表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/55

35

 



 天国と言っても、来た人間全てが喜ぶ訳ではない。


 当然である。


 天国に人間が来ると言うのは即ち、現世で死亡したという事だからだ。


 つまり、人生を終えたことに変わりはない。もし、その人生が本人にとってかけがえのない物であったり、あるいは夢半ば志半ばで終えたのなら無念であるだろう。


 死後の世界がいくら良くても、元の人生に夢や希望を抱いていたのなら、それは辛い事であるはずだ。






 ──そう、例えばここに居る少女のように。




「それでは、しばらくご自由にお過ごし下さい。どこへ行かれても結構ですが、この聖堂からは出ないようにお願いしますね」

「はい······」

「ではでは。改めて、ようこそ天国へ!」



 にこやかに去って行く天使の背中の白い翼を眺めながら、その少女はボンヤリと辺りを見回した。



(私、本当に死んじゃったんだ······)



 静かにうつむく少女。その頭の中では、生前の記憶が再生されていた。




 少女の生まれた世界は、魔法や冒険に溢れていた世界だ。麗羅達のような獄卒や天使などの死後の世界の者達からすると、文明レベル3~5と言われる世界で、例の三悪女達の居た所と似た世界。工業などの産業に革命的な進化が起こる前の機械化されてない世界だ。



 そんな世界で生まれたこの少女は、幼い頃にある一つの夢を持っていた。



 それは、『立派なメイドになって優雅な令嬢に奉仕したい』というものだ。




(五歳だったっけ。モンスターに襲われた私を庇って立ちはだかったのは、美しい女性だった)



 それはたまたまその場に居合わせた貴族令嬢であった。彼女は、迫りくるモンスターの凶牙にも怯まず、堂々と立ち塞がって少女を助けた。



(そして──)


 そんな主の前にさらに立ち塞がった人間。そう、それはメイドだった。


 その二人は強くもなければ、モンスターに勝てる算段があった訳ではない。


 ただ、貴族令嬢としての誇りと義務という気高い思想からの行動であり、そんな主の高潔な行動に感化されたメイドの覚悟でもあった。



 その件は、居合わせたナイトによって事無きを終えたが、毅然と立つ令嬢とメイドの二人の姿は幼い少女の瞼にハッキリと焼き付いていた。



(私は貴族にはなれない。ならば、なるのは一つしかなかった)



 憧れは一人の人生の方針を決定づけ、その情熱は少女をメイドにするために燃えた。


 掃除、料理、洗濯、さらにはある程度の家庭医療の知識。少女はあらゆるスキルを磨いた。



 そして十三歳のある日。ついに奉公先が決まった。



(周りからは変な夢だってバカにされたけど、私はあの時の令嬢とメイドの凛々しい姿が忘れられなかった。いつか、自分もあんな風になれたらって思ってた。そんな私の憧れ、夢は叶うように思えた)



 しかし、運命は残酷であった。


 早速メイドの仕事が始まろうとした矢先、疫病にかかりあっけなくその生涯に幕を下ろしたのである。



 少女の一生は、品行方正、誠実、努力家、さらには十三歳という若さで命を落とした事もあり、即天国行きが決定された。





 そして今に至るのだ。





「はぁ······」


(私はメイドになれなかった。幼い頃からの夢が叶う直前だったのに)



 ひたむきな努力の一生は一抹の泡よりも粗末に消えた。例え、居心地の良い天国に行けようとも、その無念や喪失感は癒される事はなかった。



(せめて、一回でもいいから令嬢に仕えるメイドをやってみたかった······)



 それが彼女の望むただ一つの事であった。



 皮肉な事に。天国での姿は、生前に最も執着(綺麗な言い方をすれば“幸せ”だった)した時間の自分の姿となる。

 よって、少女はちゃんとしたメイドの姿であった。




「どうしようかな······」



 メイド少女は当てもなくフラフラとさ迷い始めた。


 やる事は何もないのだ。

 そしてやりたい事は天国(ここ)には存在しない。


 途方に暮れるしかないのである。



 聖堂内には色々な店があった。


 店と言っても、料金は取られない。全て無料である。厳密に言えば無料ではないのだが、とにかく金銭などの対価は求められない。


 店にはあらゆる幸福な菓子や飲み物、小物が並んでいた。


「いらっしゃいませー。どうぞ心ゆくまで癒されていって下さいね」


 店番は可憐な天使がしており、にこやかな笑みとコロンコロンとした音色のようは美しい声で迎えてくれる。



 普通の亡者ならこれで気分も晴れる。

 しかし、やはりメイド少女は落ち込んだまま。



(天国······私は恵まれているんだろうけど、辛くてもいいからもっと生きていたかった······)




 彼女の心を晴らす物は存在しなかった。




 そんな時である。




『オーッホッホッホ!!良いお茶だわ~!』


「?」



 奇妙な高笑いが聞こえた。

 少女が辺りを見回す。すると、近くのベンチでカップを優雅に傾けている令嬢らしき三人を見つけたのである。



「!!ご、ご令嬢?!」


「あら?お茶菓子が無くなってしまったわ。貴女達、そこら辺から持ってきて頂戴」

「それはあたしのセリフよ!あんたら、何か持って来なさいよ!」

「あ~あ~、髪のセット崩れちゃった。ねー、直してよー」




 そう。


 たまたまその場に居合わせた悪の三姉妹。悪役令嬢たるヴィセ、ベーゼ、マールの三人を見つけたのであった。


お疲れ様です。次話に続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ