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水を司り、命を彩る者  作者: えみゆうり
1/1

芸術は命だ。誰もそれを奪えない。

オリジナル小説ほぼ初心者。がんばります。

EP.1 命を描く者


この入道雲を見たことがあるだろうか。

その水彩画を見たとき仄かに潮の香り、波の音、海辺で泳ぐ少年少女たちの笑い声。

胸いっぱいに空気を吸うも鼻腔を擽るのは柔らかな絵の具の匂い。その時、静かに涙を流したのは誰だっただろう。


* * *


「Air」


 芸術の世界でその名を知らない者はいないだろう。しかし昔からいたわけではなく、本当に最近出てきた期待の新星の存在。世間にその名前を知られているがその実、顔を知るものはいない。ごく稀に受ける雑誌のインタビューでさえも声を変えた音声通話で数分という隠しっぷり。そのメディアに出ないミステリアスさが魅力を増している。


「Airは美少女だってほんと?」「未だ小学生だって!」「水彩は亡くなった祖父母から貰ったプレゼントを使ってるとか」あまりの情報量の少なさに噂の一人歩きが激しいその存在、それは……。


「あぁー、この絵の具廃盤になっちゃったのかー…」

 

 整えていない伸びた茶髪を一まとめにしているある男が昔ながらの東京にある廃れた商店街の端にある古い画材屋「水筆」の店長である山畑という老人を訪ねていた。

「だから言ったろ、あのメーカーだってもう長くはねェんだってよ」

「それにしてもさ、早すぎでしょ!」

「大手画材屋なら未だあるかもな」

「俺が人の多いとこ好きじゃないの知ってるくせに」

「そーだっけか?」山畑はとぼけたフリをして新聞に視線を戻す。

「えー山畑さんどうにかしてよー!」そう言って山畑に涙目で縋り付く男は三本四郎。名前に数字が入っている名前なんて今時珍しい。

 伸びたボサボサ頭の茶髪で三本が山畑に頼み込むと「こんな時だけおっちゃん呼びを止めるたぁいい度胸だ」と流してしまう。そう、三本はこの店主の店に足繁く通っている。

 もっと大型の絵の具屋に行けば多種多様な商品があるというのに三本がこの家から三十分離れた廃れた商店街まで歩いて通うのかというと、ひょんなことで出会い素人だからと馬鹿にせず親身に水彩について教えてくれたのが山畑だったからだ。

 それからというもの、プロになっても大量の画材を買って行く唯一のお得意様が三本で、三本の水彩画のファン一号がこの山畑。二人は持ちつ持たれつの仲なのだ。

「……ま、あとで調べておいてやるよ」

「まじ? おっちゃんありがとー!」

「おーおー、もっと俺を敬えや」

「マジで神! じゃあお願いします!」

 三本は新聞を読んでいる山畑の手を握って感謝したが、山畑は無理やり手を掴まれた時にまだ読んでいない新聞のページにシワができたことに怒り、三本に鉄拳をくらわせた。

 それでも三本は数点の絵の具と筆を買って店を後にする。鉄拳をくらわされても山畑のことを尊敬している三本にとってはいつものことだった。

 廃れた商店街、残っているのはパン屋と電気屋、そして近所の中学校の制服を手がける服屋と先ほど訪ねた画材屋だけ。三本は商店街の出入り口にある電気屋の前を通ると電気屋のテレビで流れていた夕方のニュース特集を目にした。

 普段なら気にも留めないニュース番組だが思わず足を止めてしまう。何故かというとその特集は「Air」つまり自分の水彩画の話だったからだ。

 どうやら有名な芸術大学の生徒へのインタビューをしているようだ。自分のことを話されると何だか擽ったい気持ちと何を言われるんだろう? という不安な気持ちが入り混じる。

「Airさんの好きなところはどこですか?」

「色と色の混じり合いが違和感なく見れるんです!」

「そう! なんか音楽で言うと不協和音じゃないっていうか」

「風景画が多くて幻想的なのも好きです!」

 勉強もしていない三本のような素人が、芸術を学んでいるプロの卵たちからどう言われているのか不安だったがそれは杞憂に終わったようだ。心底ホッとしたし嬉しくも思う。だけどそれと同時にこんな自分が……と申し訳なくなる。

「何故、Airは正体を明かさないのでしょうね」

「そうですね、昨今の若い芸術家は歌手にも言えることですが素性を明かしたがらないですから、もしかしたらそれかもしれませんね」と言う言葉で締めくくられた特集は十五分ほどで終わった。

「俺、若くないんだけど」

 そうか、昨今の若者アーティストたちは顔を出したがらないのか。まるで平安時代のようだな。

「……うし、帰るか」そう言って三本は静かにその場を立ち去った。


* * *


 さて、ここで何故三本が水彩絵師をしているのかというと、先に述べた通り、山畑と出会ったことから始まる。ここで三本のことを少し話すと、世界一の作曲家になる! という夢を持って五年前の春、田舎から上京したうら若き青年だった三本は音楽の専門学校で才能の壁にぶち当たった。

 そして僅か一年で中退して手元に残ったのは居酒屋のアルバイトで稼いだ少しのお金と奨学金だけ。家賃は親の仕送りで何とかなっていたものの夢破れても実家に帰ってこない親不孝な息子だと呆れられて仕送りも止まった。

「これではいかん!」と何か始めるため手当たり次第、就職に繋がるアルバイトや派遣や現場仕事なども頑張ってみたがどれも続かなかった。

 家賃滞納、ガス電気料金滞納、水も止まりそう、そんな絶望の折に思い出したのは幼い頃、音楽以外で熱中していた絵のこと。昨今では絵を描く、ということはペンタブをもち、タブレットにお絵かきアプリを入れることで簡単にできる。だけど三本には今、タブレットどころかペンを買うお金は無かった。

 もう自分には何もない。と近所を何気なく徘徊……という名の散歩をしていた時、通りかかった商店街で店前を掃除していた山畑と出会ったのだ。

「なんだお前さん、今にも死にそうじゃねェか」

 普通は先に「大丈夫ですか?」の一言があるだろう。しかし当時の三本にはそれすら突っ込める心の余裕はなかった。

「まぁ、あながち間違って無いっす」

「……茶でも飲んでけ」

 そう言われて三本は店主に促されるまま店内にフラフラと虚ろな目で入っていく。お茶目当てで入った店は絵の具や和紙、画用紙、様々な商品で溢れていた。そうか、ここは画材屋さんなのか。

店内をおぼつかない足取りで見学していると店の奥にある台所から持ってきた店主が淹れたての温かいほうじ茶を持ってきた。久しぶりの味のある飲み物を噛み締めるように飲み込む三本。

 それを見るにみかねたのか店主は使われてはいるものの、大切にされていると一目でわかる筆と絵の具が付いたパレットと画用紙を三本に渡した。

「ほれ、この紙になんか書け」

「なんかって言われても俺、ガキの画力だし」

「何でもいい、嬉しかったことや宝物でも思い出に残っているものでも」

「宝物……」

 嬉しかったこと、そう言われて思い出せるのは初めての作曲で両親に褒められた時。

 宝物、初めて買った大好きなアーティストのCD。

 そして思い出に残っているもの、それは子供の頃に両親に連れて行ってもらった綺麗な海辺で遊んだこと。波のさざめき、海鳥の鳴き声、そして暑い中食べた焼きそばとスイカの味。

 最後は音楽とは結びつかなかったものだ。だけど三本の思い出せる中で一番古く、そして楽しかった思い出だった。


* * *


 気がつくと先ほどまで明るかった外は、いつしか夜になっていたらしく暗かった。そういえば此処はどこなのだろう、そういえば画材屋の店主に筆を握らされた筈だ、ということはずっと此処にいたのか。

 顔を上げて隣を見ると絵の具を渡してきた店主の山畑は真剣に武道の手元にある其れを見つめていた。

「お前さん」

「え?」

「お前さん名前は」

「三本四郎です」

店主は静かに頷いた後、真面目な顔で「お前さん、水彩絵師になれ」と呟いた。

「でも俺、もう死ぬんすよ」

「病気なのか?」

「いや、違いますけど……生きる希望が持てなくて」

「じゃあお前さんの命を買う」

「は?」

「この画材と交換だ」

 何を言っているのだろう? 自分の命の価値なんてものは、無い。人生に挫折し全てを諦めている自分に価値などあるものか。それが顔に出ていたのか店主は深い溜め息を吐いた後、「いいか?」と前置きをしてきた。

「俺は説教とかそんな大層なモン言えるほど学は無いし柄じゃねェ」

「……」

「でも死ぬな」

「なんで」

「テメェの命を見ろ」

 命? 自分の、命。

 店主の目線の先には自分が描いたとは思えない青く澄み渡った海の上に入道雲が浮かんでいる絵が描かれた一つの水彩画があった。

「俺は数多くの画家を見てきたがこんなに命を燃やす絵はみたことがない」

「俺の、命……」

「絵は自分の子供だという奴がいる、だけど俺は命だとも思う」

「……」

「死ぬな、命を描け。お前にできることはそれだけだ」

「ま、絵の発想は確かにガキだな。でも俺は嫌いじゃねェ」と笑う店主は満足そうだった。

 命を、描く。全ての芸術家は命を削って作品を生み出す。しかし店主は三本の水彩画は命そのものだと、削られた悲しい心を描くことによって明るく蘇らせろと三本に言い放った。なんて無茶なことを言うのだろう。しかし三本の胸は高鳴っていた。凪いでいた心が脈打つのを感じる。

「……俺はいつ死んでもいいと思ってた。でも」

 でも、やってみたい。そう告げると店主は満足そうに「そうか」と頷いた。「でも俺、家も汚れてるし追い出されそうだし画材置く場所が無いから」と画材を返そうとすると店主は首を振って「ならここに住めば良い」と言い放った。

「でも」

「でも、もだってもない。住むか住まないかハッキリしろ。ここは使っていない二階があるし俺は別に家を持ってるからよ」

 そう言った店主は山畑と名乗った。聞けばアパートなどの不動産も経営しており、趣味で画材屋を営んでいるらしい。どうやら元々、画家になりたかったらしい山畑は三本に過去の自分を重ねたらしい。それで放って置けなかった、と。それを聞いた三本はどうしても自分を通して山畑の夢を叶えたくて、自分も人生をやり直したくて。

「俺、住みたいです! ここで絵を描いていたい」

 と、正直に三本が言うと店主は花火が打ち上がるように豪快に笑った。その時の山畑の顔は忘れない。後に三本は「矍鑠(かくしゃく)とした人」と言ったタイトルの人物画を描き、照れた山畑から鉄拳を喰らった。

初めまして、えみゆうりと申します。

二次創作では違う名前で小説を書いております。

続かなかった二次創作を自小説をアレンジしてオリジナルにしてみました。

連載やってみます。

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