟へと続く渡り廊下へ歩いて行く。途中の昇降口にはソラの破れた鞄が見える、沢山付けていたゆるキャラのキーホルダーが無残にも辺りに散っていた。


昇降口の反対側には自販機とガラスケースが並び、優勝カップや優勝旗が綺麗に

並べて展示してある。その横をゆっくりと歩いていると後ろから気配を感じる。


アオイが振り向くと階段からシンジが下りて来る。もしかしたら餓鬼に襲われたのかもしれないと考えていると慌てる様子も無くこちらにゆっくりと近付いて来る。


「ど、どうしたんですかシンジ先輩」


「あ、ああ、二階なんだけどやっぱり餓鬼が待ち伏せしててね、渡り廊下の真ん中に陣取ってるのが見えたからこっちに来たんだ」


「そうだったんですね、じゃあ一階から通って校長室に向かいましょう」


「ああ、そうしよう」


当初の作戦とは変わって来たが二階の渡り廊下に餓鬼が居るなら仕方ないと思い

シンジと行動を共にする。心理的にもやはり二人の方が心強いアオイも安堵の

表情を浮かべていた。


すると歩きながらシンジが話を始める。


「ところで過去にあった城内の餓死についてなんだけど、こんな話を知ってるかい?」


「さっき話してた兵糧攻めの話ですよね」


「そうそう、数カ月も食料が無くてね、逃げ込んだ人々が餓死するんだけど餓死した死体に生きてる人間達が群がって食べていたんだ」


「ソラも言ってました…酷い話ですよね…」


「…そこで一番人気のあった人体の部位ってどこだと思う?」


「え?えっと…太腿とかですかね…」


そんな話をしながら歩みを進めているといつの間にか渡り廊下を通り過ぎ第二棟の

一階、職員室の入口前に到着する。するとシンジが職員室の前で立ち止まる。


「あのシンジ先輩…職員室じゃなくて二階の校長室へ行くんですよね?」


「ああ、校長室に入るには鍵が必要でね、職員室にあるんだよ、扉を開けてくれるかいアオイ」


「はい…」


アオイが職員室の引き戸を開けると中は暗く、薄らと教職員用の金属デスクが向かい合う様に整然と並んでいるのが目に入る。金属デスクには内線電話、書類ケース、鉛筆立て、カレンダー、積まれたプリントなどが置かれてる。


そしてアオイが職員室に入って鍵の在り処をシンジに尋ねる。


「シンジ先輩、校長室の鍵はどこにあるんですか?」


「その前に、太腿と答えたよね…うんうん、太腿も美味しいけどもっと美味しい部位があるんだ」


「あ、あの…そんな話をしてる場合じゃあ…」


すると職員室に入ったアオイの方に向かって大きく一歩を踏み出しシンジが顔を

くっつくほど接近させる。


「それはね…ノウミソナンダ!!」


「ひっ!!」


シンジの顔が一気に餓鬼の顔に変わる。優しそうな目が大きく見開いた眼球に

なって、髪が抜け落ち、口角を上げ歯茎を剥き出しにする。そして辺りに一気に

異臭が発せられる。


完全に油断していたアオイが慌てて息を止めようとすると、それに合わせて餓鬼が

アオイの鳩尾に素早く拳を打ち込む。


「ぐえっ!!」


「ヘ、ヘヘッ、コ、コレデ、イ、イキ、ト、トメラレナイ!」


拳を打ち込まれたアオイが後方に吹き飛ばされると金属デスクの上に体が乗る。

デスクにあった書類やカレンダー、内線電話がアオイの体に押し出され地面に落

ちて大きな音を立てる。


ガシャーン!ガラガラ!


「う、うええ…」


吹き飛ばれたアオイが金属デスクの上でのたうち回る、先ほど食べた胃の内容物が口から溢れ、顔を横へと向け吐き出す。吐き出し終わると呼吸が浅くなる、大きく息が吸えない程に息苦しい。


餓鬼の拳は鉄の様に固く、まるでフルスイングしたバットの先端を鳩尾に受けた様な衝撃を感じた。それと恐ろしい事に餓鬼は自分の弱点を熟知していた、数度の

アオイとのやり取りでその対策を練っていたのだ。


その様子を面白いのか餓鬼が掠れた声で手を頭の上で叩きながら笑い声を上げる。


「ヒャヒャヒャヒャ!シ、シンジノ、マ、マネ、ウ、ウマカッタ!ヒャヒャヒャ!」


「ぐ、ぐぐ…」


アオイの意識が朦朧としてくる、そして自分がこれから餓鬼に食べられるんだと

悟る。今まで上手く餓鬼を翻弄して自分は大丈夫だと思い込んでいた、知恵比べで餓鬼なんかに負けるもんかとも思っていた。それが一度の油断、失敗で終わると

なると実に呆気無いものである。


頭の中ではあの時、こうしていれば、ああすればと後悔の念が泉の様に湧き出て

来る。何よりシンジの言葉を真剣に聞いている様で聞いていない自分に腹が立っ

てくる。そして悔しいと涙を流しなら何度も頭の中でその言葉を繰り返す。


次第にどうにもならない状況にその言葉も消えて行く。そして最後には。


『生きたい!』


その思いだけがアオイの頭の中を埋めて行く。

仰向けからうつ伏せになると必死に手足を動かし這う様に餓鬼から離れようと

する。その姿を見た餓鬼が笑い声を上げる。


「ヒャヒャヒャ!イ、イモムシ、ミ、ミタイダ!イ、イマタベテヤル!」


「だ、誰か…た、助けて…」


餓鬼がゆっくりとアオイの逃げる方向に先回りすると、嘲笑いしながら正面から

アオイの頭を骨ばった両手で掴む。アオイの顔は涙と汗と埃で汚れ情けない泣き顔

になっていた。


「イ、イイ、カ、カオダ!ノ、ノウミソ!イ、イタダキマス!!」


餓鬼が大きく口を開けると肉が腐った様な吐息がアオイの顔に掛かる。だがその匂いに嫌悪感を抱く程の力も無い。餓鬼の開いた大きな口が眼前に迫る。


(こんな…こんな所で終われない!)


その瞬間アオイが金属デスクの上の鉛筆立てにあったカッターナイフ掴み餓鬼

の鼻へと突き立てる。



「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」



餓鬼が今までで一番大きい声を上げると掴んだアオイの頭を勢いよく職員室の入口方向へと投げ飛ばす。入口近くの地面に叩き付けられるとアオイが苦しい呻き声を上げる。


「ぐう!…」


受け身が取れずに地面に頭をぶつけて流血するが、それが気付けとなり朦朧とし

た意識が回復し段々と呼吸が戻って来る。職員室の引き戸を掴みながら弱々しく

立ち上がると餓鬼の様子を見る。余程効いたのか餓鬼が鼻を抑えて倒れ込んでいる。


「く、に、逃げなきゃ…」


アオイが壁にもたれ掛かりながら職員室を出て左手にある第二棟の二階に続く階段

に向かって歩き出す。すると階段から二階に居たシンジが下りて来る。


「ア、アオイ!大丈夫か!」


「シ、シンジ先輩…」


アオイの様子を見ると慌てた表情で駆け寄り、肩を貸すと階段に向かって一緒に

移動を始める。階段を一段一段ゆっくりと上り、怪我をしたアオイの歩調に合わせて行く。そのアオイが申し訳なさそうにシンジに言葉を掛ける。


「シンジ先輩、ごめんなさい、先輩の言う通り油断しなければこんな事には…」


「アオイ、これは僕の責任だ、二階で待ち伏せしてるだろうと勝手に思い込んでいた謝るのはこっちの方だ」


「わ、私…本当に死ぬかと思って…ううあああああ」


「本当に、本当にすまない…」


アオイが死に掛けた事を思い出すとせき止めていた感情が一気に溢れ出す。

顔をぐしゃぐしゃにして涙が止まらない、足元には目から溢れる涙がこぼれて痕

になっている。シンジが悔しそうな表情を浮かべ謝罪の言葉を口にする。



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