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悪役令嬢という生き物は──
三つ子の魂百までという言葉ではないが、その魂の頑固さだけは感心してしまう。
私の担当する三人は全員かなりの末路を辿ったはずなのだけれど、全くと言っていいほど反省してない。
その歪んだ性格は地獄に墜ちてもなお健在だ。
すごいねっ!感動的だ!
でも困るのは私なんだよね······。
「ふぅ~。よしっ」
身支度と指導の準備もバッチシだ。初日の昨日は散々に舐められちゃったけど、今日は教官らしく行くぞ。
長くてクネクネしてる廊下を進む。地獄の建物と言うと古めかしい宮殿や神殿のような物を思い浮かべるかもしれないけど、そんな事はない。
ちゃんとコンクリートやら鉄骨やら、あと未來的なアレやらコレやらで整えられていて──
ともかく、文明の進んだ人間界と遜色無い感じ。
「え~っと、今日はこの教材使おう。あと、質問タイムも設けよう。よし、バッチシ」
見ていよ悪役令嬢どもめ。目にもの見せてくれる。必ずお前達を清い魂に変えてみせるぞ。
10分少々して、教室のドアに手をかける私。
よしっ!最後のイメージトレーニングだ。
最初に先制攻撃だ。この戸を力任せに引いてバシーンッと凄い音を出す。
目を丸くする悪女達。カツカツとヒールを打ち鳴らし、教鞭をピシャリと黒板に叩きつける私。
ビクリと震える令嬢達。そして私の一喝。
『汝、罪を清めたまえ!愛を尊び、悪を憎みたまえ!さすれば生まれ変わる場所は極楽だ!』
いや、もう少し刺激的に行こう。
『集まったなクズどもーっ!いいか、貴様らはゴミだっ!死人だっ!ただの魂だ!ここは地獄だ!貴様らのような腑抜けどもを一人前の魂にしてやるっ。泣いて喜べー!』
うん、これだ。これで行こう。この威圧的パワハラシャウトなら魂を揺さぶるに違いない。勝ったな。
「すぅーっ············むっ!」
──ガラガラガラッビシャーン!──
「よく聞けクズどもーっ!今日から私が貴様ら悪役令嬢どもを鍛え直して──って!居なーい?!」
誰も居なかった。元々三人しか居ないガラガラの教室。そして今は一人も居ない空き部屋だ。
「な、なんでぇ?!なんで居ないのぉ?!」
これじゃあ私が盛大にスベったみたいじゃないかっ。いや、そんな事より──
「!まさか、あの子達!」
急いで監獄に向かう。罪人の魂を閉じ込めておく文字通りの場所だ。
監獄に着いた。悪い予想通りだった。
「オーッホッホ!狭いわね~!こんな部屋しか作れないなんて地獄って所はグズねっ!」
「何よこの鉄格子!ネジ切るわよ!」
「ここつまーんな~い。あたしには~スイートルームでしょ~?」
「な、なぜぇ······」
誰も檻の中から出てなかった。時間がくれば自動的に開いて出れるようになってるし、火の玉が教室まで案内してくれるのに。
開いた檻から出ようとしない囚人とかある?普通に考えてさ。
あ、この人達は異常者の部類だった。
でも、勝手に出なかったのは駄目だと思っての判断かな?いや、昨日説明したはずだし、こやつらにそんな殊勝な考えは無いはず······。
ともかく!
「こらぁー!貴女達っ!何やってんの!」
叱っとこう。
「私昨日言ったよね!?明日もまた指導があるから扉が開いたら教室に来てねって!」
すると悪の三姉妹。
「あら?騒々しいわね、おぼこ」
「何よ!遅いじゃない!このノロマ!」
「やっと来た~。グーズ」
「何時まで経っても身支度をしに来ないから待ち過ぎて疲れたわ」
「ほんっと使えないわね!さっさと髪を解かしなさいよ!」
「あ、それからあたしブドウジュースね。迎えに来るの遅れたんだから当然よね?」
反省の“は”の字すら無い。むしろ何故か私が悪いみたいな雰囲気。
なるほど。これは地獄行きになるわけだ。
「あのね!何を勘違いしてるか分かんないけど!私は貴女達のメイドじゃないの!起こしに来た訳でもなければ身支度整えに来た訳でもないの!ほらっ、分かったら起きる!外出るっ!」
「黙りなさい」
「うっさいわ!!」
「やーだね~」
ああ、閻魔様、もういっそこの子らを天国に送って下さい。面倒見たくありません。
いやっ!何弱気になっているんだ。私は獄卒じゃないか!ここは腕の見せ所だ!
「こうなったら実力行使!ほらっ、出るの~!」
「オーッホッホッホッ!庶民のやることは下濺ね!」
外へ引きずり出し、近くの看守さんに引き渡す。
「すみませんっ、この人を第七棟の1番教室に連行していって下さいっ」
「了解です」
次だっ。
「貴女もっ!」
「触るんじゃないよ!この生娘ぇ!」
次っ!
「ラスト!」
「このゴリラ女」
ズルズルと引きずられていく悪役令嬢達。看守さん、ありがとう。
ともかく。全員強制送還した。私は職務を遂行した。
なのにしくしく涙が出るよ。
「はぁ~······いかんいかんっ!今日から本格的な指導なんだ。頑張れ!頑張れ私っ!」
自分を奮い立たせ、念のため彼女らの独房を調べてから教室へと向かった。