6話 過去の人間界へ向かいます
「「うわわわわわわッ!?」」
即座に智香と紅葉は廊下に飛び出す。
「いきなり天井落とさないでよッ!」
「世界移動機能ありタイムワープ機能あり“世界矛盾修正機能”あり、その他諸々な機能も搭載した最高傑作! “エクスディカテリア”完ッ成ッ!」
二人に構うことなく、降って来た機械の名を沙世は発表した。
「はー、すっごい大きさ。沙世お姉ちゃんの発明品で一番大きいんじゃない?」
智香はリビングに降ってきたエクスディカテリアを見上げる。
テーブルやテレビといった諸々の家具や家電をブッ潰す程の大きな機械で、リビングの八割を占拠している。円上の機械が積み重なってるような外見は、まるで無機物のウェディングケーキだ。下段の中央が操作席なのか少し窪んでおり、そこには立体映像で展開されたモニターとキーボードがあった。その他にも見ただけではわからない計器類やボタン類が満載で、一際目立つ大きなブレーカーなんかも取り付けられている。赤の回転灯なんてモノまであった。
「世界移動だけでも凄いのに、タイムワープまでできるんだ」
「私に不可能はないかんね。そしてこれがあれば間違いなく隕石事件解決ッ!」
「すっごぉぉぉい! さすが沙世ちゃんねぇ! こんな凄いの造っちゃうなんてー」
「あはははは! もっと褒めてよーしッ! もっと褒めまくっていーよッ!」
ひっくり返りそうなくらい腰を反って得意満面で笑う沙世に、智香と紅葉はパチパチと拍手を送った。
「で、こっからが本題になるっつーワケだけども」
沙世は調子にのるのをやめてゴホンと咳払いをすると、ビシッと智香に指をつきつけた。
「智香! 今からあんたを魔王様が人間だった頃の時代に送っから! そこであんたは自分(智香)を止めてこい! 隕石事件を阻止するっつーわけ!」
「……へ?」
少しの間智香の時が止まった。しばらく沙世の指をポカンとした顔のまま見続け、その後すぐに激しく首をブンブンと振る。
「な、なんで!? 沙世お姉ちゃんが行くんじゃないの!? てっきり、お姉ちゃんがこれまで造った色んな発明品とか持って行って、どうにかするんだと思ってたんだけど!?」
「そうしてーのは山々なんだけどもね。私じゃなきゃエクスディカテリアは操作できねーし、紅葉姉さんは仕事あっからっつーか、そもそも人間界に行くとマズいんよ。ってなると、消去法で智香が行くってなるワケ」
「と、突然そんな事言われても……」
智香はもうすぐ女子高生になるだけの女の子だ。紅葉のように絶対的な強さもないし、沙世のように発明できる頭脳も腕もない。
そんな自分が人間界に行くなんて心配しかなかった。
「隕石止めるだけだからすぐ終わるって。つーわけで、さっそくワープね」
「ま、待ってよ! 人間界って魔王様みたいなのがいっぱいるんでしょ!? そんな世界に私が行っても何もできないよ!」
「あんな化物が他にウジャってるワケないっしょが。いてたまるかっての」
沙世はどっかりとエクスディカテリアの前へ座り、途轍もない速度でキーボードーを叩きはじめた。いくつものモニター(ホログラフ)が現れては消えるを繰り返し、周囲に数多くあるボタンもキーボードをタッチするのと変わらない速度で押していく。
「準備完了っと。ま、詳しいことは向こうに行った後教えっからさ」
沙世は最後にブレーカーを握ると、智香へ振り返り言った。
「いざ行け未開の大地!」
「ダメダメダメッ! もし人間なんかに出会ったら捕食されちゃうッ!」
勝手に話を進める沙世に智香は抗議するも、ブレーカーが引き下ろされた。
「せ、せめてトイレ行く時間くらい――」
そこで智香の言葉は止まった。
「――あれ?」
目の前から沙世が消えたからである。話している相手が消えてしまったのでは黙る他ない。
だが、言葉が止まった一番の理由は、智香の脳内が真っ白になってしまったせいだ。
「…………何処ココ?」
さっきまで家にいたのはずなのに、智香は全く知らない場所に立っていた。
智香は目をパチパチさせながら辺りを見回す。
日差しは柔らかで喧噪が全くない。どうやら早朝のようだ。朝特有の澄んだ空気が智香の肺を満たし、その感覚がとても心地よい。
智香は町を俯瞰できる高台に立っており、前に広がる壮観な眺めが目に入る。休日に弁当でも持ってきたい場所だ。きっとここで食べるモノはいつもより三割増しの美味しさを感じることができるだろう。
智香の背後には大きな建物があり、門に西綺砂倉高等学校と書かれていた。どうやら学校のようだ。
誰も来ていないのか、門は閉まっており人の気配は皆無だ。
「人間界の文字って魔界と同じなんだ。町の雰囲気も魔界と似てるし……魔王様が人間なのと関係あるんだろな」
本来ならここが何処か全くわからないのだろうが、智香は隕石事件をなかったことにするため、エクスディカテリアという機械を使ってやって来た。
ならば答えは一つ。
ここは魔王外崎信一郎が人間だった頃に住んでいた町だ。
「ここに魔王様が住んでたんだ」
しかし、場所がわかったとして、これからどうすればいいのだろう。
詳しい説明は何も聞かされていない。ここで待っていればいいのだろうか。
智香が「うーん」と唸っていると、よく知ってる声が聞こえた。
「いやー、これが人間界の日差しかー。眩しいわー。人間界ってあんま魔界と変わんねーのね」
「え!? 沙世お姉ちゃん!?」
智香は突然聞こえた沙世の声に驚きながらも周囲を見渡した。だが、声はすれど沙世の姿は見つけられず、学校と茂っている草木以外何も見つけられない。
「いない? でもたしかに声が――」
「こーこ。ここ見ろっての智香」
また沙世の声が聞こえたかと思うと、肩に何か下りてきた。
少し大きいキーホルダー程度ある、無愛想な顔をした小鳥のぬいぐるみだ。全身灰色な趣味の悪い色彩をしており、つり上がった目でこちらを睨んでいる。愛嬌の欠片もなく、肩から払いたくなるような雰囲気に満ちていた。
「ドスペラルド。可愛い名前っしょ?」
「ド、ドスペラルド?」
智香にはその名前は可愛いのか判断できなかった。
「このドスペラルドは智香と一緒に送った小型端末。リアルタイムでそっちの映像をエクスディカテリアに送ったり、転送やら通信やらの中継をすんの。底にあるスイッチを切られたら何もできなくなるけどもね」
「……スイッチいらなくない?」
「どんな時も再起動ってのは最高のリフレッシュなの。スイッチ機能をつけないワケにはいかねーのよ。オフにしちまうと、そっちのサポートが一切できなくなっから気をつけてね」
「こっわ……気をつけなきゃ」
つまり、ドスペラルドに沙世側でどうしようもないエラーなんかが起きた時に必要なのだろう。智香はドスペラルドを持ち上げて底を見ると、《右オン 左オフ》と書かれた小さなスライドスイッチがあった。
「ドスペラルドちゃんはとっても便利で素晴らしい機械だから、絶対壊さねーように。ま、私が作ったから、紅葉姉さんの魔界砲でもブチ込まない限り壊れねーけども」
「どんだけ頑丈に作ってんの」
智香は空を見上げる。
「赤ちゃんの私が降ってくる場所ってここでいいの?」
空は雲一つない青空が広がっている。落下しているなら、すぐに見つけられそうなものだが、隕石(智香)の気配はなかった。
「まだあんたが落ちてくる時間じゃねーからね。それに一万メートル上空から落ちてくんだから、まだまだ上の方にいるっしょ。目を凝らしたぐらいじゃ見えねーって」
ドスペラルドも智香と同じく空を見上げ、目をペカペカと点滅させる。何かのデータをとっているようだ。おそらく、家で沙世が恐ろしい早さでキーボードを打って(想像だが)いるに違いない。
「うーし間違いねーわ。ここはまだ一般人だった頃の魔王様が住んた場所。綺砂倉町ってとこの西綺砂倉中学校前! 時間もドンピシャ! やっぱ私って天才ッ!」
上機嫌で興奮気味の声がドスペラルドから聞こえる。あまりにうまくいって嬉しいのか、沙世の操るドスペラルドが踊り始めた。智香の知らない謎の踊りだった。
「ねぇ、お姉ちゃん。今更だけど私達って魔王様の未来というか、魔界の未来を変えようとしてない? この時の魔王様が私に殺されないと今の魔界にならないと思うんだけど? 歴史改変しちゃって大丈夫なの?」
「ふっふっふー。その程度ごときちゃーんと考えてるっつーの」
絶対に聞かれるとわかっていたのだろう。チッチッと舌を打つ音がドスペラルドから聞こえた。この鳥の向こうでは、得意顔で人差し指を左右に動かしている沙世がいるに違いない。
「そういった歴史改変による懸念はこの私! エンネルーベ・沙世・オンターダの作ったエクスディアカテリアの機能の一つ! 世界矛盾修正機能が解決してくれるッ! この機械は智香の行動によって変わってしまう未来の変化を、なんとこっちの世界へ都合良く上書きしてくれるっつー優れモノッ!」
「え? どういうこと?」
智香の疑問に沙世は得意そうに答える。