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魔界の命運は家庭問題に託された  作者: 三浦サイラス
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3話 エンネルーベ家の長女はとっても強い

出入り口に堂々と立つ紅葉は銃口を向けられても、全く怯まず宣言する。



「銀行は我々警察が包囲した! お前達の犯行は失敗だ! 武器を捨ておとなしくしろ! 今投降すれば地獄での刑期を少しは短縮してやる」



 ここで紅葉が言うように強盗達がおとなしく投降するなら話は早いが、銃口は変わらず紅葉を捕らえている。失敗するつもりで強盗するバカはいないので当然の反応だった。



「抵抗は無駄だというのに……む?」



 紅葉は智香のそばにいる強盗に、訝しむような視線を向けた。



「お前……まさか佐々木場か?」



「……ちっ! なんで紅葉がこんな所にッ!」



 佐々木場と言われた強盗は、汚物でも見るように紅葉を睨み付けた。



「魔王の右腕と呼ばれてるヤツが俺のことを覚えてるとはな。かつての同僚が墜ちた姿を見てさぞ満足だろうよ!」



「私は魔王様の秩序に従っているだけだ。お前がどう生きようと興味はない」



 紅葉の果てしなく澄んだ目が、佐々木場の濁った目を真っ直ぐに見据えた。



「魔王様が私達を導いてくれたから今の魔界がある。お前もわかっているだろう?」



「あんな地球人を認めんのかよ! それでも魔界人かテメェ!」



「地球人か魔界人かなど関係ない。魔王様は魔界に秩序と平和をくれた。それが全てだ」



「今の魔界は元人間の魔王がバラ撒いた文化に毒されてんだぞ! 魔界の文化なんか何処にもねぇ! ふざけんなと思わねぇのか!」



 智香はかつての魔界を知らない。だが、多少ではあるが紅葉から聞いたことがある。


 その昔、魔界は弱肉強食の法則が蔓延しており、生き残りを賭けた過酷な競争が絶え間なく繰り広げられていたらしい。大地は荒廃し、魔界人同士による激しい戦いとその死体で埋め尽くされていたとか。


 生命の価値は獲得した力や領地によって計られ、道徳や倫理はどこにもない。以前の魔界はそんな世界だったと聞いている。



「魔界人達が不満なく過ごしているならそれでいい。お前のいう魔界の文化がなければならない理由など何処にもないのだからな」



 紅葉はそんな魔界を嘆いていたが、どうしようもないと諦めていた。だが、そんな時に魔王と出会い、一緒に当時の魔界をひっくり返したのだそうだ。


 その後は魔王による統治で生まれ変わった。考えられないくらい平和になったのが、智香のよく知る今の魔界である。



「毒されたクソ魔界人がッ! あのクソ魔王のせいで俺はッ!」



「責任転嫁するな。お前は自業自得だろう。せっかく力を見出され閻魔職となったのに、真っ当に務めなかった。魂の管理を放棄し、法を守れない者は罰せられて当然だ」



「そうかよッ!」



 佐々木場と他の強盗達の短機関銃(サブマシンガン)が火を吹いた。甲高い音を立てながらフルオートの弾幕が展開され、弾丸が雨のように紅葉へと降り注ぐ。


 それほど距離は離れていない。紅葉が蜂の巣になるのは必至だ。


 だが、弾丸は命中する寸前、紅葉の背中から現れた翼に全て払われてしまう。



「なっ!?」



「弾丸ごときで私に対抗できると思ったのか?」



 盾のように広げられた漆黒の翼は、主を守る騎士の迫力に満ちていた。壁となって紅葉から攻撃を防ぎ、その侵入を許さない。


 翼にぶつかった弾丸が砂利のように床へ散らばった。



「くっ、なんでそんな翼が……」



「お前のような犯罪者がいるからだ。それ以外の理由などない」



 この翼は魔界人なら誰もが持っている身体の一部だ。


 魔界人は数日に一回程度、魔界に満ちる魔界力というエネルギーを摂取しないと健康を害してしまう。魔界人の翼はその魔界力を吸収する機関だ。



「佐々木場。お前の翼はどうなんだ? 銃に頼ってるのを見るに、ロクに鍛えてないのだろうがな」



 そしてこの翼は肉体と同じく鍛えることが可能で、自身の“能力”にすることができる。紅葉は弾丸といった敵のあらゆる攻撃が防げるよう、単独で敵地に殴り込める盾にして使っていた。



「お前のは鍛えてどうにかなるってレベルを超えてんだろ! 銃弾を防いでも傷一つない翼とかふざけんじゃねぇ! この化物が!」



「無駄口はここまでだ。もう一度言う。抵抗は無駄だ。投降しろ」



 このロビーだけでなく、銀行の奥も騒がしくなっている。紅葉の仲間が他の強盗達を取り押さえているのだ。既に多くの警察が突入しているようで、外も騒がしい。傍目にも佐々木場達が追い詰められているのがわかる。


 これでは仮に紅葉をどうにかできたとしても、銀行を出た後逃げ切るのは不可能だ。



「ざけんなぁッ!」



 だが、佐々木場は抵抗を続ける。



「だったらこうだよぉッ!」



「はうッ!?」



 再び智香の額に銃口が押しつられた。


 引き金にかかった指に力が込められている。さっきと違って佐々木場は本気だ。いつ智香を撃ってもおかしくない。



「……抵抗は無駄と言ったはずだが?」



「捕まったらいつ地獄から出られるかわからねぇんだ。それなら、このくらいの嫌がらせはすべきだよなぁ?」



 佐々木場は破滅的な思考に陥っている。どうにもならないなら、せめて紅葉に致命的な精神ダメージを与えてやろうと、ヤケになっていた。


 紅葉の姉妹である智香を殺し、生涯後悔する(トラウマ)を与えてやる。


 そう決めた佐々木場は引き金を引こうと――



「と、トイレ……」



 その時、殺す対象から情けない声が聞こえた。


 絶体絶命だというのに、まだ智香はトイレを気にしている。



「お願いだから行かせて……本当にも、漏れちゃう……」



「お前これから死ぬんだぞ? トイレなんか気にしてる場合か?」



「気にしてる場合よ。だって、アンタがお姉ちゃんに勝てるワケないんだから」



 顔を青くしながらも智香は断言した。



「なんで私の額に銃口当てるくらいで調子に乗れるの? アンタってお姉ちゃんのこと知ってるみたいだけど、本気でわかんないの? こんなのお姉ちゃんにとっては、朝のコーヒーブレイクと何ら変わりない――」



「姉妹揃って煽ってんじゃねぇぇぇッ!」



 佐々木場は智香の脳天に弾丸を乱射――することはできなかった。


 その寸前、紅葉の翼から数本の羽が飛んでいき、佐々木場の短機関銃(サブマシンガン)をバラバラに切り刻んだ。さらに引き金にかかっていた指も斬り飛ばし、ロビーの床に赤い血が滴る。


 紅葉の翼は盾になるだけではない。こういった攻撃方法も備えていた。



「あがああああッ!?」



 佐々木場はたまらず膝をつく。震えながらバラバラに刻まれた短機関銃(サブマシンガン)と、なくなった自身の指を信じられないような目で交互に見つめた。



「実の妹が撃たれるのを黙って見ていられる程、私は甘くないぞ」



 身体を俯かせ跪く恰好になった佐々木場を紅葉は見下ろしている。


 両者の間にある絶対的な実力差。


 この立ち位置がそれを如実に表していた。



「ぐ……あ、紅葉ぁッ!」



 佐々木場の背中から紅葉と同じく翼が現れた。蜘蛛の足のような六つの骨が傘のように開かれ、その翼の先端に魔界力が集束する。


 魔界砲(ディレ)だ。自身の魔界力を翼から放つ攻撃で、戦闘能力のある魔界人なら誰でも使うことができる基本技だ。故に使い手によって見た目や威力が大きく変化する特徴があり、魔界砲(ディレ)は使い手の実力を測れる技とも言われている。



「しっ、ねぇぇぇぇぇぇ!」



 魔界砲(ディレ)の威力は短機関銃(サブマシンガン)とは比べものにならない。ヘタな兵器くらい凌駕する魔界力の塊が翼から――



「無駄なあがきも極まったな。私の前でこんな魔界砲(ディレ)が撃てるか」



 佐々木場の魔界砲(ディレ)が放たれる前に、紅葉はその翼を切り落とした。高速で動いた紅葉の腕が佐々木場の翼を無力化したのだ。



「集束が遅すぎる。目の前にいる目標(私)に撃っていい魔界砲(ディレ)じゃないな。しかも翼が揺れて目標に定まっていない。この距離でも私に命中するか怪しいところだ。発射タイミングが丸わかりで、構えると砲台のように動けなくなっているのも致命傷だな。明らかに修練不足。だからお前は短機関銃(サブマシンガン)を使っていたんじゃないのか?」



 紅葉は淡々と佐々木場の魔界砲(ディレ)の欠点を並べ立てる。



「が……ぐう……」



 反論はない。翼も指も切り飛ばされ、床に突っ伏すのがせいぜいの佐々木場では、痛みに呻くことしかできなかった。



「ここまでだ。連行する」



 銀行の奥と出入り口から大量の警察がやってくる。ロビーの強盗達は即座に捕らえられ、佐々木場は紅葉や智香を睨み付けながら連行されていった。


 人質達は解放され、その誰もが紅葉に頭を下げ礼を言う。



「紅葉様ありがとうございます! おかげで助かりました!」



「さすがです紅葉様。魔王様の右腕と言われているのは伊達ではありませんね!」



「この魔界は紅葉様と魔王様に支えられておりますですじゃ」



「紅葉様がいるから、私達は安心して魔界で暮らせております!」



 それぞれが紅葉に感謝を述べる。紅葉は困り顔で照れながらも、それぞれ真摯に対応し、人質にされた魔界人達を安心させていった。



「ありがとう。そう言ってもらえると、とても励みになる」



 そこで紅葉は気がつく。


 強盗達は逮捕し、人質も解放したが、その中に智香の姿がないのだ。



「智香?」



 キョロキョロを辺りを見回して、紅葉は智香がトイレに行きたがっていたのを思い出す。


 紅葉はトイレに向かうと、個室の一つが閉まっていた。



「智香? いるのか――」



「うわーーーーん!」



 個室の中から悲鳴のような泣き声が聞こえた。



「お姉ちゃん……私……私ッ」



 閉まっている個室の床から、透明の液体が染みだしている。


 智香が何を言わんとしているのか、紅葉はすぐにわかった。

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