7話 恐ろしく都合の良い発明
「智香が隕石落下を止めると、私達の知ってる未来とは別の未来ができんのは理解できるっしょ?」
沙世の説明に智香は頷く。
「隕石で死んでない魔王様がいるっつー“私達の知らない未来”ができちまう。で、こっからが重要。エクスディカテリアの世界矛盾修正機能は、その別の未来になった一部だけを私達の未来に上書きできんのよ」
沙世は得意気な声のまま続ける。
「この一部ってのがさっき言った都合のいいって部分。つまり、魔王様が隕石で死んだっつー過去だけを“隕石で魔王様は死なない”って過去に変えられるっつーワケ。ここで改変した歴史の一部だけをそっくりそのまま、私達の時代の世界に影響なく持ってくんのよ。ごく自然に何処にも何の害も無く過去を変えられんの」
「てことは、魔王様は私に殺されてないのに魔界で魔王になるってこと? それってどういうこと?」
「世界ってのは決められた結果に向かって収束すんだけど、それをエクスディカテリアなら都合良く収束させられんの。エクスディカテリアで世界収束現象を……いや、歴史って言う方がわかりやすいか。歴史の一部を上書きしたら、それに合わせるようにして私達の知る世界に収束していく。つまり、何の問題もなく私達の知る魔界になんの。世界矛盾修正機能って名は伊達じゃねーのよ」
「……よくわかんないけど、過去は変わるけど、魔王様も私達も魔界も何も影響無しってこと?」
ドスペラルドが沙世の代わりに「その通り」と頷く。
「世界収束現象だとか、タイムパラドックスだとか、歴史特異点だとか、世界線だとか、パラレルワールドだとか、単次元世界だとか、量子エントロピーだとか、観測確定論……これはいいか。ま、色々な現象にエクスディカテリアは関わってんだけど、言ってもわからんだろうから説明省くわ」
「……沙世お姉ちゃんってすっっっっごくとんでもない発明してない?」
全知全能神にでもなったかのような説明に智香は驚く以外になかった。
「あったりまえよ。相当苦労して作ったっつーの。ま、苦労した割には世界矛盾修正機能をコンパクトにできなかったし、他にも色んな機能を積んだらエクスディカテリアがこんな大きな装置になっちまったし、悔やまれる部分は結構あるし、全然ダメな部分多めなんだけどもね」
沙世はサラッと言っているが、世界矛盾修正機能はこれまでの発明とは比べものにならない。
別に存在している未来から都合のいい部分だけをコピペして、矛盾無く歴史を変えられるなんて、あまりに都合が良すぎて完璧だ。
コレさえあれば、どんなに致命的な失敗をしてしまっても、簡単にその過去を改変できるだろう。
「しっかし我ながらホント頑張ったわー。世界矛盾修正機能がねーと智香をタイムワープさせた所で意味ねーからね。人間の魔王様が死なねーってだけじゃ、もう一つの未来世界が生まれるだけだしさ。世界矛盾修正機能あってこそのタイムワープで世界移動。ま、歴史改変は誰かが直接行う必要があって、その改変した歴史をエクスディカテリアに持ってきてから記録させて矛盾処理しないとダメだし、何より改変チャンスは一度だけなのが大欠点なんよなー」
智香には何がどう欠点なのかわからないが、沙世にとっては不満らしい。
これで満足しないなんて、発明家の欲は底知らずのようだ。
「だから、智香に過去の人間界へ行ってもらって隕石事件を阻止してもわなきゃダメ。この辺は今後改良しねーとねー」
「沙世お姉ちゃんってよく色んな機械を作るなって思ったり驚いたりすることはあっても、感心したのは初めてかも」
「ウハハハッ! 偉大な姉をいくらでもほこーれッ!」
過去を変えて未来に影響はないのかと思っていたが、世界矛盾修正機能がブッ飛んでいるので心配はないようだ。
智香から大きな心配事が消え、後は隕石の問題を片付けるだけになる。
仕切り直すように沙世の声が響いた。
「うーし。後は落下してくる赤ちゃん智香を止めるのみ。さっさと済ませちゃって」
「ここで落ちてくるの待ってればいいの?」
「それはダメ。そこは魔王様が智香に激突して死んだ場所だかんね。現場も時間も近すぎる所になっから、別で落下を阻止しないとダメ」
「あ、ここで阻止しちゃダメなんだ」
「降ってくんの待ったら魔王様がそこにくんでしょ。巻き込まれるかもしんねーわ。だから空で受け止めんの」
至極普通のことを言われて、智香は「あ、そっか」と納得する。
だが空とは?
「そっから飛んでって空中でパパッとキャッチ。で、その後はどっか違う場所に投げ飛ばせばおっけーよ。墜落までの時間稼げれば過去の私が移動させっから。それで魔王様死亡回避完了!」
「空って……私飛べないんだけど?」
翼があるとはいえ、魔界人は誰もが飛べるワケではない。飛行は多大な才能と技術が必要とされており、空を飛べる魔界人は魔界全土で数パーセントしかいないのだ。所謂、紅葉のような上位に属する強者の魔界人だけが可能な“曲芸”であり、非常にレアなのである。
なので智香もその例に漏れない。飛べない魔界人だ。
「まさか、ものすっごくジャンプしろって言わないよね?」
当然、沙世は智香が飛べないのは知っている。
なのに飛べとはどういうことなのだろう。
「魔界力って魔界人にとって重要なエネルギーっしょ?」
「え? う、うん」
沙世が何を言おうとしているのかわからないが、智香はとりあえず頷く
「魔界力を吸収しねーと魔界人は健康を害して、最悪死んでしまう。つまり、魔界力には魔界人が弱体化しないよーにする“力”があるワケよ。でも、その“力”を得る量には限界がある。魔界力を吸収しねーのはダメだけど、吸収しまくんのもダメっつーワケ。自身が許容できる以上の魔界力も最悪死をもたらす。で、こっからが本題」
沙世は続けた。
「もし、自身が許容できる以上の魔界力を得られて、なおかつそれを行使できるなら凄いっしょ? 身に余る巨大な魔界力を自在に使えるっつーワケで、そうなれば、きっと凄い変化がソイツに起こると思うワケよ。例えば、簡単に飛行ができちまうとかさ」
フッフッフと笑い声が沙世から聞こえてくる。
「…………」
智香は沙世の言わんとしていることが理解できた。
そして、それと同時に真剣な顔つきになっていく。
「つまりお姉ちゃんソレって……」
生唾をゴクリと飲み込んで智香は言った。
「この私で人体実験するつもりか! タイムワープだけでは飽き足らずッ! この悪科学者ッ!」
「はーん? おいおい何言ってんだっつーの。人体実験とか言い過ぎだわ。協力してもらうだけだっての」
智香の額に冷たい汗が流れる。
間違いない。この姉は危険な香りがするデンジャラスな実験を、妹の身体で行うつもりだ。
「それを人体実験って言うのッ! タイムワープだっていきなりやってくれたし! 失敗したらどうしてくれるの!?」
「失敗か成功かくらい自分の作ったモンならわかるっつーの。そんなんがわからねー程血迷ってねーから安心しておっけー。タイムワープはちゃんと成功してんのが証拠証拠」
「タイムワープ“は”ってなんだ“は”って!?」
と、智香が沙世としばらく言い争いをしている時だった。ドスペラルドの飾りだと思っていたクチバシが突如動き、機械的な声が智香の耳を打った。
「魔界力感知。座標固定完了。超人化承認。超人化承認」
「へ? え? ちょ……超人?」
機械的な高い女性の声がドスペラルドから発せられている。どうやら、これがドスペラルド本体の声のようだ。
だが、発せられた言葉にどんな意味があるのかはわからない。
「あ、さっきの続きだけども、魔界力は人間界にない。でも、人間界には至る所に次元の裂け痕っつーのがあって、そこには魔界力が満ちてんの。普通はそこから魔界力を持ってこれねーんだけど、なんとこのエクスディカテリアは可能! そして、ドスペラルドには裂け痕を感知できる機能もある!」
「……つまり何が言いたいのかな沙世お姉ちゃん?」
沙世の言う通りなら、ドスペラルドが言った魔界力感知の意味はわかった。
ならば、超人承認とはなんなのか。そして、座標固定完了とは?
「ほら翼出して。今から、智香が吸収できる十倍以上の魔界力が向かって来っから。ちゃんと吸収吸収」
「何やってんのぉぉぉぉぉぉ!?」
沙世は智香に死刑宣告した。
「そんな恐ろしい量の魔界力を吸収できるかッ! 死んじゃうよッ!」
恐怖は智香に様々な想像をさせた。
吸収に耐えきれず身体が爆発してしまう自分、廃人になった自分、変異してしまい別生命体になってしまった自分等々、実に様々な脳内残酷ショーが繰り広げられる。
「嫌あぁぁ! 死ぬのは嫌あぁぁぁ! 緑色の液体になって蒸発するのは嫌あぁぁぁ! 内蔵をまき散らしてそこから脳の腐った自分がたくさん生まれるのは嫌あぁぁぁぁ!」
「アンタにとって魔界力って何だっつーのよ……」
沙世が操作しているのだろう。ドスペラルドが智香の背中に飛んでいくと、クチバシでツンツンと突いた。
「痛ッ! 痛たたッ! 何すんのッ!?」
見た目と違ってするどいクチバシだったようで、服越しから鋭い痛みが襲ってくる。
「早く翼だせっての。すんげー濃い魔界力がやってくんだから。翼出さなかったら、こんなクチバシごときの嫌がらせじゃすまねーわよ」
「受けたら死ぬでしょ!? そんな魔界力受けたら死ぬに決まってるでしょうがぁぁぁッ!」
智香はドスペラルドを叩き落とそうとするが、沙世のドスペラルド操作は素晴らしく、鮮やかに智香の拳を避け続け、すぐさま背後に回ってクチバシ攻撃を繰り返す。
「魔界力発射完了」
智香の否定も虚しく、ドスペラルドから死の宣告が漏れる。沙世の思惑通りに事は動き、ただ叫ぶだけの智香では止められない。
「は、発射完了!? ど、何処からッ!?」
「さー、智香の“変身”開始ッ!」
ガコン、とドスペラルドから何かのスイッチが入った音が聞こえた。
「な、何? 今の音?」
「エクスディカテリアにでっかいブレーカーがあったっしょ? それをオンしただけ」
「な、何のために――」
瞬間、眼下に広がる綺砂倉から、ドンッ! と打ち上げ花火のように、天高く飛び出した紫色の塊が見えた。