帝都内一斉決起 Ⅲ
「うわ…なんか悪寒が」
宮城付き武官官舎前の階段で私は段差に腰掛けながら、一人そんなことをごちる。
何か底から沸き上がるような悪寒がしたからだ。
こう、起こしてはいけない何かを起こしてしまったような、解いてはいけない封印を解いてしまったような感じの、ある種死の香りとでも言うのだろうか?そんな風な悪寒だ。
誰か、私のことを噂でもしているのかしら?
そんなことを一人考えていると、背後から聞き慣れた男の声がする。
「風邪か?」
最近よく着ていた紺色の海軍の軍装から、帯青茶褐色…いわゆる国防色と言われる色の陸軍の軍装に着替えた夜叉人中将だ。
なぜ、海軍ではなく陸軍の軍服を着ているかといえば、どうしてもまだ着慣れていない海軍の軍服では戦闘がし辛いから、と侍従武官の一人から無理を言って陸軍の軍服を借りたらしい。
私がこの官舎前にいたのも、この男の着替えを待っていたからだ。
さらに男は腰に剣帯を巻き、左脇にはサーベル式の軍刀を右腰には9ミリ口径のガバメントを一丁、そして背部に替えの弾倉を合計六包携えている。
まさに臨戦態勢と言うやつだ。
「いえ少し寒気がしただけです。それに、もしいま風邪だったとしても抜けるわけにはいきませんから」
そう、中将の服装から分かる通り、今からすることは反乱軍の鎮圧。
それも二千五百を超える大群を二人で相手取らなければならないのだ。
そんな状況でもし、私が抜けるようなことがあればそのすべてを夜叉人中将が相手しなければいけなくなってしまう。
「…そうはいっても体調に異常がある人間は足手まといになるぞ。もし本当に具合が悪いようならここで待ってろ」
優しい、なんとも私に刺さる視線を中将が私に向けながらそんなことを言ってくる。
本当に私はこの視線が…
「いえ、本当に大丈夫ですので」
…大事な作戦前に私情を持ち込むのは無しよね。
壁に掛けていた軍刀を再び剣帯に着剣し中将に視線を向ける。
─本当に私は大丈夫ですから。
そう、暗に伝えるためだ。
「…そうか」
納得いってないようだが、どうにか理解してくれたらしい。
まるでついてこいとでも言うように、先程まで私が座っていた段差を下り軒下の外へと出ていく。
「もう行くのか」
最初に入ってきた宮城と外界を隔てる門を出たときだ。
神崎閣下が物陰から現れ、物憂げな視線を私達へと向けながら声を掛けてきた。
多分、真面目な人だから私達を援護できないことを悔いておられるんだろうな。
「ええ、行ってまいります」
そんな閣下に対して夜叉人中将もその心情を察してか敬礼をしながら清々しそうに答える。
「すまんな、一緒に行ってやれんで」
「いえ、閣下がいらっしゃれば陛下の身を案ずることなく戦えるというものです。ですのでどうか、小官の代わりに陛下のこと宜しくお願い申し上げます」
随分、冗談めいたこと言うものだと思った。
陛下の側近である侍従長に陛下のことを頼む、とは。
だけど、夜叉人中将らしいとも思った。
その発言には、本来侍従長という立場上激怒してもおかしくはないはずだが、閣下はどちらかと言うと憑物が取れたような清々しい表情で答えた。
「君に言われんでもわかっているさ」
どこか、覚悟できたとでも言うようなそんな表情だった。




