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6

 

 教室にはもう三悪女は居なかった。何人かの獄卒の同僚が現場検証をしている。

 一人の先輩が私に気づいた。


「お、麗羅。怪我は平気だったか?」

「はい、おかげさまで。すみません、ご迷惑をおかけします」

「まあ気にすんな。誰だって一度は通る道だ」

「そう、なんですか?」

「ああ、そうさ。亡者なんてどいつもこいつもロクでなしなんだからな。悲罪人なんて呼べばいくらかマシに聞こえるが罪人は同じく悪人だ。皆そうやって悪人どもに散々やられて鍛えられるんだ」


 他の先輩方も同意の声を上げた。


「そうだぜ?俺だって新米の頃は殴られたりしたもんさ」

「あたしなんてセクハラが日常茶飯事だったわよ。まあ、代わりにどいつもこいつも地獄を見せてやったけどね、比喩的な意味で」

「亡者どもの凶行は珍しくない。いづれは一人で対処出来るだろうが、それまでは俺らが力を貸してやるよ」

「あ、ありがとうございます」


 あんな体たらくだったのに先輩達は優しいフォローを入れてくれる。良い職場だあ~。


「しかし、獄卒の新人の、しかも女の子に怪我負わせたんだからな。あの悪女どもも終わりだな」

「え?」


 先輩達が呑気な口調で言う。


「あいつらも馬鹿だな。大人しくしてりゃ慈善活動だけで済んだのに」

「せっかく生前に断罪されて業が少なくなったのに自らまた罪を重ねるとはな。馬鹿は死んでも治らないとは良く言ったもんだ」

「きっと明日には業責所送りで永遠の苦しみを与えられるでしょうね」


「·········」


「ん?どうした麗羅」

「え?あ、いえ。なんでも······」

「そうか。まあ今日は疲れたろう。先に事務仕事してきていいぞ」

「あ、はい。失礼します」


 私は教室から出て再び長い廊下を進み、事務室へ入った。中はガラガラで誰も居なかった。きっと他の先輩や同僚もそれぞれの担当罪人を指導してるのだろう。


「悪女。か······」


 自分の机に座り、資料を開く。あの三人のプロフィールが記載された物だ。


「·········」


 やはりそこには三人の悪行が事細かく記されている。


 これは酷い。犯罪のオンパレードだ。

 言葉による侮辱や暴力に始まり、本物の暴力、謀略に虐待。それらが、自分達の家の使用人から家族、さらには全く関係ない一般市民にまで及んでいる。

 そして、人を平気で殺めている。直接的にも、間接的にも。


 到底許されるものではなく、地獄行きなのは間違いない。でなければ犠牲になった善人達が報われない。


 でも、問題はその生い立ち。



 ヴィセは親がいわゆる毒親だった。ヴィセの意志なんて全部無視して幼少期から虐待に近い教育をして、彼女の人格形成を大いに歪めた。

 ヴィセは名家のプレッシャーに絶えず悩まされながらも王子との婚約が決まった。ところが、歪んだ性格から王子の周りの女性を次々に苦しめていき、それが発覚したが故に処刑された。



 ベーゼは貴族令嬢ながらも、その家柄は歴史の複雑な因縁により他の貴族から蔑まれていた。

 日々の屈辱は彼女の自尊心を傷つけ、いつしか攻撃的で暴力的な女性へと育てた。

 強大な力に恵まれたのも良くなかった。暴力は他者を意のままに操れると知った彼女は、罪なき弱者までも虐げてしまい、多くの恨みを買って殺された。



 マールは愛情に飢えた子供だった。幼少期に大病にかかったせいで両親はマールを見離し、才能溢れる姉を溺愛した。隔離されて成長したマールの病が治った頃には、姉は聖女として既に幸せな人生の軌道に乗り始めていた。

 妬まずにはいられなかったマールは狡猾なやり口の数々でその聖女の力による功績を全て自分の物にし、姉を陥れた。でも、それが発覚し、聖女である姉を慕っていた者達の手によって処刑。



 これがあの悪女達の生い立ちだ。


 この世には運命という言葉がある。いや、運命(さだめ)と呼ぶべきだろう。

 成るべくして成ったというように、あの三人は生まれた時から悪女に成長するように運命が残酷に仕向けていたのだ。

 言わば、目に見えない脚本家や演出家が居て、そやつらが『悲劇の悪役令嬢物語』を創り上げる。


 悲しい運命の道化。それが······あの三人、悪役令嬢達だ。


 もちろん、だからと言って彼女らの犯した罪が許される訳じゃない。多くの人間が、彼女らの手によって苦しくて不幸な目に合わされたのもまた事実だ。


 だけど、彼女達も本当は幸福な人生にしたかったはずなんだ。本当なら、心穏やかで誰も傷付けずに純粋に幸せになりたかっただけの筈だ。




「············よし」


 資料を閉じる。制服のネクタイをキュッと絞め直す。一球入魂だ。


 事務室を出て、私は真っ直ぐ牢獄に向かった。



 あの三人はロクでなしだ。

 でも、私はそんな彼女らを更正指導する教官なんだ。


 今日は散々な目に合わされたけど······。

 いや、これからもヒドイ目に合わされるだろうけど······。


 教官である限り真っ正面から向き合おう。いじけたり、逃げるのはその後でも間に合う。


 牢獄エリアのドア前に着いた。深呼吸。

 ドアを開ける。


 うーん。あの子達も反省したり後悔してるかもしんないな。よし、気負いしないように私がかるーい感じで入ってやろう。


「やっ、三人とも。ちゃんと反省してるかな?」


「オーッホッホッ、おぼこ、ますます貧しい姿になったわねぇー!」

「ハッ、まだ生きてたのね。しぶとい」

「ふふ、惨めな姿~」


 牢屋の中でふてぶてしく笑う三人。



 うん。


 やっぱりこやつらは極悪人だ。


「·········この~っ!悪役令嬢ぉー!!」



 この日は私の怒りの慟哭によって締めくくられたのであった。



 更正への道はまだまだ長い·········。


お疲れ様です。次話に続きます。

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