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 ──遡る事数時間前の監獄──





(くそっ!)



 リューゲは苛立っていた。今しがた走り出して行った麗羅の後ろ姿は、止める間もなく消えてしまっていた。



(くそがっ!あの馬鹿女め!余計な事しやがって!もし、あいつが本当にこの三人の無実を証明出来てしまったら、僕に容疑がかけられる可能性が高い)


 まさか悪名高き三人の悪役令嬢を庇う者が出ると思っていなかったリューゲは、自身の手順が大きく狂う予感をしていた。



 これまでに、この更正所で悪罪人にされた亡者の中には無実の罪で烙印を押された者もいる。それは、リューゲの裏工作によって汚名を着させられた者だ。今回のように。


 そして、更迭中の悪罪人を拉致してマナ化する拠点へと連れ去るのが手口である。そんな大胆な犯行が発覚しない理由は、極罰所の身柄受取人の獄卒も、更迭車を扱う獄卒も、リューゲと同じ組織の者達だからである。

 膨大な数が行き来する亡者の移動は、全ての獄卒が認知していないため、要所を抑えれば十分に可能な犯行だと言えた。


 言わば、この更正所と最寄りの極罰所は小さな犯罪ルートになっているのだ。



 しかし最近になって、各地での密売ルート等の摘発が厳しくなり、リューゲの仕事も難しくなっていた。

 組織の受けたダメージを回復させるためには少しでも稼がなくてはならなく、リューゲはここ数日間悩んでいたのであった。


 そこへ、楽そうな仕事──つまり三悪女を悪罪人に仕立てあげる──を見つけたのだが、完全に当てが外れる事態になりかけていた。




(どうする?今ここで麗羅を殺すか?いや、施設内で殺生を行えばたちまち結界が反応する。ここで始末するのはリスキーだ。それに、まだバレた訳でもない状態で手にかけたらただの悪手になる恐れもある。一番手っ取り早いのは、麗羅が真相にたどり着く前にこの悪女どもを悪罪人にする事だ)



 リューゲはチラリと檻の中のヴィセ達を見た。三人は平然として髪をいじったりしていた。


(それにしてもふてぶてしい奴らだ。こいつらを即悪罪人にする手を考えなければ······)



「ねえ、そこの貴方」

「え?」


 そっと観察していたリューゲに、ヴィセが声をかけた。


「貴方の熱い視線を感じたのだけれど、何かご用かしら?」

「いや······」


 リューゲはいつも周囲にやるような笑みを浮かびかけて、真顔になった。


(こいつらは罪人だ。取り繕う必要は無い。むしろ、法執行獄卒の使命感を出すように毅然とした態度でおなくては)


「君らは容疑者なんだ。私語は慎みたまえ」

「あら、物々しいわねえ。そんなに()()()()()()()()()()()()()

「なに?」


 ヴィセだけではなく、ベーゼもマールも、気づけばニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。



「ねーねー、お兄さん。今ならさー、他に人も居ないし本音を言えるよ~?」

「本音?」

「マール、まどろっこしい言い方止めな。あたしが代わりに言ってあげるわ」


 ベーゼがリューゲを鋭く射貫くように見る。


「あんたさ、ろくでなしでしょ?面は良いけど、だいぶ悪党なんじゃない?」

「何をいきなり······」


 これにはリューゲも動揺した。ほとんど話した事もない相手からいきなり正体を看破されたような発言を受けたのだ。彼と彼女らが会う機会と言えば定期的に行われる牢屋のチェックの時ぐらい。それすら、言葉を交わす事はほぼ無いのだ。


「君らが何を言ってるか分からないが、僕は法と秩序を守る獄卒として──」

「オホホホッ。まだとぼけるつもりかしら?なら、単刀直入に言ってあげるわ~」


 言い訳を並べかけるリューゲをヴィセの声が遮った。


「私達を陥れようとしたのは貴方でしょう?」

「!!」


 ヴィセはそのまま続けた。


「だって、そうよねえ。私達の部屋に好き勝手に入れるのは貴方や限られた獄卒だけですものねえ」

「······それだけで僕が君らを陥れようとした張本人だと?少し無理があるんじゃないかい?」

「“悪女の勘”とでも言うのかしらね。なんとなく“ニオイ”で分かるのよ。まあ、他にも理由はあるけれど」


 スッと目を細めるヴィセ。流石に妖艶で美しかった。


「最近やたら私達の事を観察してたじゃない?わざわざ教室にまで来て熱心に」

「······」

「あと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、貴方頻繁にここへ来てたみたいじゃない」

「何だって?」


 意味深な物言いに思わず反応してしまうリューゲに構わず、ベーゼやマールも不敵な笑みを崩さずに頷いて言った。


「あたしらも馬鹿じゃないんでね。看守のアホとかに声かけて、ここに誰が来たかって逐一チェックしてんのよ」

「看守だって信用してないから、自分達で対策してるけどね~。例えば~、入り口の床にチョークの粉を少し撒いてから教室へ行くようにしたりとか~。帰ってきたら足跡ついてるから分かるの~」

「オホホ。ベッドの下とかに変な物があった時は少し驚いたわねえ」

「······」


(こいつら、牢屋への立ち入りまでチェックしてたとは。他人を一切信用してないからこその自衛行動なのか。しかし······)



 疑問なのは、『不審物が置かれているのを知っていたのに、なぜ何もしなかったのか』であった。


 そんな彼の心を見透かすようにヴィセが言う。


「なんで侵入者に気づいてたのに何もしなかったか。そして、今回弁明しなかったか。答えは簡単な話よ」


 その後をベーゼが続ける。


「あたしらに困る事はなかったからよ。勝手に置かれていたのはどれも脱獄に使えそうな物ばかりだったしね」


 そして、クツクツとマールが笑う。


「それに~、例え誰かが嵌めようとしてもきっと麗羅がやっきになって犯人探しすると思ったからね。あいつ、そういう馬鹿だから」

「まあ、もっとも」


 ヴィセがフフッと小さく笑う。


「仮に本当の事言っても誰も信じなかったでしょうしね」

「·········」


 リューゲは不気味な気持ちになっていた。


 目の前に居る悪役令嬢達は、彼が今まで見てきた亡者達とは何かが違う。


 そして、少し冷静になった。


 ここまで見通しておきながら特に何もせず、自分に対しても敵対心らしいものも持っていない。それはには何か理由があるのではないかと。

 例えば、()()()()()()()()()()など。


 それは悪人の勘であった。



「······君らの言いたい事は分かった。しかし、こちらから質問してもいいかな?」

「何かしら?」

「君らの目的は?ただそんな推測を語るために呼び止めた訳じゃあるまい」

「話が早いじゃない」


 三人の悪役令嬢はニヤリと笑った。


「私達がここから出るのを手伝いなさい」

「あんたなら出来るでしょ?」

「看守とケイホー装置?ってやつをどうにかして欲しいな~」

「······いいだろう」



 リューゲはリューゲで思うところがあり、この要求を飲んだ。



「取り引き成立ね」






 こうして。


 三令嬢とリューゲの裏取り引きが成立したのであった。


お疲れ様です。次話に続きます。

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