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悲鳴を上げ続ける三人。そして、鬼気迫る朧。
『ギャアアアアアアアッ!!』
「っ!朧、止めて!」
そのあまりにも痛々しい悲鳴に、私は耐えきれなくなった。
朧の腕を掴むと、ギロリと睨まれた。
「公務執行の邪魔をするな。罪人、それも獄卒に暴行を働いた輩だ。即極罰、無力化しなければならない」
「で、でも、もうそれ以上は······」
「まだ足りないくらいだ」
あまりにも冷たい眼差しと声に、私は思わず寒気を覚えずにはいられなかった。
私の知っている幼馴染みの顔とは別人の物。
「いっその事、このままここでくたばれば周囲全てのためだ。このまま──」
また棍を振り上げるその手を止めた所で、笛の音を聞いた獄卒の仲間達が駆けつけてくれた。
その後。
ぐったりして動かないヴィセ、ベーゼ、マールの三人は医務室に運ばれていき、私は所長に呼び出された。
「はぁ······」
別に悪い事した訳じゃないのに、なんだかすごく気分が落ち込んでいる。
シャキっとしないと。
──コンコンコンッ──
「所長。麗羅です」
『入りなさい』
「失礼します」
質素で落ち着いた部屋の窓際に、荘厳な彫刻を施された机があり、所長がそこに向かってペンを走らせている。
「ああ、麗羅。よく来たね」
ペンを置いて柔和な微笑をもって迎える所長。かなりのベテランで、思慮深く染まった白髪と、経験を豊かに刻んだ皺の一つ一つが年を経た老年男性の気品を漂わせてる人だ。
少し色の褪せた獄卒の制服は、長年の苦楽を乗り越えて、彼の一部と化しているくらい似合っている。
「大変な騒ぎだったみたいだが、怪我は無いかな?」
「はい。幸い、今回は······」
「そうか。それは何よりだ。疲れているだろう。そこにかけなさい」
そう言って来賓用のソファを示してから立つ。
「コーヒーとお茶。どちらがお好みかな?」
「あ、いえっ。そんなお手を煩わせるのは······」
「はは、私も少し休憩にしようと思っていたんだ。それに、美味しいお茶菓子があるんだが私一人には多すぎるのでね。一緒に食べてくれると助かる」
「え、えっと······で、ではお茶でお願いします」
「ああ。すぐに淹れよう」
慣れた手つきでティーセットを用意して運ぶ所長。まるで良家の執事みたい。
所長はお盆をテーブルの上に乗せると、私の向かい側に座り、ゆったりとカップを傾けた。
「天界から頂いた茶葉でね。場所は遠くとも趣味は案外似ているらしい。香りがまろやかで渋みの無いお茶だよ」
「頂きます」
温かいお茶の風味が口に満たされ、ホッと気が弛むような心地がした。
「美味しいです」
「安心したよ。若い子の口に合うかどうか、この年になると分からなくてね」
そう言いながら、銀のお皿にふんわりとしたお菓子を取り分けて私の手元に勧めてくれる。
「お茶によく合う甘さ控えめの物だ。レモンを付け合わせると引き立つし、お茶にも合う」
「······あ、あの。所長」
「なにかな?」
所長は穏やかな微笑のままカップを置いた。
そして私の方を表情を変えずに見た。
「何か話したいんだね?言ってみなさい」
「······こんな事話して所長のお時間を取るのは大変心苦しいのですが······あの、私のやり方は間違っているんでしょうか?」
「なぜ、そう思うんだい?」
「だって······」
私は私なりにあの三人を更正させようと気合いを入れていた。そして、自分なりにあれこれ考えて頑張った。
でも、全部空回り。はしゃいでいたのは私だけで、三人は私の事なんてこれっぽっちも信用なんかしてなかった。
それで今日は危うく脱獄されかけた。もちろん、上手くいく訳もないから朧が来なくてもすぐに取り押さえられただろう。
結果は変わんなかったとは思う。
でも。私は自信が無くなった。
私は能天気過ぎてまんまと罠に嵌まって、朧に助けられた。あんなに忠告してくれていた彼の話を真に受けないでいたせいで迷惑をかけた。
それに。ヴィセにベーゼにマール。あの子達にも辛い思いをさせてしまった。
「······あの。私も朧みたいになるべきなんでしょうか?必要以上とも思えるくらい厳しくして、罪人に接するべきなんでしょうか?今のままじゃ駄目だからやり方を変えるべきなんでしょうか?」
「······麗羅。それを決めるのは私じゃないし、朧でもないよ」
「え?」
所長は笑っていた。
「はは。上に立つ者ががこんな事を言っては随分といい加減かもしれないが、獄卒のやり方は各個人のやり方に委ねるよ。朧には朧のやり方。麗羅には麗羅のやり方。他の獄卒もそう。私は指図しないよ。責任だけは取るがね」
「······」
「麗羅」
所長は少し真面目な顔になった。
「朧がなぜ罪人にああまで嫌悪に近い感情を持っているか知っているかね?」
「いえ······あの、私の知る彼は少し怒りっぽいけど、優しい人でした。でも、さっきの朧は······」
「······彼がまだ新人だった頃の話だ」
そう言うと、所長はゆっくりとカップを手に取って、思い起こすように語り始めた。
「同期の獄卒でとても仲の良い青年が居た。親友と言ってもいいだろう。不器用だが、真っ直ぐな良い若者だった。彼は誰よりも罪人に対して哀れみと慈悲を持っていて、寄り添うように更正指導を行っていた」
「······」
朧にそんな友達が居たなんて初めて知った。
「だが、ある時。その彼の優しさに付け入って脱獄しようとした罪人が居た。その罪人のせいで彼は大怪我を負った」
「あ、あの。今、その人は?」
「もう居ない。いや、生きてはいるよ。だが、その事件のショックが大きかったのだろう。彼は傷心したまま獄卒を辞めて故郷に帰った」
「············」
「それからだろう。元々、罪人に対して良く思っていなかった朧が厳しい敵対心を抱いたのは。彼は、もう二度と同じように傷つく獄卒が出ないよう、後輩にも厳しく指導している」
話が終わった後、私はもう戻っていいと言われて所長室から出る事になった。
「麗羅」
去ろうとする所を所長に呼び止められた。振り返ると、やはり謎の微笑を湛えていた。
「君は君の信じるやり方でやりなさい。それは少し困難な道にはなるかもしれないが、私は決して間違っているとは思わない」
「私の?やり方······」
「その間。出来うる限りはあの三人の令嬢を悪罪人判定しないようにする。頑張りなさい」
「あ······はい。ありがとう、ございます」
一人廊下を歩いて考えた。
私はどうしたいんだろう。
もう更正指導が嫌になっちゃったのだろうか。
「············」
『誰も信じてないからよ』
「よし······」
まずは気分直しに甘いお菓子を買いに行こう。その後は明日の指導教材の用意だっ。
お疲れ様です。次話に続きます。




