08 初夜
エレノーラさんに部屋まで届けていただいた焼肉や野菜の煮込み料理は、とても美味しかった。
疲れてはいても食欲が衰えないのは、わたしの良いところかもしれない。
お腹が空いていては、何も始まらない。
「美味そうにもぐもぐ食べるマリィは、本当に可愛いな♡」
「……」
アキゼスさまになんだか愛玩動物のように見られている気がしないでもない。
「な……、恥ずかしいですから、あまり食べているところを見ないでください」
「見ていると、癒される……」
「もう……変ですよ」
「食べたい……マリィ」
へ? アキゼスさまが恍惚とした表情を浮かべているのは、なぜ!?
「で、アキゼスさま、これからどうなさるおつもりですか? ジュリアンさんの自警団へのお誘いです」
わたしは逆に頬を引き締めて問いかけた。
「まずは、アキと呼んでくれ」
「アキ……」
【アキ】とお呼びすることに、慣れなければ。
アキゼスさまは、緩んでいた顔をやや普通に戻すと、
「うむ、この町に来る前、ここの治安は悪くないとは聞いていた。町の騎士団やジュリアン殿の自警団が優秀なのかもしれないな。俺はここにいるという選択肢もありだと思っている。俺はどこへ行っても体を使う仕事しかできないからな。マリィはどう思う?」
「せっかくのお誘いですし、ご縁だと思って、しばらくお世話になってみても良いと思います」
「本当に、それで良いのか?」
「異論はありません」
「わかった。では、世話になるとしよう」
「はい」
これでいいのかと思うくらい、意外にもあっさりと決まってしまった。
食事を終わらせ、互いに衝立を挟んで身を清めた。
宿屋ということもあり、部屋にふたり分の就寝用のローブも用意してあったので、それに着替える。
いよいよ初夜。
もう、緊張してきた。
先に身支度を終わらせたアキゼスさまは、エレノーラさんから、食事と共に差し入れられた葡萄酒を開けていた。
ローブ姿のアキゼスさまが、強烈な色香を放っているのは気のせい!?
正視できない。
「マリィ、おいで。美味い葡萄酒だ。甘口でも強いから、マリィはひと口だけな」
と、ほんの少しの量だけコップに入った葡萄酒を勧められた。
口にすると、子ども用の果汁のように、甘くて美味しい。
「美味しいですね」
先日のように、眠たくなって意識がなくなるという状態は避けたいし、このくらいの量で……。
「かわいいまりぃ。おれだけのまりぃ。つれていかれなくてよかった……」
え?
相当強い葡萄酒だったようで、量を飲んでいたアキゼスさまのほうが、前後不覚におちいっている?
急に机に伏せてしまった。
「アキ、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。頭は少しぼんやりしているが、体はたぎっている!」
「……!?」
たぎるって……?
アキゼスさまは、ガバッと椅子から立ち上がるとわたしのところへ来て、ぎゅうっと抱きしめてから、横に抱きあげた。
「あ、アキ……?」
しっかりした足取りのアキゼスさまにベッドまで運ばれ、ベッドに押し倒された。
やたらと体が火照ってしかたがない。
葡萄酒のせいもあって、熱い。
心臓の鼓動が頭に響く。
アキゼスさまのギラギラした濃紺の瞳がわたしを見下ろしている。
「マリィ、愛している。きみの心も体もすべてを愛させてくれ」
「……はい」
濃紺の瞳が細められ、アキゼスさまの温かくて大きな手が、わたしの頭、髪、頬、唇に優しく触れてくる。
その温かさに、心から幸せという感情が溢れて、胸がいっぱいになる。
アキゼスさまの唇がゆっくりわたしの唇に落ちてきた。葡萄酒の味の残る甘い口付けに、酔ってしまいそう。
息苦しいほどの口付けと、ローブの中へと滑らせてくる手の感触に、頭が朦朧となる。
そんなわたしに、アキゼスさまの唇と舌は容赦なく、わたしのすべてを奪うように食べつくしていった。
「マリィ、愛している……」
何度も囁かれ、わたしが途中溺れそうになり、喘いで手を伸ばすと、アキゼスさまは必ずしっかり握り返してくれた。
わたしたちは結ばれ、甘く尊い初めての夜は更けていった。
☆
翌朝、アキゼスさまの腕の中で目覚める。肌の温もりが気持ち良かった。
先に起きていた様子のアキゼスさまの、優しくとろけるような笑みに迎えられる。
「おはよう。マリィ。気分はどう? 体は大丈夫か? 無理させて悪かった」
アキゼスさまのいたわるような言葉、確かに色々と刺激的で衝撃的だったかも。
でも、アキゼスさまの愛情を強く感じることができた。
「おはようございます、アキ。気分は良いですし、体も大丈夫です」
わたしが頬に熱を感じながら答えると、アキゼスさまはそこに口付けをしてくれた。
「俺は先に起きて、下でジュリアン殿とエレノーラ殿に話をしてくる。マリィはのんびり体を休めていろ。朝食は、あとで一緒に食べよう」
「はい」
アキゼスさまは、先にベッドを出ると素早く衣服を着て部屋をあとにした。
のんびり……しようかとも思ったけれど、甘い気分に浸りながらも頭は冴えているし、体も少し軋むけれど元気だ。
天気も良く、気持ちが良い朝。のんびりなんて、してられない。
わたしも起き出した。ベッドの敷布は自分で洗わせてもらおう。このままでは、恥ずかしすぎる。
着の身着のままだったと思っていたけれど、母が準備していてくれたという包みを昨夜アキゼスさまから渡されていた。
それには、少しの着替えや下着、旅費も入っていた。
母さん、ありがとう。
わたし、頑張るね。
気がつくと、外からカンカンと激しく剣を交える音が聞こえている。
窓を開け見下ろしてみると、アキゼスさまとジュリアンさんが手合わせ? をしていた。
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