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魔界の命運は家庭問題に託された  作者: 三浦サイラス
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5話 エンネルーベ家の最大最悪の家庭問題

「ただいまー、って沙世お姉ちゃんが反応するワケないか」



 自分の家である一軒家のドアを智香は開けた。


 靴を脱ぎ廊下を歩いて――智香は背後から抱きつかれる。


 この場には智香と紅葉しかいないので、抱きついたのは間違い無く紅葉だ。


 紅葉だが――



「智香ちゃぁぁぁぁぁん! もう、おねーちゃん無理かもぉぉぉぉ!」



 紅葉は買い物袋を放り投げ、直後わんわん泣き出した。



「ちょ、ちょっとお姉ちゃん何やってんの!? 卵入ってるのに!」



 紅葉を振りほどき、投げ出された買い物袋を拾う。よかった。卵は無事だ。



「うわーん! 智香ちゃん! 智香ちゃーん!」



「ぶバはァ!?」



 智香の肺から酸素が押し出され、ひしゃげた浮き輪みたいな声が出る。


 智香は紅葉のダイブを全身で受け止める形となり盛大に吹っ飛んだ。勢いはもの凄く、さらに不意打ちだったので、とても耐えられなかった。もちろん買い物袋は再び吹っ飛んだ。こんどこそ卵はダメかもしれない。



「ほ、本日のクリティカルダメージ……」



「もうダメだよぉぉぉ! もう無理だよぉぉぉ! これ以上ぉぉぉ! これ以上はもうぅぅぅ!」



 智香の胸で紅葉はわんわん泣き叫び、そんな紅葉の頭を智香は面倒くさい顔をしながら優しく撫でた。


 紅葉の目にはうるうると涙がたまっており、ピシッと伸びていた背筋はフニャリと曲がっている。



「ふええ……智香ちゃん……」



 そこには銀行に颯爽登場し、佐々木場を圧倒し、智香を助け、強盗事件を解決した、誰もが羨むエンネルーベ・紅葉・アリアロフはいない。


 妹に甘えながら泣き叫ぶ、頼りなさそうな姉が智香の目の前にいた。



「もう、お姉ちゃんってば、いつも家だと隙あらば泣いたり甘えたりしてくるんだから」



 いつも智香は思ってしまう。これがあのエンネルーベ・紅葉・アリアロフなのかと。情けなく胸で泣いているこの姉が、本当にさっきの事件を解決した張本人なのかと。


 もちろん紅葉は魔王の右腕だし、強盗事件を解決したし、魔界に並ぶ者がいない程の強者であると知っている。姉妹なのだ。誰よりもよく知っている。


 しかし、紅葉のこんな一面をいつも見ている智香としては、どうしても一瞬疑ってしまう時があるのだった。



(いや、そりゃもちろんこっちが本当の紅葉お姉ちゃんってわかってるけどさ)



 エンネルーベ三姉妹には人に知られてはならない秘密が二つある。


 その一つが、紅葉の正体だ。


 紅葉は仕事や他人と接する時は凛とした風貌になり、威圧的態度を取ることもあるが、姉妹の前ではその性格が一変する。とことん甘えたがったり、弱気になったり、すぐに姉妹の胸に飛び込んで泣いたりなど、魔界の住民達では想像もつかない人物へと戻るのだった。



「だってぇ~! だってぇぇぇぇ! 今日、魔王様のインタビュー聞いてる時とか、すっごいドキドキだったんだもぉぉぉん! うぇぇ~ん!」



 紅葉の本性をバラすべきか姉妹で真剣に考えたことがあったが、妹に抱きついてメソメソと泣き叫び、弱音を吐く魔王の右腕など誰も見たくはないだろう。(まあ、それはそれで良いと思われそうだが)


 あまりにも世間のイメージとかけ離れるため、エンネルーベ姉妹はこの事実を秘密とした。



「あー、うっさいうっさい。マジうっせーわね。ドタバタすんなって前から言ってんでしょーが」



 智香は抱きついた紅葉を引きずりながらリビングに入ると、奥のドアが開き、不機嫌な声と共に最後の姉妹が現れた。


 次女のエンネルーベ・沙世・オンターダだ。腰まで届く真っ赤な長髪を掻き上げ、皺のついただらしないパジャマ姿に不機嫌な顔がプラスされている。



「毎日の発明で疲れてる私をいたわれっつーの」



 本来ならそれなりの顔なのだが、いつも徹夜明けなせいで肌はかさつき、隈も酷く、本来の容姿からかけ離れている。見た目、デスマーチ終わった直後の漫画家と変わらなかった。



「あ、引きこもりが出てきた」



「誰が引きこもりじゃい。常人より外へでる時間が少ないだけだっつーの。智香がいない時とか外に行って色々な部品買ったりしてるんだっての」



「わーん! 沙世ちゃーん。もうダメだよぉぉぉ! 無理だよぉぉぉ!」



「あん? まーた紅葉姉さんは泣いて……ってぇぇぇぇぇ!?」



 泣いている紅葉を無視してブツブツ言いながら沙世は廊下に出ると、散らばった買い物袋を見て絶叫した。



「ぎゃああああああああ! 何やっとんじゃ紅葉のヤツはぁぁッ! タマゴがぐちゅったモナカみたいになってんじゃねーかい!」



「だって~、智香ちゃん見てたら、どんどん心から涙が溢れてきて、投げ出さずにはいられなくて……」



「よくわかんねーッ! 意味不明! でぇい、紅葉姉さんはいっつもこうなんだから……」



 ブツブツと文句を言いながら沙世は片付けを始める、が。



「もう無理だよ沙世ちゃぁぁぁぁん!」



「どはぐるおッ!?」



 泣き顔のまま沙世に突撃した紅葉のせいで、こんどは沙世が吹っ飛んでいった。ダメージは智香と五分だろう。


 紅葉は沙世の胸に飛びつくと、ひんひん泣きながら、絶対に他へ知られてはならないエンネルーベ姉妹のもう一つの秘密を口にした。



「私達が人間だった頃の魔王様を殺したってこと、これ以上隠すの無理だよぉぉぉ!」



 それは知られれば命を失ったも同じ。


 二度と魔界の大地を歩くこと叶わぬエンネルーベ家の大罪だった。



「大丈夫大丈夫だっての。もう、ずーっと前から姉さん心配だって言ってっけど、全然バレてねーからさ。弱気になってっからそー思ってんの。もっと、ポジティブ思考で行けば悩んだりしねーわよ」



「そ、そうかなぁ?」



「そそ。いつだって思考はポジティブにいかねーとね」



「私のせいだよ……私があの時……」



「はいはい、そこの三女さん? 黙ってな? なー?」



 人間外崎信一郎事件の引き金。


 それは幼少期の智香によるモノだった。



「ずっと言ってんでしょが。あれは私が魔界一の天才発明家故にやっちまったうっかり事故だって。だから何とかしねーとって、責任感じて色々作ってんじゃん」



「うん……」



 沙世は俯いている智香の頭を雑に撫でた。



「落ち込むのはわかってけどさ。智香のせいだとしてもアレは事故だっての。何度だって言ってやっけども、アンタが気にする必要全くなし」



「……ありがと沙世お姉ちゃん」



「ふっふふ。さっすが魔界一の天才発明家。フォローも完璧だわ。そこからの魔界人とはデキが違うんよねぇ」



「うんうん、調子にのってる沙世ちゃん素敵よー」



「あっはっは。紅葉姉さんもっと言っていいかんね!」



「うーん、この長女が次女をヨイショする図。何度繰り返された光景だろう」



 世間では知られていないものの、沙世は魔界一(自称)の天才発明家である。


 物心ついた頃から色んな物を発明したり、改良したり、廃棄したりを繰り返しており、エンネルーベ家にある機械類は全て沙世の手作りだ。


 発明の幅は広く、洗濯機やガスコンロに始まり、自作OSや二足歩行兵器など、ありとあらゆるモノを造り出している。


 そんなモノまで作り出せるヤバさを沙世は持っているため、エスカレートしていく発明は止まることを知らなかった。そこに偶然やひらめきも混ざればトンデモないモノが生まれるのは必然で――それは現実となった。



「でも、沙世お姉ちゃんは調子のっていいだけあるよ。魔界一でもなきゃあんなの作れないし」



 それが“人間界移動装置”という発明品である。


 その名の通り魔界ではない、人間界という別世界へ移動できる発明品だ。


 これは魔界中から称えられるべき発明で、あらゆる人物達から尊敬の眼差しを向けられてもおかしくなかった。


 そう、おかしくなかった。


 過去形なのは、エンネルーベ家以外で知る者がいない機械になったからだ。


 魔王殺し事件の原因になってしまったのである。



「私も沙世ちゃんって魔界一の発明家だと思ってるけど、うっかりしちゃう時あるよね。お姉ちゃんとしては、そこが可愛いとこだと思ってるけど。自分の尻尾を追いかける子犬とか可愛くてうっとりしちゃうのと一緒だね。ウフフ」



「さすが紅葉姉さん。ギャップ萌えがわかってっわね。愛される天才とはそういうもんなんよ。私は子犬で可愛いっつーワケ」



「……今、紅葉お姉ちゃんが無自覚に沙世お姉ちゃんをバカにしたように聞こえたけど、本人が調子乗れてるから問題ないな」



 人間界移動装置には誤作動や勝手に触れないようにする安全装置がある。


 だが、沙世はその安全装置を入れ忘れてトイレに行ってしまったのだ。そのうっかりのせいで、当時生まれて間もなかった智香がハイハイして近寄ってしまい、人間界移動装置を起動(ボタン一つで人間界に移動完了)させてしまった。


 智香が移動した先は人間界の綺砂倉町という場所の上空で、智香は高度一万メートルから落下した。


 移動の際に発生した赤い光の残滓を纏い、智香はどんどん落下して行った。幼すぎるため危機感はない。むしろ遊園地のアトラクションに乗ったかのように喜んでおり、地面に向かって落ちている自覚などなかった。


 当然、一万メートル上空なんて場所から地面に激突すれば死亡する。


 トイレから帰ってきた沙世がこの事態に気がつき、ギリギリの所で智香を魔界へ戻すも時既に遅し。


 人間の少年一人が死ぬ結果になってしまった。智香は地面にこそぶつからなかったものの、人間の少年に衝突してしまったのだ。


 当時はこの惨事に対してどうすんだと、色々と沙世と紅葉で騒いだが、結果としてこの“隕石事件”はどうしようもない事態に発展してしまう。


 何故なら、死んだこの少年が魔界の王になってしまったから。


 人間外崎信一郎は魔王外崎信一郎になってしまったのだ。


 魔王は今も隕石(智香)の件を追っており、「あんなの人間には無理だ。魔界人としか思えない」と確信している。魔王だけあってむちゃくちゃ勘がよかった。


 これはエンネルーベ家にとって最悪の状況だ。贖罪や償いというモノを超えており、自首などできない状況が出来上がっていた。



「私一人で済むなら、すぐに自首するのに……」



「だーから、もうそれ言うなっていってんでしょ。アンタのせいじゃないの。これはエンネルーベ家全体の罪なの」



「そうだよ智香ちゃん! 私だって魔王様に何も言わず隠してるんだから! 三姉妹でいけないことしてるんだよ! 自分だけって思っちゃダメ! いつも言ってるじゃない!」



 もし、隕石事件の内容を魔王に知られれば問答無用の展開が待っているだろう。


 そう、つまり処刑だ。


 しかし、まだエンネルーベ姉妹は処刑されていない。紅葉が隕石事件の担当になったので隠し通せているのだ。何の計算も無い幸運だった。



「私も沙世ちゃんみたいに何回でも言うけど、暗くなっちゃダメだよ智香ちゃん! お姉ちゃんが勝手にネガティブになってるだけなんだから! 言わせとけばいいの! いっぱい甘えさせてくれればいいの! 頭をナデナデしてくれればいいの! おはようのキスしてくれればいいの! それ以上のことしてくれても問題ないの!」



「ありがとう紅葉おねえちゃん。あと、どさくさにまぎれて紅葉お姉ちゃんが私に色々要求してるぅ」



 おかげで隕石事件の真相は誰にもバレておらず、バレそうな心配もない。今日も三姉妹は魔界で平和に過ごせている。



「まあ、いつまで誤魔化せんのかってのは私も思ってんわ。安心できねーっつーのはたしかだし」



 沙世の言葉に紅葉はビクリと肩を震わせる。



「そうよね! そうよねぇぇ~! 私怖いのよぉぉー。明日にはバレるんじゃないかって。来週には智香ちゃんと沙世ちゃんとご飯食べられなくなるんじゃないかってビクビクしちゃうの。今日だって銀行強盗さんをどうにかした時、想像して震えてたんだからぁ」



「震えながら強盗達を圧倒してたんだね……」



 紅葉の言う通りで、三姉妹の頭の隅には「いつかバレる」と隕石事件がこびりついて離れない。紅葉が担当である限りはバレないとはいえ、絶対とは言い切れなかった。



「うん、姉さんの言う通り。その気持ちは私もおんなじだし、智香はもっとおんなじ。いつでもどこでも、姉妹揃って不安を抱えたまま生きなきゃなんねーのは嫌ってもんよ。でも、もーだいじょーぶッ!」



 クックックと、沙世は不敵な笑みを浮かべた。



「完成したかんね! 私達三姉妹の不安を取り除いてくれる世紀の発明ってヤツが!」



 可笑しくてたまらないとばかりに、沙世は額に手を当て笑い始める。かなり得意気だ。


 思わず智香と紅葉は顔を見合わせる。



「あ! それってもしかして!」



 智香は沙世の言っている意味が解り、驚いた顔で反応する。


 ちなみに紅葉は家だとポンコツ化するので、首を傾げ「?」を浮かべるばかりだ。



「せいああああッ!」



 沙世が壁を思い切り蹴りつけると、リビングの天井がそのまま外れてしまったかのように機械が降って来た。

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