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第2話 亡霊

昇降口へと差し掛かった所でアオイが異様な匂いに気が付く。

何かが腐ったような匂いだ。


(何この匂い…臭くて堪らない…)


匂いを嗅いだアオイが只事では無いと思い、壁の陰に隠れながら下駄箱に置いた

ソラの背負い鞄の方向をひっそりと覗き込む。すると下駄箱の前に学校指定のブ

レザーの制服着た男が一人、屈んだ状態でソラの背負い鞄の中を漁っていた。


しかも男の体型が普通では無かった。

日が落ちて細かくは見えないが体の形ははっきりと映し出されていた。


まず腕が棒の様に細いので長く見える。足も男とは思えない細さで女のアオイの

足に比べても細い。胸も体育用マットの様に痩せこけていた、だがお腹だけは妊娠してるかの様に出っ張り下に垂れていた。そのせいか頭が異様に大きく見える。


何より強烈な異臭をその体から放っていた。


その男が漁りながら掠れた渇いたような片言の声で独り言を呟くように喋っていた。


「ア、アマイニオイ…ヘ、ヘヘッ、ヒ、ヒサシブリノ、ク、クイモンダ…」


そう言いながらソラの背負い鞄のジッパーを開けずに両手で乱雑に掴むと細い腕に力を込める。


鞄はナイロン製で破け難いのだが男は紙を破る様に簡単に引き裂いていた、中に

入っていたお菓子が鞄の外に散らばると急いで掴み口へと運び夢中になって貪り

ついている。


グッチャグッチャ…


落ちているお菓子を素手で力強く掴むと包装紙を外さずに丸ごと勢い良く口に入れている、そして大きな咀嚼音を立てながら頭を揺らしてお菓子と涎を地面に撒き散らしていた。


それ見ていたアオイが異常な男に恐怖感を覚える。


いつの間にか不審者が校内に侵入していたのだ。日本でも過去には学校が通り魔に

襲われる事件が発生しているが今は少し状況が違う、今学校に残っているのはアオイとソラの二人だけなのだ。


(昇降口の扉も閉まってたのにどこから入ってきたの?)


昇降口以外からの入口は全て防犯対策のために鉄製の鎖や南京錠などで封鎖されて

いる。唯一あるのが教職員用の出入り口なのだが、先程用務員が言っていた通り

全員が帰宅していて出入口の扉は閉まっている筈なのだ。


男がソラのお菓子を食べ尽くすと大きな音を立てて噯気をする。

その音が静かな校舎内に響き渡る。


「ゲェェェェェップ!!」


男がソラの背負い鞄にお菓子が無いと分かると引き裂かれた鞄を昇降口の扉の方

へ投げ付ける、大きな頭を揺さぶりながら立ち上がると突然男が何かに気付いた

様に動きを止めると、犬の様に鼻を利かせて辺りの匂いを嗅ぐような仕草をする。


「ン?ニ、ニオウゾ、オ、オンナノニオイダ…ニ、ニクガ、ヤ、ヤワラカクテ

、ウ、ウマイ…」


男がアオイの隠れている壁の陰へと視線を向けると、その瞬間、男の顔をはっき

りと見たアオイが青ざめると直ぐに壁の陰に全身を隠す。


男の顔は目が大きく窪み、見開いた眼球は焦点が合わず血走っていた、頬は人間

とは思えないほどにこけて正面から見ると縦に長い、髪の毛は所々抜け落ち唇は

完全に乾燥して縦に裂けていた、口からはお菓子の食べ残しが混じった涎をぼた

ぼたと垂らしている。


最早、正常の人間の顔をしていなかった。


(に、人間じゃない!早く逃げないと…でもどこに逃げれば…)


アオイの心拍数が一気に上がる。蒸し暑い筈なのに背筋に走る悪寒が止まらない。

足も震えだし思う様に動かせない。そんな中で頭を働かせ逃げ場を考える。


男が鼻を利かせながら下駄箱からアオイの隠れている壁の方へと異常に細い足で一歩一歩、歩みを進めてくる。靴を履いていないのか男の足が廊下の樹脂床タイル

につく度にぺたりぺたりと音がする。


男の足音が近付くと決心したアオイが勇気を振り絞って第一棟の階段を静かに昇り始めると男がアオイの動きに気付く。


「オ、オンナ、ニ、ニゲタナ…オ、オレノ、ニ、ニクダ!ニ、ニガサナイ!!」


アオイが逃げた事に気付いた男が声を上げると歩く速度を上げて後を追い階段を

駆け上がる。


「き、気付かれた?静かに歩いていたのに…」


男の足音の間隔が早くなるのを聞くとアオイが急いで階段を上り、第一棟の二階に

上がると正面の第三棟に続く渡り廊下を走り出す。


どこに逃げようかと考えていた時、新築された第三棟の部室の事を思い出す。

防犯対策で部室の扉は頑丈に造られていたからだ。


学校に侵入した通り魔を想定した対策で、部室に立て籠もる事で身の安全の確保と

警察が来る時間を稼ぐために設計されていた。先程居た囲碁部の部室も同じ構造だ。


第三棟に続く渡り廊下を息を切らせ走り出すとアオイが後方を振り向く。


男が第一棟の二階に上がり大きな足音を立てて両腕を大きく前後に振りながら全力で走って追って来る姿が見える。走る速度はやせ細った体格とは思えない速さだ。


口角を大きく上げ歯茎を剥き出しにして涎を撒き散らしながら、狂気に満ちた顔を嬉しそうな声を上げて追いかけて来る。


「ニ、ニオウ!ワ、ワカイ、オ、オンナノ、ニ、ニクダーーーーー!!」


「はあはあ!な、なんで私がこんな目に!」


涙目になりながら息を切らせて渡り廊下をアオイが先に走り抜けると第三棟の

三階に続く階段を迷わず上り始める。


第三棟の三階階段前の踊り場に着くと廊下を走り、囲碁部の部室の扉のノブに手

をかけ捻るが扉が開かない。


「うそ!さ、さっきまで開いてたのに!」


開かない事に動揺していると階段の下から男の大きな足音が聞こえてくる。

男がすぐそこまで迫っていた。


焦った表情でアオイが他の部室を見回すと一か所だけ扉が少し開いている事に気付

くとその場所に向かって廊下を駆け出す。


その部室には【オカルト研究部】と書かれていた。


「こ、こんな部あったっけ?」


「オ、オンナー!クワセローーーーーー!!」


もうすでに近くまで男が来ている、悩んでいる暇はない。

アオイがオカルト研究部の部室の扉を開けて転がり込むと、すぐに扉を閉めて内鍵をかけて扉から少し離れて身構える。


すると外から男の足音が近付き部室の扉の前で止まる。

しばらく静かになった後、扉を思いっ切り叩く音が聞こえる。


ドンドンドンドンドンドンドンドン…!!


閉めた頑丈な扉が揺れている、尋常ではない力で叩かれている。

だが防犯対策で厚みのある扉は壊れる気配は無かった。もし普通の扉であれば

すでに破壊され男の餌食になっていただろう。


「はあはあ…良かった、はあはあ…」


アオイがそれを確認すると一先ず危機を脱した事に少し安心する。

息を整えながら冷静になると自分の置かれた状況が悪い事に変わりはない。

男が力づくで扉が開かないと分かると叩く事を止める、そして急に静かになる。


「…あ、諦めたのかな?」


もしかしたら諦めて離れて行ったのかもしれないと淡い期待を持って外の様子を

見ようとアオイが恐る恐る扉に近寄って扉の覗き穴を覗き込む。


目の前には血走った眼球が見える。


「ひい!!」


男が覗き穴をずっと凝視していたのだ。


それに驚いたアオイが腰を抜かして後方へとへたり込む。体を震わせると自然と目

から涙がこぼれ始める。先程までは楽しく過ごしていたのに今は絶望に淵に立たされている、それをアオイが現実として受け入れられないでいる。


「ひっくひっく…こ、こんな事になるなら早く帰れば良かった…」


体育座りになって涙を流しながら早く帰宅しなかった事を後悔する。

あれほど先生達や用務員、彼氏のケイスケが帰るように促してくれた、何度もあ

った機会を逃した自分を呪いたくなる気持ちで一杯であった。


すると部室の奥から人の声がする。


「よかった、僕以外にも学校に残ってた人が居たんだ」


「だ、誰!」


「ごめんごめん驚かす気はなかった、僕は三年生のシンジこのオカルト研究部の

部長だ」


シンジという男が薄暗い部室の中から現れるとアオイに笑顔で声を掛けてくる。

背丈は高く普通体型で眼鏡を掛けブレザーの制服にセンターパートのショート

ヘアが良く似合う男子生徒だ。


先程の男と違って綺麗な身なりをしたシンジの登場にアオイが驚くのと同時に

安心感を感じる。同じ境遇の人間がもう一人居るだけでも心強い。

シンジの登場で忘れていたが、すぐに外に危険な男に居る事を伝える。


「そ、外に不審者が居てここに逃げ込んだんです!助けて下さい!」


「不審者か…一体どんな奴なんだ?」


「ぼろぼろの破れた制服に素足で体はすごく痩せてるけどお腹が凄く大きいんです

…顔も人間とは思えない位におかしかったです」


「そうか…だとしたらあの噂話はやっぱり本当だったって事か」


「…噂話?」


「学校の授業でも習った兵糧攻めを受けて餓死した霊が、ある日だけ校内に出現

して生徒を攫うって話だよ」


「ソラの言ってたあの噂話か」


「実はね、僕はそれを以前から詳しく調べててね、なぜ毎年この学校の生徒だけが

行方不明になるのか、その理由はなぜなのかってね、そうしたら偶然にも生存者の

一人に会えて話を聞く事が出来たんだ」


「せ、生存者ってどう言う意味…」


「それについては後で説明するけど、その人の話だと君を追っていた不審者と特徴が一致してるんだ」


シンジが清明高校の生徒が行方不明になる件について独自に調査を行っていた。

そして偶然にも行方不明の生徒と一緒に居た生存者と話をする事ができたのだ。


その生存者の話では周りの大人や警察に今回と同じ内容を説明したのだが馬鹿

馬鹿しいと相手にされなかった。逆に行方不明になった生徒を襲った犯人では

ないかと疑われていた。


そんな事もあって行方不明の親族からは攻められ学校では厄介者扱いされ居づら

くなり転校していた。


偶然にもネット上でシンジが毎年、行方不明になる清明高校の生徒の情報を集

めていた所、心のどこかで心配していた生存者の一人からメールが届いたのだ。


「その人が言うには外に居るアレは、餓鬼と呼ばれていて捕まると腕を簡単に

千切るくらいの力があるらしい…」


「が、餓鬼って妖怪のやつですよね」


「ああ、姿が良く似てるからそう呼んでいるんだ」


「でも外で餓鬼がずっと居られたらどうにもならないじゃ…」


「まあまあ、落ちきなよ…えーっと」


「シンジ先輩、私はアオイって言います」


「…じゃあアオイ、話を続けるよ」


「はい、お願いします」


「その餓鬼にも弱点があって目が悪いんだ、ただ物音には敏感ですぐに感づかれる、そして匂いなんだけど…」


「わ、私の事、若い女の匂いだって言ってました、匂います?」


「アオイの体臭じゃなくて、アオイの呼吸で判断してるんだよ、つまり息を止め

てゆっくりと歩けば餓鬼には気付かれずに行動が出来る」


「呼吸…だから逃げた私が分かったんだ」


「息って自分の心って書くんだけど、欲の心しか無い餓鬼にとって人の心は魅力的に映るんだろうね、後は見た目以上にずる賢いという事、食べる事しか頭にないから手段を選ばないらしい、もし一人になったとしても簡単に人を信用しない事が大事なんだ」


「い、一緒に居て下さい!一人だなんてもう考えたくもない…」


「もちろん二人なら心強いけど必ず一人で戦う時が来る、その時にどう考えて

行動するかが命を繋ぐんだ、しっかり気を持つんだアオイ」


「は、はい…」


シンジが餓鬼についてアオイに一通りの説明を終えると、それに勇気づけられた

アオイが立ち上がって涙を拭うと諦めずに外との連絡を試みようとスマートフォン

を取り出して電波が立っているか確認をする。


だが相変わらず電波のアンテナマークは×になっている。するとシンジの持っているスマートフォンには電波があるかもしれないと確認をしてみる。


「あのシンジ先輩のスマートフォンって電波あります?」


「…残念だけど家に忘れちゃってね、でもあった所で電話は繋がらないだろうね」


「電話が繋がらないんですか?」


「生存者の人によればこの場所を閉鎖空間と呼んでて、いくつかルールがある

みたいなんだ、まず学校の外に出られない事、外部との通信が出来ない事、最後

に餓鬼の居なくなる条件」


「…」


「それは餓鬼に襲われて生存者が一人になる事、そうすると自動的に閉鎖空間が

解除されて外に出れる、そして襲われた者は行方不明になるという流れなんだ…

いや正しくは次の餓鬼になってあの世を彷徨う事になる」


部室の外に居る餓鬼が去年の行方不明者と知るとアオイが妙に納得する。汚い格好ではあったが学校のブレザーの制服を着ていたからだ。


校内に居る生存者はアオイとソラとシンジの三人だけである。

シンジの話であればその内の二人が餓鬼に襲われないとこの閉鎖空間からは出ら

れないという事になる。


「…全員が助かる方法は無いんですね」


「これは僕が独自で調べて分かった事なんだけどアオイ、実は全員が助かる方法

はある、それは…」


ガチャ…ガチャチャ…


シンジが全員助かる方法を話そうとした時、部室の扉の鍵が動くような金属音がする。扉のノブに合う複数の鍵を入れては開くか試している音だ。


「しまった!餓鬼が職員室に行って部室の鍵を取って来たんだ」


「ど、どうすれば!」


「いいか、餓鬼が入って来たら息を止めるんだ、僕が物音を立てて引き付けるからその隙に急いで逃げるんだ」


「逃げるってどこへですか!」


「じゃあ…第一棟の三階一年二組の教室で合流しよう、僕も必要な物を取ったら後

から行くから」


「わ、分かりました、必ず来てください」


二人が合流場所を決めるとすぐに部室の扉の鍵が解錠され餓鬼が入って来る。

中に入ると暗い部室で鼻を利かせて匂いを嗅いでいる。


餓鬼が侵入したのと同時に息を止めるとアオイが扉のある壁に寄ると、餓鬼の

視界に入ってるにも関わらずこちらの存在に気付いていない、シンジの話した通りだ。


アオイと反対側の壁に張り付いたシンジが部屋の奥隅にボールペンを放り投げる。


コン!コロコロ…


「ニ、ニクニクニクニク!!」


ボールペンが落ちると音が鳴る方へ勢い良く餓鬼が走り出して入口の扉から離れる

とアオイが合わせてオカルト研究部の部室の扉を出る。


ガタン!ドガッ!バリッ!…


部室の方からは部室に置かれた荷物を漁る大きい音が聞こえて来る、どうやらアオイが隠れていると思って探している様だ。


脱出したアオイが第三棟の廊下を抜け階段を下りて二階へと下りると、急いで第一棟の三階を目指して第一棟の二階と繋がる渡り廊下を走って移動する。

その途中でアオイの足元に何かが引っ掛かり転倒する。


カランカランカラン!!


「痛!…何これ」


転倒した状態で足元に引っ掛かった物を見ると空き瓶が転がっていた。

しかも良く見ると渡り廊下の至る所に空き缶や空き瓶が置かれていた、恐らく餓鬼

が渡り廊下を通る者が分かる様に意図的に音の鳴る罠を仕掛けていたのだ。


空き瓶の倒れた音が校舎に響き渡ると第三棟の方から餓鬼のけたたましい声が

聞こえて来る。


「ソコカーーーーーーーー!!」


「ひっ!に、逃げないと!!」


その声をアオイが聞くと急いで立ち上がる。再び大きく息を吸い止めた状態で渡

り廊下を走り始め突き当りの第一棟の階段を昇って行く。


その後方からは渡り廊下にあった空き缶や空き瓶を薙ぎ倒す音が聞こえて来る、

後方からは餓鬼が急接近していた。


第一棟の三階の階段の踊り場に着くと一年二組に向かって廊下を走り、教室の引

き戸を開け中に入ると内鍵を施錠して、つっかえ棒を掛けると止めた息を吐き出し呼吸を整える。


「ぷはー…すー、はあはあ…」


教室の引き戸は部室の扉よりは弱いが鍵以外にもつっかえ棒を立てる事によって

二重のロックになっているので時間は稼げるだろう。


「はあはあ…まさか渡り廊下に罠を仕掛けるなんて…」


アオイが教室の黒板に寄りかかってハンカチを取り出し額の汗を拭きとると、

予想以上に賢い餓鬼の狡猾な罠に体を身震いさせる。


ふと窓の外を見るとすでに夜になっていた、空には今のアオイの心情とは反対に

綺麗な星が輝いている、それを恨めしそうな目で見つめる。



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