09 甘くて幸せな味
最終話、完結です。
アキゼスさまとジュリアンさんの熱き戦いをぜひとも見なければと、急いで身支度をすると、階下へ降りて、宿屋の外へ出た。
ふたりの激しい剣の打ち合いを、エレノーラさんも食い入るように観戦している。いつの間にやら、宿屋のお客さんや近所の人々も、集まってきていた。
「おはよう、マリィちゃん、早いのね。あらあら、昨夜は濃密な夜を過ごされたようね」
わたしに気がつくと、エレノーラさんは口元に手をあてニンマリ。
「お、おはようございます……。あとで、敷布を洗いたいので、洗い場をお借りできますか?」
わたしが恥ずかしさのあまり、俯きながらボソボソと喋っていると、
「目の毒ですからね」
と、エレノーラさんは自分がしていた薄い襟布をわたしの胸元を隠すように首に巻いてくれた。
「あ……」
見ると胸に薄赤い痣のような跡がいくつもあって、驚くと同時に昨夜のアキゼスさまの唇の感触が脳裏に蘇ってきて倒れそうになった。
エレノーラさんにばればれかと思うと、体の中が沸騰したみたいに熱くなる。
「洗い場は、建物の裏手に井戸があるから、空いていればいつでも使ってね」
「ありがとうございます」
アキゼスさまとジュリアンさんの打ち合いはまだ続いていた。
お互い一歩も引いていない。
屈強な男性同士の剣を交える姿は、間近で見ると迫力だ。
「ところで、アキさまは、剣筋が良いわね。無駄な動きが一切ないし、ジュリアンを相手にまだ十分に余裕がある戦い方をしている。実践慣れしているようね。すごいわ。すぐに自警団で活躍してくれそうね」
エレノーラさんが目を輝かせ、別人かと思うほど引き締まった表情をアキゼスさまに向け始めた。
アキゼスさまは、エレノーラさんにかなり気に入られたのかもしれない。褒められて嬉しいけれど、やっぱりちょっとモヤっとする。
「アキさまから聞いたけど、しばらくここにいてくださるんですってね。嬉しいわ。私のことはノーラと呼んでね。マリィちゃんはどうする? どこか働き口を紹介しても良いし、うちで働いて貰ってもいいわよ。山ほど仕事はあるし……。訳ありなら、何かの時は私が守ってあげられるし」
「え?」
守って……って? とても力強いお言葉なのですけど?
「マリィ!!? もう起きてもいいのか? 体は大丈夫なのか?」
アキゼスさまが突然声をはりあげると、疾風のごとく駆け寄ってきた。わたしを心配してオロオロするアキゼスさまの様子に、周りの皆さまの呆れたような生暖かいような視線が痛い。
「新婚ホヤホヤなんでね」
なんてジュリアンさんが、皆さんにわざわざ説明してくださっているのも余計に恥ずかしい。
「アキ、大丈夫ですから」
「それならいいが……」
人目もはばからず、こんな皆さんの前で口付けはダメですってば!
わたしがアキゼスさまからの甘々攻撃を必死に躱していると、
「ノーラ、アキは強えーぞ。おまえもやるのか?」
「もちろん。これほど強そうな剣士に会ったのは初めてかもしれないもの。こんな機会は滅多にないでしょ?」
「それはそうだが、はねっかえりめ。怪我だけはするなよ」
「大丈夫。ということでアキさま、イチャついているところ申し訳ありませんが、朝食前に私とも一勝負、剣のお手合わせをお願い致しますわ!」
まさかのエレノーラさんからの申し出に、周りの野次馬もどよめいた。
エレノーラさんのアキゼスさまさまを射抜く目。わたしのモヤモヤは消し飛んだ。これは、男性への好意というよりは、好敵手を見つけて喜んでいる目だったのね。
「エレノーラ殿、わかった。受けて立とう」
アキゼスさまが、爽やかな、それでいて不敵な笑みを浮かべて背筋を伸ばす。
「アキ、女だと思って油断するなよ。ノーラの剣の技術はオレより勝っているし、俊敏でかなりの頭脳派だ。オレでさえ三回に一回しか勝てねぇ」
「それは、頼もしい女主人だな」
「では、アキさま、参ります!!」
エレノーラさんが澄んだ美声を上げ、アキゼスさまに斬り掛かっていった。
エレノーラさんは足元が軽く素早い動きで前に出たり後ろに引いたり、次の一手がまるで読めない。アキゼスさまも珍しくかなり手こずっているようだった。
それでも最終的には実際の戦闘馴れしているアキゼスさまが勝利した。
エレノーラさんは、かなり悔しそうだったったけれど、すぐに清々しい表情を見せた。
「反応が一秒でも遅ければ、やられていたのは俺だ。エレノーラ殿は、次の動きに迷いが無い。見事な剣士であられるな」
「まあ、お褒めいただきまして、光栄です。アキさまはどこかの騎士団を率いてもおかしくないほどの、正統派の剣豪ですわね」
ふたりがお互いを称え合っていると、ジュリアンさんが不機嫌そうな顔でエレノーラさんを自分の背後に隠すようにしてふたりの間に割って入った。
「アキ、また今度オレと勝負しようぜ」
「わかった、ジュリアン。いつでもいいぞ」
「自警団への入団、感謝する」
「よろしく頼む」
こうして、アキゼスさまはこの町の自警団に入り、わたしはエレノーラさんの宿屋の手伝いや自警団の事務係をしながら暮らし始めた。
宿屋の一室に住まわせて貰えることになって、アキゼスさまは自分が留守にしてもエレノーラさんがいるのでわたしのことが安心だと喜んでいた。
☆
そして、半年ほど経った頃、王国の第二王女クリスティーヌさまが、隣国へ嫁ぐという噂が駆け巡った。
なんでも、直接求婚しに来た隣国の王子とすぐに恋が芽生え、あっという間に話がまとまったそうだ。
アキゼスさまとわたしは、夕食後、部屋でのんびり過ごしていて、その話題になる。
「うーん、あの騒動は一体なんだったんだ?」
「さあ? 仕方がなくでも会って話をしてみたら、意外と相性が良かったのでしょうか?」
「なるほど。俺たちみたいに?」
アキゼスさまとわたしは安堵して、心から笑い合った。
アキゼスさまとわたしは、優しい口付けを交わす。甘くて幸せな味がした。
これでもう、わたしたちは逃げ隠れしなくても良いのよね。
この逃走劇は、このようにあっけなく幕を閉じた。
そんなある日のこと、宿屋に身なりは立派なのに、フラフラのお客様が……。
わたしの姿を見つけるなり、
「マリィちゃん〜!! 僕、もう無理ぃ! もう団長嫌だぁ〜、もうあいつらの面倒見るの疲れたぁ〜」
「ー!?」
なんと、どうしてここがわかったのか、レオナールさまが現れた。
アキゼスさまは、もちろん自警団のお仕事でお留守だった。
「いらっしゃいませ、お知り合い?」
エレノーラさんが、わたしの驚く様子に警戒して、さりげなくわたしの前に立ち、レオナールさまに対峙してくれた。
「は、はい。前に住んでいたところでお世話になっていた方です。大丈夫です」
「そう?」
エレノーラさんは、まだ眉を釣り上げ、凄みのある表情でレオナールさまを睨んでいる。
「アキは? 頼む、マリィちゃん、もう、大丈夫なんだから、ふたりで帰って来てーーーぇ」
そう情けない声を出すと、その場に倒れ込んだ。
エレノーラさんは冷めた目で、
「なんなの、この服だけ立派な道化役者は?」
「ぷ……」
笑ってごめんなさい、レオナールさま。
そちらへ帰るかどうかは、アキゼスさまが戻られてから、お返事しますね。
最後までお読みくださって、どうもありがとうございました。
楠 結衣さま、この度は素晴らしい企画に参加させていただきまして、本当にありがとうございました。
作中のある登場人物を主人公とした短編も投稿しました。
よろしければ、続けてお読みいただけると嬉しいです。
【目覚まし聖女は今日も僕だけを起こす】です。
どうぞよろしくお願い致します。