冬季大演習 Ⅳ
「第一分隊!右翼回れー!」
士官らしき男の、怒声にも似た命令声が戦場に響く。
男の戦闘服には、血こそ付いてはいないが赤や青のペンキがべっとりと付着してしまっている。
「なんとしてでも橋頭堡を維持しろ!ここが破られればそのまま食われるぞー!」
そして、その一方でまた別の女の怒声も木霊する。
敵味方識別のための赤い判別章を右の上腕につけるその子供は、まるで歴戦の将官かの様相で部下へと指揮を飛ばす。
「分隊長殿!もう長く持ちません!!」
兵らしき戦闘服を着た、これまた子供が、先程指揮を飛ばしていた士官らしき子供に意見する。
そしてそれを、
「弱音を吐くな!」
士官は一喝した。
しかし、士官━北野舞香もすでに戦線が崩壊しかけていることは理解している。
だが、ここを退く命令を出す訳にはいかないのだ。
もしここを退けば、今抑えている一個中隊が司令部に流れ込むことになる。
それだけは、なんとしてでも防がなければならない。
「分隊長殿!右翼部隊より連絡が…!!」
如何にこの局面を打開するかに脳のリソースを全て割きたいが、分隊長という役職上そんなことができるはずもない。
「なんだ!」
少しの苛立ちが混ざった声で、こちらに寄って来た連絡兵に問いただす。
「【右翼突破サレリ。御分隊ハ後退シ本隊ト合流サレタシ】以上です!」
クソ…!
錠前の方が先に逝ったか…!
そうなってしまうと、一番恐ろしいのはここの戦線が崩壊することではなく、包囲殲滅されることだ。
それを避けるには…?
……クソが!
「…!第一分隊!発煙弾を蒔けるだけ蒔いて後退!煙に紛れて後退せよ!」
「「「はっ!!!」」」
「副連隊長。現在の我が方の状況は?」
そして、場所は変わり、全線から少し離れた防衛側指揮所。
まあ、指揮所と言っても、仮設テントが三つばかり建てられているだけの質素なもので、居る人間も連隊長である自分と副連隊長である藤崎。
他に、通信員と指揮所護衛の任に就いている、西条茅都率いる第四分隊の十名がいるだけだ。
「は!正面を担当していた北野分隊が敗走。北野少尉以下栗林伍長、安井伍長、鈴木上等兵が本隊に合流すべく後退中であります」
「他部隊は?」
「右翼部隊の防御陣が崩壊し、こちらも本隊に合流すべく錠前少尉以下、龍井曹長、安藤上等兵が後退中です」
端的に言って戦況は絶望的だ。
なにせ、元々連隊など名ばかりで、戦闘に使える隊員は四十人程度しかいない部隊にも関わらず、三百六十等という馬鹿らしい数字を相手にしているのだ。
単純な戦力比でも九倍。
それに、相手は軍団内で選抜されたいわば精鋭兵の部隊。
先程言った、単純な数字では測りきれない部分も多い。
「…連隊対大隊の演習と言えばまだ聞こえはいいが、その実これは小隊対大隊だな」
「は。ですが、よくここまで上手くことが運んでいるものですね」
「…そうだな」
藤崎の言う通りだ。
確かに、戦況としては絶望的で負けてはいるが、本来、我々は特務連隊。
異能を操り、妖を斬るのが仕事なのだ。
そんな連隊が、異能を使わず帝国の主力陸戦兵力に奮戦している。
まあ、あくまで奮戦で勝っている訳では無いが、連隊の初陣としては上々だろう。
「柿崎伍長」
通信要員として派遣された、男に声を掛ける。
「は!」
「演習実行部に打電【我ガ連隊降伏セリ】送れ」
「了解致しました!」
さてと、報告書を纏めないとな。
トン、ツーという、モールス信号の音が響くテント内で、そう一人心のなかでごちるのだった。




