03 勝負のゆくえ
その後もあれもこれもとアキゼスさまが、食べ物で誘惑してくる。
そろそろお腹がいっぱいになってきた。
少し動いてお腹に余裕を持たせたい。
娯楽小屋の方に、短い矢を投げて的に当てる射的や、編み縄の輪を投げて棒に入れて点数を競う輪投げがある。子どものころ、得意だったことを思い出す。
「アキ、あれで勝負しない?」
「俺に勝負を挑むとは、命知らずな。よし、受けてたとう」
命知らずなって、たかが遊びなのに、大袈裟な。
アキゼスさまらしいけど。
「負けたほうは、勝ったほうのお願いを聞くのよ」
「わかった」
わたしが選んだのは、輪投げ。
これならわたしが勝つことができるかも。射的は、砦の警備の余暇にみんなで遊んでるのを見たことあるから、わたしに分が悪い。
アキゼスさまは勝負には厳しい人だから、きっと真剣勝負になる。
負けないわよ。
輪投げの行列にふたりで並ぶ。アキゼスさまとこんなに近くで長い時間一緒にいることはあまりない。
何を話せばいいんだろう。
「マリィは、この毎年恒例のこの祭りには来たことはなかったのか?」
「はい。あまり興味がなかったのと、一緒に行くお友達もいませんでしたし」
わたしはあの大熊の事件以来、母からメイドの子どもたちと一緒に自由に遊ぶのを制限された。みんなとは違うからと言われたけれど、わたしは貴族ではないし、みんなと変わらないと思っていた。
国王である父親とは対面したこともないし。遠い存在。まるで現実味がない。
あの母が、国王とホニャララなんて、なんの天変地異があったんだろう……。
「マリィは、す、好いた男は、いないのか?」
アキゼスさまが、ひかえめながら直球を投げてきた。
「いません。いたらこの年齢ですから、すでに結婚しているでしょう」
「レオのことを好いているのではないのか?」
「はぁ? 既婚者ですし。ここだけの話ですが、鬱陶しいと思っています。苦手です」
「でも、女にしてくれと頼んだそうじゃないか」
「うっ!! ……こ、困らせるつもりで、言っただけで、全然そんな気はなかったんです」
なんであの人、真面目なアキゼスさまに言っちゃうかな〜。
「その話を聞いたとき、レオを殴りたくなった」
「は?」
「俺はその時自覚したんだ。俺はマリィが……」
「ま、待ってください。輪投げの列に並びながらする話じゃないですよね。時と場所を考えてください!」
わたしは慌ててアキゼスさまの次の言葉を遮ってしまった。
すっかり頭に血が上ってしまっていたけれど、こんなところで告白? って、羞恥のほうがなんとか勝った。
「そ、そうだな。すまない」
シュンとなって、頭をかきながら眉を下げるアキゼスさまが、可愛らしく見えた。
大熊を担いだ血だらけの姿、騎士団長の執務室での机に向かう姿勢の良い姿、みんなに剣術の稽古をつける姿、さっきの芝居がかった極端過ぎる甘々な姿と颯爽とスリを追いかける姿、何故か次々と浮かんできて……。
わたしも以前からアキゼスさまのことが?
強く抱きしめられて、おでこに口づけされた余韻がまだ残っている。
『俺はマリィが……』の次の台詞はきっと。
頭から何かが噴火しそうだった。
チラとアキゼスさまのほうを見上げると、アキゼスさまも顔を赤くしていた。
ふたりでモジモジしているうちに、輪投げの順番が回ってきた。
「はいよ、輪投げ。ひとり銅貨一枚ね」
輪投げ小屋のおじいさんにアキゼスさまがふたり分の銅貨を渡す。
「勝負だ、マリィ。俺が勝ったら、きみを女にする権利をもらう」
はあああぁ!?
アキゼスさま〜、突然わたしの耳元でなにをおっしゃっているんですか!!? 辺境伯のご次男ともあろうおかたが、なんという俗っぽい……!!
その台詞が聞こえたのか、おじいさんがやたらとニヤニヤしながら、輪投げの輪を九個アキゼスさまに渡した。
☆
アキゼスさま、あなた、女相手に手加減という言葉を知らないのですか?
アキゼスさまは涼しい顔で、あれよあれよという間に、九つの棒に九つの輪を全て入れてしまった。
か、完全なる勝利じゃない!?
嘘でしょう?
わたしの負けが確定じゃない。
「嬢ちゃん、秘策を教えてしんぜよう」
おじいさんがコソコソ何か言ってくる。
え? それいいの?
わたしはおじいさんの助け舟に乗っかることにした。
わたしの貞操がかかっているんだし。
わたしは集中して輪を投げていく。
四つ外して、六つは棒に入った。
「見事だ、マリィ。でも俺の勝ち……」
アキゼスさまが言い終わる前に、おじいさんが、板を持ち上げた。
「あ、悪い悪い、輪投げの遊び方の板が落っこちておった。おお、嬢ちゃんの勝ちじゃな」
「え?」
アキゼスさまが意外そうな顔をする。
板には、輪が入ったところに書かれた数字の合計が点数になると書かれていた。
一から九までの数字が書かれている棒があるので、全ての棒に入れたアキゼスさまの点数は四十五点となって、九の数字の書かれた棒に六つ入れたわたしは五十四点。
すなわち、わたしの勝ち!
「やったー!! 私の勝ちよアキ」
わたしが大喜びしていると、
「アハハハ。残念だが、俺の負けか。勝負の行方は最後までわからないものだな。肝に銘じるとするか」
アキゼスさまは負けたのに、明るく笑っていた。
良かった。
「で、マリィの願いごとはなんだ?」
「わたし、発泡酒というお酒を飲んでみたいです」
「わかった。それなら居酒屋に行こう。マリィは酒は飲んだことがあるのか?」
「ありません」
「え? じゃあ、舐めるだけにしておけよ」
アキゼスさまが、ごく自然に私のほうへ手をさし出して来たので、わたしも当然のように手を伸ばしかけて、ハッと我に返る。
すでにわたしの迷子の手は、アキゼスさまにしっかり握られてしまっていた。