第一特務連隊 Ⅶ
「全官、演題に向かい傾注っ!!連隊長訓示!」
藤崎の、怒号にも似た叫び声が安原荘の玄関ホールに響き渡る。
以前とは違い、獰猛な獣のような瞳で連隊の構成員を捉えるその瞳は、まさに軍人そのものといった風に思える。
その上、きっちりと着られた軍服に、普段は付けていない参謀を示す金色の飾緒を左肩から垂らしているところからも、現在の藤崎の心持ちが伝わってくるように思える。
─この子供たちを立派な軍人に育て上げて見せる、と。
そして、そんな細かな変化からも、確かに今までとは雰囲気を感じ取っているものが新兵の中に数人。
連隊長補佐と、四人の分隊長たちだ。
その五人は、確証は無いようだが、藤崎の雰囲気の差異を認識し一様に強張った表情で傾注の姿勢を取っている。
他の隊員達も、この場の雰囲気からなんとなく読み取ったのか、どこか辛い面持ちだ。
演題に立ち、傾注の姿勢から休めの姿勢へと変えるように手で合図を出す。
お世辞にも、動きがあっているとは言えないが…まあ、訓練をしていない子供なら良いほうだろう。
全員が休めの姿勢へと変わったことを確認し、敬礼をしながら左から右へと視線を移す。
さて、
「皆、突然の召集にも関わらず、十五分という時間で集合してくれたこと心より感謝する」
ふ、十五分…か。
「全官、腕立て伏せ用意!」
そう、声を張り上げる
「へっ?」
どこからか、気の抜けたような返事が返ってきた。
だが、
「遅い!さっさと腕立て伏せの姿勢を取れ!」
次の瞬間に発せられた、藤崎の怒号でそんな声もかき消されてしまう。
その声を聞き、半数は迷いながらも腕立て伏せの体制を取ったようだ。
しかし、もう半分は今だ呆然とした風に立ち尽くしたままになってしまっている。
「貴様ら!腕伏せもわからんのか!」
隊員の一人に対して、藤崎が鬼のような形相で怒声を浴びせる。
「い、いえ!わかります!」
それに対して、怒声を浴びせられた隊員は、どこか不安げな様子で藤崎の問いに答える。
だが、
「声が小さい!」
またしても、藤崎の怒声が響く。
すでに、声を掛けられた隊員は涙目であり、館外であろうものなら確実に警察沙汰だ。
だが、ここは軍隊の宿舎内であり、れっきとした治外法権なのだ。
それ故、
「貴様、泣いていても答えにならんぞ!上官からの問いには腹から声を出して答えろ!」
どれだけ罵声を浴びせたとしても、(軍隊の)常識の範囲内なら、問題になることはない。
「ば、ばい゛!上官殿!」
嗚咽混じりの声が響く。
「よし!腕立て伏せ用意だ!!」
「ばい!上官殿!」
その光景を見ていた他の隊員達も慌てた表情で、腕立ての姿勢を取る。
「腕立て始め!一!」
「……」
隊員達が、黙ったまま苦悶の表情で身体を起こす。
それじゃ、いつまでたっても終わらないんだよな。
「一!!」
「!」
明らかに、隊員たちの表情が苦しいものから、焦ったようなものに変わる。
しかし、なおも声を出すものはいない。
「一!!!」
「……」
はあ…多分一生気づかないな。
「貴様ら!黙ったままじゃいつまで立っても終わらんぞ!」
六度目の一を迎え、ようやく藤崎がヒントを出す。
これで、恐らく何人かは気づけただろうから次で、一は終わりだな…。
そうして、七度目の一を迎えた時点でようやく隊員たちに、休めの姿勢へと戻るように命令がかかる。
「全隊員、安めの姿勢へ戻れ!」
「はい…!!」
全員、完全に疲労困憊といった様子だが、先程の隊員ことがあったからか、返事は大きなままを保てている。
「これに懲りたら、次からは召集が掛かり次第十分で身なりを整え集合することだ。わかったな?」
「はい!」
よし、少しは軍隊らしくなったな。
…だが、本当の訓練はこれからだ。
「さて諸君」
先程とうって変わり、できる限りの優しい声で諭すように言う。
「今夜は、月が綺麗だとは思わないか?」
「は…?」
「君たちもさぞ、今宵の満月を堪能したいことだろう。なあ?」
「は、はあ?」
「いってきたまえ」
「え?」
「さあ、これからマラソンの始まりだ」
その瞬間、玄関ホールの雰囲気は凍りついた。




