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気がついたらもう夕方だった。
外の景色がさめざめとした群青色になってる。
「あ、もう夕方かあ。気がつかなかったなあ」
「あら、本当ね」
「それじゃあ、今日はこれで終わりにしよっか。三人とも、戻ろうね」
「明日もこういうので良いんじゃなーい?」
「駄目っ!明日からはまたビシバシやるからね!せっかく改善されてきてるんだから、このまま押してくよ!」
「チッ。うっさいわね」
看守さんに三人を預けて私も事務所へと戻る事にする。
「ふう」
なんだか心地よい充実感がいっぱい。それはもちろん、今日の模擬試験の結果が良かったからと言うのもあるけど、それだけじゃない。
お祝いの時間が楽しかった。私一人がはしゃいでいた感は否めないけど、なんだかとても良い時間だった。
すごく気楽で安らいだ時間。そんな時間を過ごせた気がする。
獄卒が罪人の亡者と一緒に居て安らぐなんて変かもしれないけど、不思議な心地よさがあった。
「うーん。私って獄卒向いてないのかな?」
「なんでそう思うんだ?」
「わひゃあっ?!も、もうっ!またっ!」
人があれこれ考えてると何時もこやつは!
「朧~!」
「なんだよ、いきなり癇癪起こして」
いつの間にか側に朧が立っていた。
「まったく。いつからそんなアサシンみたいな忍び寄り方身に付けたのさ」
「色々あってな。それより、どうした?また似合いもせずに考え込んでいたみたいだが」
「一言よけい。ちょっとあの三人と私との関係をね」
「あいつらと?お前の?」
「うん」
さっきまでのお茶会の事を朧に話す。
「なんだかさ。あの三人が罪人だって事を忘れてる自分がいるような気がして。それで本当に良いのかなあって。獄卒なら朧みたいに徹底した厳しさが必要なんじゃないかなって。あ、ごめんね。別に悪く言ってる訳じゃないの。ただ、私のやり方って正しいのかなって······」
「······前に。罪人に感情移入した馬鹿が居た」
朧が呟くように言った。
「そいつは暑苦しい奴で、熱血なんて言う古臭い言葉が似合う馬鹿だった。その馬鹿は自分の担当する罪人に更正や改心が見られる度に自分の事のように喜んでいた」
「······それって············」
「だが、優秀な奴だった。普通の獄卒なら見限るような罪人に真っ直ぐ向き合っていた。優しい奴だったんだ。本当に」
朧は優しい目をしていた。
でも、すぐにその瞳は陰った。
「だから付け込まれた。人間の心は醜い。悪魔や魔族みたいな連中だって悪なのは間違いないが、人間の悪はまた別物だ。あいつらには俺達にはない悪意がある。歪んでいて、理解し難いほどに醜い心がな」
「朧······」
「······麗羅」
朧の手が肩を包んだ。大きな手だった。
力は強い。けど、そっと触れるようにしてくれている。
「俺は罪人なんか信じられない。信じたくもない。だから、お前が心配なんだ」
「······」
「······お前は良くやってるよ。それは間違いない。でも、だから心配なんだ。そんなお前が裏切られたりしたら、その分だけ傷つくんじゃないかって。ずっと消えない心の傷を負うんじゃないかって」
朧は真っ直ぐな目を向けていた。瞳の揺らぎが分かるくらい。吸い込まれるくらいに、私もその目を見つめていた。
「······麗羅。俺はハッキリ言ってお前のやり方が正しいとは思わない。俺は、罪人なんてしょせん罪人だと割り切った方が正しいと思ってる」
「······そう、だよね」
「でもな」
ぐっ、と少し引き寄せられた。それだけで、瞳と瞳がぶつかり合いそうなくらいに近づいた感じがした。
「お前の信じるやり方があるなら、それはお前にとって正しいやり方だ。少なくとも俺が否定出来る物じゃない。本音を言えば、もう少し罪人を疑い、警戒する心を持って欲しいが······せめて、俺がお前を守る」
「······もう、誰にも傷ついて欲しくないから?」
「お前に傷ついて欲しくないんだ」
「え······」
何でだろう?
なんだか、すごく緊張してる自分が居る。
そして無性に湧いてくるこの嬉しい気持ち。
朧が。私の小憎たらしい幼馴染みが、なんだか別人に見える。
悪い意味じゃなくて。ちょっと神秘的な。
そんな戸惑いたくなる男性に。
「············」
「············」
「あ、麗羅居た居た。ねー、机の上の資料気がついてくれた──って、わお······」
「へ?」
シャーリーだ。私を探しに来たのかな。
「あ、あの~。ごめん、あたし邪魔しちゃったよね?」
「へ?」
あ。
まるで朧に抱き寄せられているかのような格好の私。
いや、見つめてあってるかのような私達。
「あはは······ごめん、お二人とも。お邪魔しました~。ごゆっくり~······」
「あっ、ちょ、シャーリー、待っ──」
「失礼しましたーっ!」
走り去っていく友の背中。
「あ、違、待って······」
「······そろそろ俺らも戻ろう。まだ仕事あるだろ」
──スッ······──
「あ······」
温もりが、ふと消えた。
朧が先に歩き出す。
「ほら、行こうぜ」
「あ、うん」
ざわめく胸の鼓動に、まだ落ち着かない私。
今はただ、彼の物言わない背中についていくしかない。
その日はそわそわしながら寮へ戻って、自分の布団に潜った。
夕方の光景が何度も甦ってなかなか寝られなかった。
お疲れ様です。次話に続きます。




