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「へ、ヘックションッ!······んん?」
あれ、なんか寒気がする。風邪引いたかな?そういうのじゃなくて誰か私の噂してる気がする。ロクでもない噂を。
「うーん。気のせいかな?」
それよりも、今日も更正指導だ。あの三悪女を更正するのは並大抵の事じゃない。気合い入れて色々考えなきゃ。
授業まではまだ結構時間あるから、それまでに教材研究でもしとこう。
「うーん。今日も道徳の教科書ってのもなあ。あの三人に道徳心を植え付けるのは根気が要るから定期的にやるとして、他にも手段を考えなきゃだな」
まあ、日夜いい話漬けにすればあの子らも善意道徳ジャンキーになって、1日1回は道徳の教科書を読まないと耐えられなくなるだろう。
だけどそれはまだ先の話だ。時間はたっぷりあるけど、あんましモタモタしてると私の評価にも響く。もっと効率的に責めて行きたいところ。
「何にしよーかなー」
アイディアよ、降ってきてくれ。
「おはよう、麗羅ちゃん」
「!!」
アイディアの代わりに幸運が降ってきた!
その優しげで爽やかな春風のような声に振り向けば、リューゲ先輩の笑顔。
「あ、リューゲ先輩っ。おはようございます」
「朝早くから真剣に悩んでるね。頑張り屋さんだね、麗羅ちゃんは」
「い、いえ。あははは······問題児を三人も抱えておりますから」
「あー、あの三人ね」
クスクスと笑う先輩。
「僕も話した事はないけど元気な子達らしいね。同僚が言うには悪罪人にならなかったのが不思議なくらいだとか」
「まさにその通りなんです······」
あの三人なら地獄にあっても平気で殺人事件起こしそうだし。というか、暴行事件はもう起きた。被害者、私。
「本当に凶悪な三人でして。しかも反省の欠片も無いんですよ。あれでよく悲罪人になったなあって」
「そっか。初めての担当罪人がレベル高いみたいで大変だね麗羅ちゃんも」
「そうですね。でも、私だって教官補佐として何人か罪人を見てきた獄卒です。きっとあの三人を転生させてみせますよ」
「その意気だ」
ニコッと笑ってリューゲ先輩が離れる。
「じゃあ、僕も担当罪人の所へ行くよ。今日もお互いに頑張ろう」
「はいっ!リューゲ先輩も頑張って下さい!」
ふんわりと遠ざかって行く先輩の背中は堂々としていた。カッコいいなあ。
「······やっぱ良いなあ」
「今日も煩悩まみれか?」
「わっひっ!?」
またまたいきなり驚かせるはっ──
「もうっ!朧!びっくりさせないでよ!」
「ふん。後ろめたい奴ほどビクビクするもんだ」
「何それ?理論飛躍しすぎじゃない?」
この幼馴染みめっ。昔は可愛い所もあったのに!いつからこんな一言ネチネチ嫌味鬼になったのだ。大人になってから特に増えた気がする。
「ふんだ。そういう朧こそ女の子の後ろに音も無く忍び寄るストーカーアサシンじゃん。少しは後ろめたく思いたまえ」
「で?更正指導は上手くやれてんのか?」
「無視かいっ!」
ぐぐ、三悪女といい、この憎まれ口幼馴染みといい、人の話聞け~。
「ふう。上手くやれてたら苦労しないよ。あの三人は一筋縄でいく相手じゃないからね」
「そうか。罰棍は使ったのか?」
「使ってないよ。言うこと聞かないだけで悪い事とか暴力行為してきた訳じゃないし」
そう答えると、朧が冷たい目をした。
「さっさと使え。指示に従わないのなら立派な違反者だ。容赦するな」
「そんな乱暴な······大丈夫だよ、あんなの使わなくたって何とかなるよ。多分」
「······」
私の答えが気に入らなかったのか、朧がプイッと顔を背けてしまった。
そして、自分の荷物を持つと事務所の出口に足を向けた。
去り際、
「そんな甘い事言ってると痛い目見るぞ」
という、忠告ではなく脅しに近いセリフを捨てていった。
出ていく朧の後ろ姿は、なんだか近寄りがたい重苦しい雰囲気が漂っていた。
「朧······」
彼なりに心配しての言葉だというのは分かっている。
だけど、やっぱり少しトゲトゲしくて息苦しい。
比べたくはないけど······リューゲ先輩のようにもう少し優しかったらなあ。
「そう言えば、朧最近笑わなくなっちゃったなあ」
朧は私より少し早くに獄卒になってたんだっけ。
私は少しの間、色んな魔界とか異界に留学とかしてたから働き始めたのは彼より後だった。
久しぶりに会った朧はちょっとキツくなってた。離れてる間に何かあったのかもしれない。
だから、何も知らないのに表面的な態度だけで冷たいとか、性格悪くなったとか思っちゃいけない。知りもしないのに。
「······あ、そうだ」
まずはそれだ。
「うん。そうだ、そうしよう」
まずはあの悪役令嬢達を知る所からだ。
私は資料室へと向かい、三人の生前の資料を読みながら教室へ向かった。
お疲れ様です。次話に続きます。