18
さて。今日も厳しい戦いが始まる。凶悪な悪女達と私の慈悲無き戦いだ。
「すぅ~······ふうっ」
深呼吸よーし。ネクタイよーし。髪よーし。気合いよーし。
一分の隙さえ許されない戦場だ。少しでもからかわれるポイントを晒すと永遠に弄られる。
「むっ······」
ドアに手を掛ける。
さあ、今日はどうなる?開口一番何を言われる?
おぼこ、タワシ、花畑、能天気、どんと来い。
何を言われようと、こっちからは爽やか笑顔と元気挨拶で返して毒を抜いてやるっ。
──ガラガラッ──
「はーい、みんなおはよー。今日も楽しく授業していきましょー!」
「オーッホッホッ!いいわよ~!」
「よっ、待ってました~!」
「わーいっ、指導の時間だ~!」
ほーら、今日もやっぱり罵詈雑言から始まる私の指導────え?
んん?!
「あ、あれ?」
「あら、どうしたのかしら教官。呆けた顔をして」
「何かあった?」
「大丈夫ですか~?」
「え?あ、うん。うん?あ、いや何でもないよ。大丈夫。おはようございます」
「ええ、おはよう」
「おはよ」
「おはよーございまーす」
こ、これは一体どうしたんだろう?!
悪女が······あの悪役令嬢達が素直に大人しく席に着いていて、しかも挨拶をまともに返してくれている!
みんなニコニコと可愛い表情で、ちゃんと私に親しみを込めて言葉を返してくれている!
「あ、あれ?これは······私の頭がストレスでどうかしちゃったんじゃ?はっ、まさか夢?!」
あまりの超展開に、私は自分の正気を疑い、そして現実すら疑った。
ほっぺつねってみる。
「あいたたっ。痛い。夢じゃない」
「教官、早く始めましょう?」
「ええ、授業の時間がもったいないわ」
「はやく、はやくー」
「う、うん。そうだね」
と言いつつも、教卓に立ってみても私の混乱は収まらない。
「······あー。指導を始める前に。みんな、ちょっと質問いい?」
「何かしら?」
「なに?」
「どーぞどーぞ」
「今日はどうしたの?その、なんて言うか······まるで人が違ったように素直と言うか、前向きと言うか······いきなり教官だなんて呼び始めるし」
そう言ってみると、ヴィセ、ベーゼ、マールはそれぞれにこやかに微笑んだ。
「オホホ。私、気づいたのよ。貴女の言う事をちゃんと聞いて改心すれば、素晴らしい未來が待っているって」
「あたしも。真面目に指導受けてればここから出られるんだって思ってさ」
「昨日ねー、みんなでお話して、協力しあって更正しようってなったんだー」
「············」
す、す············。
「素晴らしいっ!」
思わず自分の口から喜びの叫びが弾けた。
「みんなよく気づいてくれたね!そう、その通りなのっ!貴女達が一刻も早く幸せで自由な人生を再スタートさせるためには真面目に指導を受けて、協力しあって頑張るのがベストなのっ!ああっ、良かった~。まさかこんなに早く分かってくれるなんて!私は今感動してるよっ!」
くぅ~っ。短かったけど、感慨深い。三人がやっと前向きになってくれたなんて。
あ、涙出そう。でも駄目だ。教官として涙は見せちゃいけない。三人だって凄く嬉しそうに笑っているじゃないか。
「よーしっ。それなら今日はバンバン張り切って指導してこうっ!道徳の教科書たくさん持ってきたよ!目指せっ、全ページ制覇!」
「あ、その前に。一つよろしいかしら、教官」
「ん?いいよ、ヴィセさん。どうぞ」
ヴィセが柔らかい仕草で首を傾ける。
「私達、まだ教官の事をよく知らないの。これから指導して下さる人の事はもっと知っておきたいわ。だから、授業の前に色々お話しませんこと?」
「私の?話?」
「そうそう」
ベーゼも乗り気に会話に入ってきた。
「気になるのよね。教官の事。お互いをよく知れば絆も深まってより指導も身に付くと思うのよね」
「うんうん。ほら、教官も言ってたでしょ?ここで新しい人間関係を築けば何か変わるかもって。だから、教官とも仲良くなりたいなー」
私の事を知りたいだなんて。なんて殊勝で健気な心掛けだろう。いじらしくて仕方ない。
「うん!そう言う事なら、今日は私の事話そっか!それでもっと私の事を知ってもらって、人間関係築こう!」
「あら、教官は鬼でしょ?」
「細かい事はいーのっ!鬼は鬼でも本質は貴女達と変わらない普通の女の子だよ。まあ、年は貴女達基準でいくと二百歳越えてるけどね」
「えっ!嘘?!それは本当にびっくりなんだけど!」
「あたしも本当に驚いた。そーなんだ?」
「うん。鬼──というよりは、私達は冥徒って呼ばれる種族なんだけどね──」
そんな感じで、その後は大いに話が弾んで、すっかり時間が経ってしまった。
「それでね、私は魔界の学校を転々と巡った後ね······あっ、もうこんな時間!午前が終わっちゃった。えへへ。ついつい話込んじゃったね」
「教官のお話面白いから時間が過ぎるのも早いねー」
「マールは良い子だねー。午後の紅茶にお菓子多めにつけちゃおうっ」
「わーい」
三人との関係性が大いに前進した気がする。まあ、三人が質問しまくって、私がペラペラ喋っているだけだったから、私だけが満足してる感があるけど、みんな真剣に話を聞いてくれていたみたいで良かった。
「それじゃあ、一旦お昼休憩にしましょう。一時間後に午後の指導、もしくはまたお話しよっか」
『賛成』
「それじゃあ、また後でね」
ああ、教室から出て事務所に戻る時が、こんなにも清々しいものだったとは。
今日はお昼ご飯が美味しく食べられそう。
お疲れ様です。次話に続きます。