01 お祭りデート
ヴァランディー王国西部国境騎士団所属、事務係。女二十二歳、独り身。秘密あり。
赤く染る美しい夕暮れの景色を窓から眺めながら、騎士団の事務室に残って仕事をしているのは、わたしひとりだけ。ひっそりとしていると、つい物思いに耽ってしまう。
今年ももうすぐ聖婚祭。
かつて建国の初代国王とそれを支えた聖女さまが婚姻を結んだ日。聖婚祭は、国中のお祭りというだけでなく聖なる婚姻に因んだ男女の特別な日でもある。
夫婦や恋人同士で過ごしたり、若い男女が告白したりされたりする素敵な日。
わたしはこの真面目でお堅い性格のせいで、いまだに恋人がいたこともなく、誰とも甘いひとときを過ごしたことがない。
言い訳のひとつとして、わたしの出生の秘密にも要因がある。
実はわたしは現国王ヨハネスノルグさまのいわゆるご落胤という存在らしい。ヨハネスノルグさまが辺境の地に視察に来た際に、辺境伯のメイドだったわたしの母に目をつけ身ごもらせた。一夜の過ちで、なんて、ありえなくない?
お優しい辺境伯であるルードランスさまの温情で、母はそのまま屋敷に残り、生まれたわたしはなんとなく大切にされて育った。子どもの頃からきちんと教育され、読み書きを教えてもらい、この世界の一通りの知識も。数字に強かったので、西部国境騎士団の事務係として働かせてもらっている。
真面目に働いて、恩返しするようにと、母からは口を酸っぱくして言われている。どの口が……と思う時もあるけれど、その過ちが無ければ、わたしはこの世にいない。たまたまの過ちからの人生、期待も無……少ない。
十四の歳にこの秘密を母から打ち明けられてからは、もしかすると、突然王都からお迎えが来て、政治的駒としてどこかに嫁がされる運命になるかもと覚悟し、益々真面目に、よりいっそう勤勉に過ごした。
しかし、この年齢までそんな気配も何もない所をみると、とっくに忘れ去られているか認知すらされていないどうでもいい娘に違いない。まあ、それならそれで、気が楽だ。
「おーい、マリィレーヌちゃん、まだ仕事終わんないの?」
事務室のドアが勢いよく開いて、騒がしい上司が入ってきた。
「はい。まだです。キリの良いところまであと少しなので」
「部下を残して帰れないんだけど」
「それはそれは……、上司の鏡ですね。でもお気になさらず、お先にどうぞ。ご家族がお待ちじゃないですか」
「そうなんだよね。その書類さ、明日作ってもいいヤツだよね。今日やらなくてもいい仕事は、今日はやらずにさっさと帰る。これ、いつも言ってるよね、お姫さま」
きらめくブロンドと青い瞳の美形上司レオナールさまが、わたしの緩く編んでいる赤みがかったブロンドの髪の片方を持ちあげると、わざとらしく口づけようとする。
「やめてください」
「じゃあ、帰ろうか」
わたしの上司レオナールさまは、こんな軽薄で女慣れしてそうなのに、実は奥さま一途。いつも軽い喋り方で仕事もちゃらんぽらんかと思えば、実は見えない所でテキパキやってるらしく、みんなから頼られ慕われている。西部国境騎士団の副団長で剣の腕も確か。わたしの秘密を知る数少ないひとり。
普段から、真面目すぎる私に、
『もっと男に甘えてみれば? 頭の中を空っぽにして、本能のままに動いてみると、見えてくるものがあるかもよ?』
などと提案してくる。
そんな上司があたふたする姿が見てみたい。何でもできる人を困らせてみたい、そんな気まぐれな、軽い気持ちだった。
因みにわたしはこの上司は苦手なほうで、まったく恋愛感情は無い。
「では、ふたりだけだから、お願いがあります。私を今夜女にしてくださいませんか?」
「は? どゆこと?」
「つまり、いつもレオナールさまが言うところの、甘えて本能のままに動いてみました。です」
「う……。マリィレーヌちゃんは、僕なんて好みじゃないでしょ? それに僕、既婚者だし、困るなぁ〜」
「じゃあ、誰でもいいですから、私が甘えられそうな独身の方を紹介してくださいよ。仕事馬鹿の私を可哀想だと思って」
少し考えた末、レオナールさまが、よし、あいつだ! と拳を打つ。まるで三文芝居の喜劇役者ように。
「よし、僕に任せて。聖婚祭の夜、空けておいてね!」
え? 本当に?
「はぁ。期待して待っています」
言葉とは真逆の、全く期待していないわたしの乾いた眼差しを受け流すと、レオナールさまはさっさと帰って行った。
結局いつもわたしより先に帰る。
それから少しして、わたしも帰路についた。見上げると、澄み切った空に満天の星。
星が、空が近い。今にも降って来そう。
これが人生初の、ハチャメチャな一夜の前の静けさだとは、このときは思ってもみなかった。
☆
聖誕祭当日の夕方、レオナールさまから、お祭りの広場にある王と聖女の像の前で待つように言われた。
大勢の民衆が、ワイワイガヤガヤと楽しそうにたくさん灯篭が吊り下げられている広場に集まっている。食べ物屋さんの屋台や娯楽的な遊びの小屋が連なり、家族や友だち同士、男女の二人連れなどで、賑わっていた。
そんな中、不気味な静けさを醸し出しているように見える空間があったので、ひと目でわかったけれど、どうしてわたしより堅物で寡黙な西部国境騎士団長アキゼスさまがいるの?
みんなより頭ひとつ飛び出ていて、長身の着痩する筋肉質体型。銀色の短髪で濃紺の瞳。人呼んで辺境の銀色狼。
アキゼスさまは、わたしを見るなり大股でキビキビとこちらにやって来た。どうやらわたしの待ち人で確定らしい。
レオナールさまにしてやられたと思った。
わたしが言うのもなんだけど、アキゼスさまは、わたし以上に真面目を絵に描いたようなおかただ。
ルードランス辺境伯のご次男で二十七歳、確かに独り身だけど。噂では堅物過ぎて、なかなか結婚相手が見つからないと聞いていた。確かに独身はあっている、でも甘えられそうなおかた……ではない!
アキゼスさまとは、仕事上少し会話する程度。団長だから、彼も上司だ。ほとんど国境の砦にいて警備をしているから、仕事の指示は副団長のレオナールさまからが多い。
それよりも前は、一度だけ、幼い頃のこと。
メイドの子ども同士数人で遊んでいて、国境の森に近付きすぎて運悪く大熊に遭遇した。
震え上がるわたしたち。
そこへ現れたアキゼスさま、弱冠十二歳。凄く体格が良い訳でもない。そこらの十二歳と変わらない。
『みんな、走るなよ! 大熊に背中を向けずにゆっくり、後ずさって、俺の後ろに来るんだ!』
わたしたちは、恐怖と戦いながら、彼の指示通りにゆっくり後ずさる。
彼は腰の剣を抜くと、背後のわたしたちに、
『いいか、俺が大熊に斬りかかる。後ずさって十分距離をとったら、一気に屋敷まで走れ。わかったな』
そう言って、唸り声を上げる大熊に剣を振り上げ挑んでいった。
わたしたちが死にものぐるいで走って、全員無事に屋敷に戻って、大人たちに助けを求めていると、まさかの光景が。
大人たちも唖然としていた。
自分より明らかに数倍大きい血だらけの大熊を担ぎながら、血だらけのアキゼスさまが戻られたのだ。
みんなの悲鳴、あまりにも鮮烈過ぎる記憶だった。
その後、みんなで生命の恩人であるアキゼスさまの寝ている病室にお見舞いに行った。
すると、包帯でぐるぐるに巻かれたアキゼスさまは、わたしたちに向かって、
『みんな無事で良かった』と、目を細めて優しく笑った。でも、たったひとりで大熊と闘って倒した猛者だと思ったら、子どもながらに怖い人だという印象のほうが強かった。
それからも何度か遠くからアキゼスさまを見かけることもあったが、いつも大人の騎士相手に剣をふるっていた。
そして、いつの間にか王都にある王立の騎士学校に入学して、たまにしか辺境の屋敷には戻らなくなって年月は過ぎ、武勲をあげたそうで、いつの間にか西部の国境騎士団長として、帰省して来た。
騎士団長と事務係。
わたしたちは、ただそれだけの関係のはず。
そんな騎士団長のアキゼスさまが目の前に。いつも整髪油で撫で付けている銀色の短髪は、整えていないらしく少しフサフサしていた。だいぶ印象が柔らかくなる。
「コホン、なぜマリィがここに?」
アキゼスさま、わざとらしい咳払い、なぜか目が泳いでいる。
「はて? レオナールさまが、夕方ここで待てとおっしゃったからですが……」
「……そうか、俺もだ。とりあえず、マリィ、これを……」
あさっての方を向きながら、素っ気なく寄越されても?
「あ、ありがとうございます」
花一輪、がとりあえずなんですね。
綺麗な赤い薔薇。
この花言葉は、あなたに一目惚れしました、ですけど。
意味知ってるの? アキゼスさま。
「レオが、これを渡せと」
なるほど。自称恋の魔術師の副団長の指図ね。
「で、わたしたち、これからどうします?」
「……っ!?」
アキゼスさまは、白いシャツの胸ポケットから折り畳まれた紙をガサゴソと取りだし、私ではなくソレを見ながら、祭りを楽しもう、と言った。
楽しめるのか、コレで。
「マリィ、そのマリーゴールド色のワンピース、似合っている。きみの髪と緑色の瞳を引き立てているな」
「へ?」
お世辞でも、直接口にされると顔が熱くなる。
が、もしや。
「アキゼスさま! 失礼します」
わたしは少し飛び上がってアキゼスさまが胸ポケットにしまった紙切れを抜き取り、中を見た。明らかにレオナールさまの字で、箇条書きでビッシリ書いてある。
薔薇を贈る
祭りを楽しもうと言う
衣装と髪と瞳を褒める
手を繋ぐ
……
……
中略
……
……
抱きしめる
口づけをする
宿屋に誘う
女にする
な、なんですか、これは!!?
しかも最後は……!!
ワナワナと怒りと恥ずかしさに手が震えだす!
すっかり固まって青ざめているアキゼスさま。
私はその紙をビリビリと破り捨て、ギッとアキゼスさまを睨んだ。
「アキゼスさま……」
「す、すまなかった。マリィ。俺は、その、女性と接するのが苦手で、レオに教えを乞うたのだが」
「乞う相手を間違えたのです」
「決して最後まで実行しようとは思わなかったから、安心して欲しい」
「あたりまえです!」
あの、軟派野郎! わたしの目の前で紙を見るアキゼスさまもアキゼスさまだ。
「アキゼスさま、ひとつ提案があります」
「言ってくれ。お詫びになんでもマリィの提案をきく」
「では、お互い心を解放しましょう。あなたは今宵は、規律の厳しい騎士団の団長さまではありません。ただの平民のアキでわたしは町娘マリィ。わたしたちの設定は、友人でも、まあ恋人でもいいです。お互いしたいことをしましょう。貴族らしくなくても、わがままを言っても、いいんです。人の道に外れることでなければ、なんでもありです。だって、お祭りですから。もちろん堅苦しい言葉づかいは無しで。無礼講で参りましょう!」
そうしなければ、このひとと一緒にお祭りを気安く楽しめる気がしない。
「わ、わかった。では、さっそく。少し気恥ずかしいが……。えー、マリィ、そのワンピース、とても似合っていて可愛い♡」
「ほぅぇ!?」
間抜けな声が出た。
だ、だって、いきなり! そう言いながら、ア、アキゼスさまが、わたしの頭をポンポンとしてきたから!!?
「な、なにをするのです!?」
思わずわたしのほうが素に戻ってしまった。
「わ、悪かった。つい。嫌だったか?」
あ、あきぜすさまが、あまい笑みをうかべている。ウソでしょう?
顔が火照る!!!
ーー提案、撤回してもいいですか?
いや、言い出したわたしが最初から音をあげるわけにはいかない。
「わ、わたし、いちどあれがたべてみたかったの!」
ええい、ま、負けてなるものか!
勝ち負けじゃない。
平常心、平常心。
「どれかな? マリィ。俺がぜーんぶ買ってやるからな♡」
アキゼスさまが、甘すぎる。
なのに、なんで、背筋がゾクゾクするの?
ひとまず、なにかお腹に入れて、落ち着こう。
お祭りの屋台を贅沢に食べ歩きしてみたかったし、アキゼスさまが買ってくださるなら、もう我慢しない!
わたしは、屋台のアイスクリーム屋さんの行列の最後尾まで小走りでかけていって、
「アキ! これ食べたい!」
子どものように、勢いよくおねだりした。
「わかったわかった。慌てずとも屋台は逃げはしない」
アキゼスさまが、クリームのようにまぶたをとろけさせる。
わたしの心臓にドキンと負荷がかかった。最初からこの調子だと、わたしの心臓直ぐにも壊れそうなんですけど!!
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます!