02 恩花の薔薇
「冷たい! ん〜美味しい!!」
冷たいクリームが舌の上でとろけるなんて、想像以上の絶品のお菓子だ。
これがアイスクリーム。普段お菓子店で売っているのは高額で、実は食べたことはなく憧れのお菓子だった。屋台のものは、かなりお得なので、アキゼスさまにもおねだりできた。
「アキは食べないの?」
そう言ってから、しまった! と思った。
周りに集う男女が、楽しそうにひとつのカップのアイスクリームをひとつの匙で交互に食べたり、食べさせあったり、している。
え? ウソでしょう??
冷たいクリームを食べているにも関わらず、また体が火照って来た。
きっとアキゼスさまは遠慮してくださるに違いない。頭上から無言の圧力を感じるが、さすがに恥ずかしすぎるので、残りは必死に食べきった。
「女の子が夢中で食べている姿を眺めるのが、こんなに幸せな気持ちになるとは、知らなかった♡ 自分より強いものを打ち負かす快感に似ているな」
などと、アキゼスさまの独り言の比喩が怖い。
「マリィ、あれも食べてみないか? きみが食べている姿をもっと見たい♡」
う。アキゼスさまとお付き合いしたら、絶対太りそう。
アキゼスさまが指を向けた先にあったのは、いろんな果物に溶かした砂糖をからめて固めて飴のようにしたものだった。その屋台は、当然のように子どもや若い娘たちで賑わっている。
ああ、あのきらめく果物の宝石の誘惑には抗えない。アキゼスさまの意地悪。
アキゼスさまの威圧感も、可愛いお菓子の前で興奮した娘たちの中では埋もれてしまっている。すでに行列など無い状態の中で揉まれながら、わたしのためにそれを買ってきてくれた。
アキゼスさまから、たくさん買ってもらったわたしは、ウキウキしながらその甘酸っぱい果物を堪能した。
ああ、幸せ。はっ!
アキゼスさまが、またしても目じりを下げてわたしを見ている。
袋に入った木苺の飴が、二個残っていた。
一粒自分の分を摘んで、
「ア、アキも、食べる?」
苦労して買ってきてもらって、わたしだけが食べるのは悪いわよね。
「ああ、もらおう」
アキゼスさまとても嬉しそう。
袋のほうを渡そうとしたのに、アキゼスさまが何を思ったか、わたしの腕を掴み、わたしが摘んでいた方の苺飴をわたしの指ごとパクリと口にしたのだ!!
…………っ!?
わたしが固まっているのをこれ幸いに、指に付着しているベタベタの砂糖まで丁寧に舐めてくれた。
な、なに? こ、これは、なんの試練なのぉー!?
「はっ!! す、すまない。マリィ。きみの苺飴を摘んだ小さな指先があまりに美味しそうで……? い、いや、あの、きみの指先の苺飴があまりに美味しそうで、つい口に入れてしまった♡」
て、言い直しても遅いんですけど!!
ゆ、指が使えなくなってしまったんですけどぉーー!!
体中を勢いよく血が駆け巡っているのがわかった。どくどくと音がする。
アキゼスさまが、こんな奇怪なかただったなんて。
その時、
「きゃあー!! スリよ! 鞄が盗まれたわ!」
女性の悲鳴が聞こえた。
「なに!? スリだと? 警備団はいないのか?」
アキゼスさまの目つきが変わった。そう、獲物を仕留めにかかる狼のような目だ。
「アキゼスさま、行って!! わたしは大丈夫です!」
「おお、マリィは待ち合わせした像の前で待っていてくれ。捕まえたらすぐ戻る! 俺が戻らない時は、屋敷へ帰っていろ!」
「わかりました!」
アキゼスさまは、持っていた薔薇の花を丁寧な仕草でわたしに戻すと、悲鳴の聞こえた方角へ駆け出した。
わたしは、祭りの広場に戻るつもりだったけれど、やっぱりアキゼスさまの勇姿が見たくなって、あとを追いかけてしまっていた。
わたしだって、騎士団の一員なんだから、まあ事務係だけど、町民の一大事にはかけつけるべきよね。
でも、俊足のアキゼスさまの姿はすぐに見失ってしまった。仕方がないので、広場のほうへ戻ろうとした瞬間、何者かに腕を掴まれた。
相手は黒い布で目以外を隠した黒ずくめだった。ふたりがかりで、路地裏に強引に引き摺り連れ込まれた。
薔薇の花びらが、数枚辺りに散ったのが見えた。
路地裏でも祭りの灯篭のおかげで、少し明るい。
「おまえ、マリィレーヌか?」
黒ずくめの男が雑に聞いてくる。
頭の中に、危険信号が点灯する。
「違います!」
「赤毛に緑の目、こいつだ」
男が断定してくる。
違うって言ったのに!! なんで?
「わたし、赤毛じゃないから! 赤みがかったブロンドだし!」
「うるせー、大人しくしていれば、危害は加えない」
!!?
背後から大きな袋を被せられた。
目の前が暗くなる。わたし、攫われるの?
わたしが国王の隠し子だから?
「いやぁー!! 誰か! 火事よ、火事!」
裏道でしかも袋の中から大声を上げても、くぐもって祭りの喧騒の中では聞こえないに違いない。
「助けて、誰か!!」
アキゼスさま!!
アキゼスさまは、スリを捕まえに行ってしまった。今はわたしひとり。
こんな時に次々思い浮かぶのは、なぜかアキゼスさまの騎士団の制服を着た凛々しい姿だった。
そして、さっきの砂糖菓子のような甘い瞳。
わたしは袋の中で、闇雲でもなんでもいいから、とにかくもがいた。
「こら、大人しくしろ!」
頭をゴツンと叩かれた。
「痛いっ!」
このォ〜、騎士団事務係を舐めるな〜!
痛みで涙目になりながらも、気配のする方へ、全体重をかけて自分の体をぶつけてやった。
「うっ、こ、コイツ……女の癖に!」
手応えはあったけれど、自分も転がって地面に倒れた。袋から出ようとしても、すっぽり被ってしまっていたので、なかなか袋が外せない。
その時、複数の靴音とウォーーという声が聞こえた。
この狼のようにお腹に響く声は、アキゼスさまだ!
「おまえたち、何者だ!!」
あれ? レオナールさまの声も。レオナールさまもいるの?
「クソっ!」
黒ずくめの男の悔しそうな声。
ざまぁみろだ!
ドスドスと殴るような音に、男たちの呻き声。バラバラと別の足音もしてきた。
「警備団だ、婦女誘拐容疑で逮捕する!
神妙にしろ! ルードランス国境騎士団長殿、ご協力感謝致します!!」
「いや、逮捕できて何よりだった。この度の一件は、この副団長のレオナールも取り調べに同行させてもらう」
「了解致しました!」
「レオ、頼んだぞ」
「後は任せろ」
そんなやり取りがきこえて、犯人たちが逮捕され、連れて行かれたのがわかった。
わたしはひどく安心して、気が抜けて地べたに転がったままでいた。
「マリィ! 大丈夫か!?」
アキゼスさまと思われる腕に抱き起こされ、袋の上から、きつく抱きしめられる。
わたしを気遣う声。心配してくれて嬉しい。だけど、まずは袋を外して欲しい。
「怪我は無いか? すまない、見つけるのが遅くなって」
袋が外されて、アキゼスさまのいつものキリリとした顔が見えた時は、心底ホッとした。
アキゼスさまに、もう一度抱きしめられる。
本当に怖かった……。もう、アキゼスさまのところに帰れないかと思った。
思い返すと、また涙が出てきた。
「よしよし、マリィ、泣くな。もう大丈夫だぞ。額も頬も麻袋に擦れて赤くなっているな。可哀想に。だけど……可愛い」
と、おでこに口づけられた。
なんで……っ!?
口づけとか、まだお付き合いしているわけでもなんでもないのに!!
脳裏に破り捨てた悪のレオナール・リストの項目が浮かんだ。
それより、目と鼻が大洪水になって、髪もぐしゃぐしゃで無様なわたしが可愛いだなんて、アキゼスさまは絶対変な人だ。
「あ、そういえばいただいた薔薇の花……。すみません、どこかに……」
アキゼスさまからの贈り物の薔薇の花をなくしてしまっていたことに気がついた。
「道に落ちていた薔薇と香りがきみの居場所を教えてくれた。薔薇に感謝して、しばらくは毎日きみに薔薇を贈ろう」
は? よく分からない発想ですけれど。
アキゼスさまの横に、花びらがほとんどなく、踏まれて潰れた見るも無惨な茎のない薔薇が置かれていた。
「マリィ、まだ祭りを見て回るか? それとも、もう帰るか?」
そうだ、祭りはまだ始まったばかり。
祭りの喧騒が聞こえてくる。
「まだ、見て回りたいです!」
「よし! マリィはたくましいな。さすが騎士団所属だ」
「はい」
その場で、持っていたハンカチで顔を拭って髪を簡単に整える。ワンピースに着いた汚れも払って立ち上がった。
けれども、腰が抜けていたようで、よろけた。
「マリィ。しばらくは手を貸そう」
アキゼスさまにしっかり腕を支えられ、そのまま手を取られる。
「ありがとうございます」
恥ずかしいけれど、手を繋いでお祭りを回ることになってしまった。
わたしの恩花である薔薇はというと、アキゼスさまの胸のポケットに大切に仕舞われたのだった。