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これがラストです。
「はい、リンゴ剥いたよ」
「ああ」
剥いたリンゴに爪楊枝を刺して朧の口元まで運んであげる。
「はい、あーん」
「い、いい。自分で食う」
「何言ってんの。重症なんだから大人しくしてなさい」
「手は動く」
「いーから、いーから」
これくらいしか私にしてあげられる事はないもん。嬉しいかは分かんないけど、しばらくはこうやって病室に来て看病してあげたい。
「くそ······あー······」
嫌々ながら開いた口にリンゴを放り込んであげる。
「美味しい?」
「······ああ、まあな」
病室の窓の外からは、地獄らしい温かな空気が忍び寄るように入ってきた。
「良い風だね。朧も早く元気になってね」
「お前は大丈夫なのか?」
「うん。おかげで怪我も特に無かったし、昨日1日だけ休んだら退院したよ」
「そうか」
昨日の事件は大騒ぎになった。
私達が大変だったのはもちろんの事、駆けつけた同僚の獄卒達の混乱ぶりも凄くて、大パニックになっていた。
あの場面を見た誰もが、ヴィセ達が朧を怪我させて、リューゲ先輩を襲って脱獄しようとしていると勘違いしていた。そして、罰棍で制圧しようと殺気立った。
それを、出血多量の朧が身体を張って止めてくれ、私も事情を話した事により、その場は収まった。
私と朧はすぐに運ばれ、ヴィセ、ベーゼ、マールの三人も保護され、リューゲ先輩は拘束された。
その後は後で大変だったそう。
閻魔様の所から法執行の獄卒がわんさか送られてきたり、天界や魔界の警察関係者がやってきたり、マスコミが来たりで大騒ぎだったみたい。
所長はその対応に追われてここに来れないけど、伝言で
『二人ともすまなかった。どうかゆっくり休んでいてくれ。また今度話そう』
とシャーリーから聞いている。
朧が言うには、所長はある時からリューゲ先輩を疑っていた。
でも証拠はなかったし、何よりも、リューゲ先輩は所長がかつて直接指導した後輩だった事もあって、犯罪に関わってるって信じたくなかったみたい。
「あのじいさんも老いたんだ。だから代わりに俺に調べて欲しいだなんて言い出した」
朧はそんな風に悪態をついてたけど、所長の気持ちを汲んであげたんだと私は思う。
信じてた人に裏切られるのは辛いから······。
──コンッコンコン──
「朧~、麗羅~、見舞いに来てあげたわよ~」
「あ、シャーリー」
果物の盛り合わせをバスケットに入れて持ってくるシャーリー。
「あれ?麗羅、あんたはもういいの?」
「うん。私はなんともなかったから。ありがとう、シャーリー」
「いいわよ。あ、あたしお邪魔よね。これで失礼しますわ~」
「え?なんで?いいよいいよ、シャーリーもゆっくりしてってよ」
「おい、ここは俺の病室だぞ」
「なら、私が好きに使ってもいいよね」
「はあ?」
「わ~おっ。麗羅ったら大胆じゃん。もしかして同棲宣言?」
「えっ?!ち、違うってば!」
こうして、和気あいあいな時間を過ごしてると、昨日の事が嘘みたいに思える。あんな大変な事があった次の日は、こんな平和なんだもの。
シャーリーもたくさん手伝ってくれた。
持つべきは友達、信じられる人。
朧とシャーリーの二人には本当に感謝してる。この先、いっぱいお礼をしていきたい。
またこうして一緒に居られるのだから。
「それじゃあ朧。私はそろそろ行くね」
「朧いーなー、包帯。あたしも右腕と右目に巻きたいのよね。後でナースさんに貰おうかな」
「余計な仕事増やすな。麗羅、またな」
「うん」
シャーリーも自分の仕事へと戻って行き、私は廊下に一人。
「さて、と」
私も行かなきゃ。
私の怪我は大した事なかった。
朧も、出血は多かったものの特に異常はなく、しばらく安静にしてれば何も心配はいらないそうだ。
あの事件で失われた物はほとんどなかった。
ただ、私の心にはやっぱり小さな傷が残されている。
リューゲ先輩のやった事も、やっていた事も全部許せない事だ。
でも、それでも同時に諦めきれない自分が居る。リューゲ先輩の言動も全て嘘でお芝居だったならどれほど良かったか。
本当に憧れていたから。それだけじゃなくて、特別な想いもあったから。
教室の前に着いた。
「あ、お疲れ様です」
「麗羅さん。お疲れ様です。もうお体は大丈夫なんですか?」
「はい。おかげさまで今日からでも仕事に戻れそうです」
「そうですか。でも、無理はしないで下さいね」
「ありがとうございます」
入り口に立つ看守さんに挨拶をしてから戸に手を掛ける。
そして、何時ものように引いて開けた。
──ガラガラガラ──
「·········おはよう、みんな」
「あらご機嫌よう」
「おはよ」
「復活おめでと~」
そこには、以前と変わらず三人の令嬢。ヴィセとベーゼとマールが不敵な笑みを浮かべて待っていた。
「復帰早々に仕事だなんて獄卒も大変ねえ」
「······授業を始める前に。三人に聞きたい事があるの」
「どーしたのー?改まって」
三人は私を助けてくれた。
脱獄を企てていたのは濡れ衣だった。
でも、分からない事がまだある。
どうして本当に牢屋から脱け出したのか。あの粘着マナ霊はどこから持ってきたのか。
「······みんな、これから大事な事を話さなきゃいけないの。そう、それは昨日の貴女達の行動に関する事です。いづれ法執行の獄卒が来て詳しく聞き出す事でしょう。でも、その前に私には話を聞いておく義務があります。そう、私は教官ですが、一人の獄卒であり──」
「お二人さん。今日のお茶菓子は何が出るか賭けません事?」
「へえ、いいねえ。あたしはクッキーが出る事にケーキを一ピース」
「ならあたしは逆にケーキが出るにクッキー四枚かな~」
「こらーっ!人が真面目に話してる時は真面目に聞けーっ!」
あ、しまった。つい。
助けてもらったし、今日は静かに怒らずにやってこうと思ったのに。
私は短気な鬼だ······。
『ふふふ······』
「え?」
一人で勝手にしょげてたら、クスクスと笑い声が聞こえた。
思わず顔を上げると、三人が意地悪そうにと言うか、面白そうに笑っていた。
「やっと戻ったわねえ」
「本領発揮ってやつ?」
「暗い顔してる麗羅なんてクリームの無いケーキみたいなもんだよ~」
「え?あ······」
みんながニヤニヤと笑う。
完全にからかわれている。この生意気なニヤつきに今までどれほど怒った事か。
「······ぷっ」
なんだか私が馬鹿みたい。
「よしっ!やめたやめた!堅苦しい話はナーシ!今からティータイムにしようっ!」
「おーっほっほっほっほ!!分かってるじゃない!!」
「いよっ!待ってました!」
「わーいっ!流石~!」
本当はちゃんと獄卒らしく事情聴取しようと思ってたんだけど。
結局、私達は机を寄せて紅茶とお菓子を囲む事になった。
「もうっ。あの時は本当に焦ったんだからね!リューゲ先輩の言うように本当に脱獄したかと思ったんだからね!」
「あははは!別にそれでも良かったんだけどさ!なんだか面白い事になりそうだなって思ったのよ」
「面白くなーい!私は人生で一番怖い目に遇ったんだからね!」
「いひひひ!麗羅泣いてたもんねー」
「泣くでしょ!あんなん!」
「おほほほっ!修行が足りないわ~!」
今日はからかわれ放題だ。
「それにしても。あの特性粘着爆弾はどうやって用意したの?」
「ああ、あれは私達が事前にこっそり作っておいた代物よ」
「はい?!えっ?!」
「マナ霊作成中にさー、少しづつ材料とかくすねながら作って、教室の掃除箱の裏に隠しておいたんだ~」
「ちょいちょいちょーいっ!じゃあ、実際に本当に材料くすねてたの?!」
「ええ。本当はあたしらの事を痛めつけてくれたあのクソ獄卒へのリベンジ用に作った物だったのにね」
「こらーっ!!それはそれで大問題じゃー!」
「あら、結果的には二人の獄卒の命を救ったのよ?」
「うぐっ、それは~······」
事情聴取とは程遠い円卓。
でも、これがいい。
「でも、どうやって監獄から脱け出したの?例え鍵を開けてもらってもセンサーとか看守とか居て無理なはずだけど」
「それは全部あの鬼がやってくれたわ。看守を気絶させてその他諸々の手筈も整えてくれたわー。だから、私達も望み通り脱獄してあげたわけ。そうすれば、あいつはきっと次の行動に移るって思ったから」
「危ない駆け引きをするなあ」
「何もしなけりゃこっちがやられんのは時間の問題だったんだから仕方ないっしょ。かと言ってその場で痛めつけたら麗羅がどう弁護しようと無理だったし」
「まあ、そうかも······」
「それで~、どうせ麗羅の事でも捕まえに行くんだろ~なーって思ったから探したの」
どうやらリューゲ先輩の魂胆は全てお見通しだったらしい。それを逆手にとって牢屋から脱け出すのだから恐ろしい。
「でも、どうして私が捕らわれてる場所が分かったの?」
『女の勘』
凄いなあ。
「あと、もう一つ」
「あら、今日は質問多いわね」
「一応、尋問だと言う事をお忘れなく!」
「紅茶とお菓子を囲みながら言っても説得力ないわね」
それは言わない約束。
いや、それより。
「······どうして私を助けてくれたの?」
「あら?助けて欲しくなかったの?」
「ううん!もちろん助けてもらって嬉しかった。でも、なんで三人が助けてくれたのかなって······」
「それは······実は皆で賭けしててさ」
「賭け?」
「うんうん。みんなで~、麗羅の所行ったら流石に失望するんじゃないかっていう賭け~」
「うおいっ!」
何なのその悪趣味過ぎる賭けは!
「こらー!人が追い詰められてる時になんちゅう悪趣味な賭けしとるんじゃー!」
「いーじゃん、助かったんだし」
「ぐっ?!結果論は卑怯!」
そんな事より──と、三人はふて腐れたような顔をした。
「私達は三人とも『麗羅は私達をもう信じないって言う』にケーキを賭けてたのよ」
「簡単な賭けだったはずなのにさ」
「みんな負けちゃったって訳」
「もっと私の事信じてよ!」
「まあ、とにかく」
私の叫びは流された。
──カチャッ──
三人はそれぞれ手付かずの自分のケーキを差し出してきた。
「え?みんな?」
「貴女が最初に信じないって言った時は勝ったと思ったのだけれど」
「結果はあたしらの事信じてた訳だし」
「賭けはあたし達の負け。だから、はい。麗羅の一人勝ちー」
「············みんな······」
「ほら、要るの?要らないの?」
「早く食べなさいよ」
「返品は受け付けないよ」
「······くすっ。うんっ!貰うね!」
と言っても、追加で三人のケーキはまた頼むけどね。私の奢りで。
「おーっほっほっほっほ!!一人勝ちケーキは美味しいわ~!」
「私はもっと上品よ。もう」
「あははは!ベーゼも食べる~?」
「うるさいわね!黙って食いな!」
「いひひひ!マールのくれたケーキおーいしいーな~!」
「むかつくっ!やっぱ返せー!」
「えへへへ······」
私ってやっぱり獄卒向いてないのかも。
この三人とこうやって一緒に居ると楽しいって思っちゃってるんだもの。
「みんな。ありがとうね」
私の更正指導はまだ続く。
でも、それは思ったより早く終わるかもしれない。そんな気がする。
みなさん。地獄はこんな感じです。こういう楽しい所もあります。
しかし。地獄はやっぱり来るべき場所ではありません。
ですので、みなさんはちゃんと天国へ行けるように真っ当に生きて下さい。
万が一ここに来てしまった時は──
私が担当教官になりましょう。
そして、この三令嬢と一緒に更正指導です!大変な毎日になるから来ないように!
以上、地獄から更正教官の獄卒、麗羅がレポートしました。
それではご機嫌よう。
────おしまい────
大変お疲れ様でした。
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。
最初は悪人が地獄の見学をし、震え上がって現世での悪事を止めるという話にしようかと思ったのですが、なんとなく悪役令嬢を登場させたくなったら話が大きく変わってしまいました。
地獄には堕ちたくありませんね。
またどこかでお会い出来れば幸いです。




