冬季大演習 Ⅰ
冬季大演習
読んで字の如く、冬に行われる演習である。
各県に置かれる軍団から、一師団を選抜し年に一度行われる大演習であり、帝による御閲兵や、陸軍大臣や参謀総長などの軍高官も一同に介すため、お付きの侍従や補佐官などの関係者等、多数の人間が開催地で宿泊することになる。
それ故、この大演習は軍事的行事としての面のみならず、地域産業の活性化にも大きな影響を及ぼすのだ。
そして、そこに集まる兵士も指揮官も一流ばかり。
陸軍の次代を担うと言われる、迫水恒見大佐を始め、「異才」と言われる新渡戸寛蔵中佐、「太公望」と謳われる戦略の天才、秋常和男中佐、「若き新鋭」との呼び声高い井上充少佐等名だたる佐官が指揮する部隊の数々は、そのどれもが帝国を支える神兵の軍団なのだ。
まあ、そんな中にたかだか半年程度訓練を積んだだけの、第一特務連隊を連れて行くことに少々不安は残るが、不思議と負ける気はしない。
それどころか、勝てる気しかしないのだ。
…成程。
子を持つ親というのも、きっとこんな気持なのだろうな。
「おお!貴様!久しぶりだな!」
冬季大演習の間、陸軍の将官が泊まる用の宿として借りられている旅館のエントランスに入ったときだった。
見知った男が、受付の直ぐ側に設置されたソファから立ち上がりそう声を掛けてくる。
「久しいな、清」
黒条清陸軍大佐。
陸士同期で、唯一無二の親友である彼は、今でこそ部隊指揮官という訳では無いが、陸軍省の軍務局局長を弱冠二七歳にして拝するれっきとしたエリート士官だ。
今でこそ、官僚として陸軍大臣を補佐する立場に身を置いているが、かつては部隊指揮官として堂々たる戦果を挙げ、一時「帝国陸軍のイスカンダル」とまで言わしめ、強気な外交姿勢な欧米諸国ですら、帝国との関係の改善を図ってきたほどだ。
しかし、何故大佐である清がこの場所にいるのだろうか?
少将以下の階級拝受者は、軍事機関での宿泊が義務付けられているはずだ。
すると、清が愉快なものを見るよう目を向けながら言う。
「なんで俺がここにいるんだ?って顔してるな」
なんだコイツ心でも読んでるのか?
黒条家の人間な時点で、そんな事ができても不思議ではないが…。
「それで?なんで貴様はここにいるんだ?」
黙っていてもしょうがないと思い、先程、清自身が発していた言葉のまま問う。
「お前を待ってたんだよ、夜叉人」
「俺を?」
なぜだか、先程までの巫山戯た雰囲気とは違う、少し強張ったような、軍人らしいとでも言うのだろうか?
そういう、雰囲気を纏って言う。
「陸軍大臣━渡良瀬直哉陸軍大将よりの命令で、夜叉人篤人陸軍大佐。貴官を連行する」
そう、言い放ったのだった。




