05 告白と口付け
「この、腰抜け! お膳立てしてやったのに、二時間も寝顔を見てるだけか?」
「酔って眠ってしまった娘に手を出すのは、騎士の風上にも置けないだろう」
ん? なんだかモヤモヤするわたしの脳に、声だけが入り込んでくる。
そうか、わたし、発泡酒に酔って、眠気に勝てずに意識を無くして、ここで横になっていた?
アキゼスさまの着替えを手伝ったのは覚えているけど……。
「そんなこと言ってる場合かって。既成事実でもなんでもいいから早くしろ。隣国ガレリエの第三王子が同盟関係強化のためと、第二王女のクリスティーヌさまを是非自国に迎えたいと言って来ているらしい。姫は嫌がっている。まあ無いとは思うが、マリィレーヌに白羽の矢がたつ前に婚姻届だけでも教会に」
「そ、それはそうだが……」
「何年も傍に置いて、果樹園のおやじみたいに実が熟すのを見守って、ようやく熟しても収穫しなければ、誰かに穫られるか腐って落ちるだけだろう。それでいいのか?」
アキゼスさまとレオナールさま?
「マリィが幼い頃から可愛すぎてこっそり愛でるだけで満足していたんだが、もう……誰にも取られたくはない」
「それならさっさと決意しろ、アキゼス。おまえに渡したデートの必勝メモ、あれには一番大切なことが書かれていない。わかっているか? それはおまえ自身が、自分で考えきちんと実行することだからだ」
「わかっている。マリィが目覚めたら、今度こそきちんと気持ちを伝えるつもりだ」
「僕は下でゆっくり飲んでるよ。いつまでも祭りは続かない」
ひとりの足音だけが、部屋の扉の外に消えた。
「マリィ、愛している」
へ? あ、アキゼスさま?
一瞬で脳が覚醒した。
「意識の無いきみになら、スラスラと言えるのに」
わー、わたし、確かにベッドで横になっていて、目は閉じてますけど、意識ありますよ〜!!
どうしよう。
「眠り姫、この二時間、きみの赤い果実のような唇に口付けたいと、何度思ったことか。もう我慢の限界だ。少しの味見なら、許してくれるか?」
………っ!? アキゼスさまの囁く声がやたらと近いし、息がわたしの顔にかかってるんですけどぉ〜〜!!?
わたしも限界です!!
「「?」」
目と目が合った。
「うわーーーっ!!」
アキゼスさまのほうが絶叫して、飛び退いたけど、すぐに、戻って来る。
顔を真っ赤にして、数秒前の経緯を知らなければ、激怒しているのかと勘違いしそうなほど、険しい表情だった。
わたしは体を起こし、臨戦態勢を取る。
「す、ま、ない。いや、違う。……愛している!! マリィ! 結婚して欲しい」
もうすっかり普段のアキゼスさまに、戻っている。ムードも何もない。力強く叫ばれた。
て、いうか、結婚を申し込まれた?
「俺は情けない果樹園のおやじだ」
そう言うと、アキゼスさまから、緊迫感が消える。
肩も頭も下げて、崩れるように膝を床に着けた。アキゼスさまのこんな情けない姿を見たことはなかった。
「いえ、騎士団長さまですよ。いつも勇敢で、わたしたちを守るために真っ先に動いて戦ってくださって、尊敬しています。立ってください」
わたしの言葉に、顔をあげ、ぎこちなく微笑むアキゼスさま。
「わたし、アキゼスさまは嫌いじゃないです。でも、アキゼスさまを結婚相手として見たことがなかったので、もう少し待っていただけますか? 気持ちを整理して、よく考えたいと思います」
「待つのは慣れている。自分の気持ちを優先して欲しい。誰のためでもない、マリィの思った通りに決めてもらってかまわない」
アキゼスさまの清々しい表情に、わたしは安心して大きく頷いた。
二階の窓の外から、これまで以上に賑やかな音楽が聞こえてきた。祭りのクライマックスは、銅像のあるあの広場で、踊ったり想いを告げたりするとの話だ。
どうやらその合図らしい。
「マリィ、酔いが冷めたなら踊りに行くか? せっかくだから、最後まで祭りを楽しもう」
「はい!」
アキゼスさまは、優しく手を引いて、わたしをベッドから立たせてくれた。
「フラフラしないか?」
「大丈夫です」
わたしたちは笑みを交わした。
「アキゼスさま、あの、少しなら……味見してもいいですよ」
わたしはきっと、外のお祭りの最高潮の雰囲気に酔わされていたに違いない。
口からそんな誘う言葉を発していた。
アキゼスさまが目を大きく見開いて、わたしを見下ろしている。
「い、いいのか?」
「はい。人生で最初の口付けは、アキゼスさまがいいです」
わたしは目を閉じた。
「マリィ、願わくばきみの最後の口付けも俺に。いや、きみのすべての口付けを俺に……」
そう言って、アキゼスさまはわたしの唇に優しく触れるだけの口付けを落とした。
何度も。
祭りの夜は更けていき、わたしたちは時間の許す限り、広場で楽しく踊って過ごした。
アキゼスさまが、こんなに踊りに夢中になるなんて、思ってもみなかった。しかも音楽にしっかり動きがあっていて、素敵だった。
体を動かすのが、元々お好きなのかも。
広場で踊っている他のみんなも幸せそうだった。家族連れや男女の想いを遂げたようなカップルも多かった。
初めてのお祭りは思ってもみない展開で、わたしにとっては、ちょっとした嵐のような波乱の一夜だった。ずっと思い出に残ると思う。
☆
お祭りの翌日から、アキゼスさまから毎日赤い薔薇の花が贈られるようになった。
しかも、本数も少しずつ増えていく。数にも意味があるとかなんとか、自称恋の魔術師のレオナールさまが毎度ご丁寧に説明を添えてくださる。
最初は、とても嬉しかったけれど、三十本を越えたので、
「アキゼスさま、お気持ちわかってますので、薔薇はもう贈ってくださらなくても大丈夫です」
と、いくらお断りしても、
「いや、約束したからな。婚約するまでは……」
と言って、取り合ってくれなかった。
さほど日持ちはしないにしても、騎士団の事務所とわたしの部屋は自然と赤い薔薇で埋め尽くされていった。
レオナールさまと騎士団員たちから、早く婚約だけでも決めてくれとお願いされる始末。
アキゼスさまは、特にわたしに返事を急かすこともなく、非番の時は、わたしと一緒に過ごしたり出かけたりしてくださったので、わたしたちはゆっくり愛を育み、愛情を深めることができたと思う。
そして、薔薇の本数が百を越えたある日、ルードランスさまのお屋敷に王都から早馬が来た。