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「そんなの嘘ですっ!!」
麗羅が思わず叫んだ。
「あの三人が······ヴィセが、ベーゼが、マールが!そんな取り引きっ······」
「本当に君って馬鹿だよね」
リューゲはうんざりしたように顔をしかめた。
「まあ同情はするよ。あんな奴らじゃあ、君でなくとも裏切られるだろうからね。お陰で僕は助かったが」
麗羅は口をつぐんで唇を噛んだ。
そして、キッと睨むようにリューゲを見上げて訊ねた。
「でも、どうして?!どうして貴方が彼女らの要求を飲んだんですか?」
「良い質問だ。そう、一見すれば僕には何のメリットも無いように思えるからね」
そう言いながら麗羅の後ろに回り、肩に手を乗せてから耳元で囁くように答えた。
「あいつらは生け贄さ。言わば、僕の信頼を底上げして、自ら罰っせられるスケープゴートな訳だよ」
「どういう意味ですかっ?」
リューゲは邪悪に微笑んだ。
「考えてみなよ。僕がやった事はでっち上げな訳だけど、ここであの三人が本当に脱獄すれば、それは事実となる。つまり、僕の思惑通りあいつらは悪罪人になる訳だ。それも、より完璧な現行犯という形でね」
「?!そ、そんな事っ······」
「出来ないと思うかい?」
「だって、あの子らが証言すれば、貴方のやった事は全て明るみにっ······」
「へえ。それ、誰が信じてくれるんだい?」
「っ······!」
麗羅の回りをブーツの音がコツ、コツ、とゆっくり歩きだした。
「あの三人は誰からも信用されていない。いつ脱獄してもおかしくないと睨まれてる連中だ。対して僕は、法執行獄卒の免許も持ち、教官にしても事務職にしても優秀だというラベルが貼られたエリート。果たして周囲はどちらを信じるか。あの三人が訴えたところで何になるか?」
そして──とリューゲは続けた。
「僕も法執行の獄卒としてもう少ししたらあいつらを探す。そして、見つけたら······そうだな。少し勿体ないが、そのまま処分してもいい。凶悪な脱獄犯をその場で殲滅したとなれば僕は英雄扱いかもね。ハハハッ、死人に口無しという訳だ。まあ、死んではいるけどね」
「そんな事っ、私がっ、くっ!」
鎖から抜け出そうともがく麗羅をリューゲはいたぶるように見下ろした。
「おいおい、元はと言えば君のせいなんだぜ?僕はせっかく彼女らを有益な資産にしてやろうと思ってたのに」
「資産って·········貴方はそんな見方しか出来ないんですか?そんは風にしか人を見れないのですか?一生懸命に頑張ってる人間の心を何とも思わないのですか?」
「ハハッ、こりゃいい!半人前のくせに先輩の僕へ説教か!そんな下らない道徳観念を毎日あの悪女どもに聞かせていたんだね。ククク、なんて滑稽な話だ。麗羅ちゃん、君は最初から最後まで僕にとって楽しい道化だったよ」
リューゲはそう言って麗羅の頬にそっと手を当てた。それを、麗羅は嫌悪に満ちた顔を背けて避けた。
「ひどいなあ、あんなに僕の事を慕ってたから少しは報いてやろうと思ったのに。随分と身勝手じゃないか」
わざと肩をすくめてみせるリューゲ。
「さて。じゃあ、そろそろもう一つの仕事を済ませるかな」
リューゲが手元の救急箱に手を入れる。そして注射器と液体の入ったアンプルを取り出した。
「それは······」
「気になるかい?安心していいよ、毒ではないからさ」
アンプルに針を刺し、中の液体を注射器に補填していく。薄青色の液体が針先からプツプツと零れる。
「君には色々喋っちゃったからね。残念だがこのまま帰す訳にはいかなくなった。最初は殺そうかとも思ったんだけど、どうせならついでに稼ぐのも良いかなって思ったんだよ」
怯える麗羅の顔を覗くようにしてリューゲが笑う。
「これは僕らの組織が開発した魔薬(麻薬的な物)でね。魔族や冥徒用に調合してある特別製さ。これを注射された者は正常な思考判断が出来なくなり、強烈な中毒症状を引き起こす。もう、この薬の事しか考えられなくなる廃人になるんだ」
「っ······!そんな薬で私をどうするつもり?!」
「フフフ。女の子って言うのはどんな種族でも常に需要があってね。これを使って調教して、金持ちの魔王とか成金鬼に売りつけるって訳さ。麗羅ちゃんみたいな子が良いって言う奴も居るからね」
「そ、そんな······嫌っ······!」
「騒いでも無駄さ。ここは監獄棟の裏手に破棄された古い物置小屋だからね。誰も来やしないよ。そして君の声だって誰にも届かない」
暴れる麗羅。しかし、鎖はその抵抗を全く意味の無い行動にしていた。
リューゲが強引に麗羅の制服を引き裂く。白い腕が露になる。
「さ、暴れないでね麗羅ちゃん。商品に傷がついたら大変だ」
「嫌·········いやっ·········!」
恐怖に震え、声を振り絞る麗羅。
「嫌あああああっ!!」
──バンッ──
「?!」
麗羅の悲鳴と同時に。
部屋の入り口が音を立てて開け放たれた。
反射的に振り向くリューゲに、一つの影が猛進する。
「ぐあっ?!」
リューゲは避ける暇もなくその影に突き飛ばされて、後ろに積まれている廃材の山へと埃を巻き上げて突っ込んだ。
薄暗い部屋での一瞬の出来事。麗羅には状況が把握しきれていなかった。
「?!だ、誰っ?!」
麗羅の呼び声に、リューゲを吹き飛ばしたその影の人物はすぐに駆け寄ってきた。
「麗羅っ!」
「朧?!」
その人物は朧であった。
「大丈夫か?!」
「う、うん」
「待ってろ、すぐに助けてやる!」
鎖のロックされている部分を解除する朧。重苦しい鉄の音が床に垂れ落ちて、麗羅の身はフッと軽くなった。
朧が抱き止めるように麗羅の肩を包む。
「怪我はないか?!」
「だ、大丈夫。ちょっと身体が痛いけど」
「そうか······!よし、すぐに医務室で診てもらって──」
──カチャ······──
その時であった。
冷たいバネ仕掛けの音が、舌なめずりするように不気味に鳴った。
「!!麗羅っ!」
「え?」
──パァンッ──
部屋中に乾いた発砲音が響いた。
お疲れ様です。次話に続きます。




