出会いⅢ
「成程。お前…いえ貴方元軍属ね?」
先程まで、声に怒りだけを滲ませていた少女は、納得のいったような、落ち着いたような少しの笑みを含んだ声を発する。まるで、おもちゃでも手に入れた子供の目を伴った眼光を、僕の方へと向けて。
「いえいえ。私はあなた様のような立派な職業だったことなどありはしませんよ?」
顔に無理矢理張り付けた笑顔に似た何かを眼前に立つ少女へと向けながら、先程までと同様の噓くさい声を発する。
すると、少女は心底つまらなそうな表情を浮かべながら、傍に落ちていた軍刀を拾い上げ、慣れた手つきで腰に提げていた鞘へと納める。
「…はあ、まあいいわ。今日のところは見逃してあげる」
「ええ!その方がいいでしょう!…まあ」
少女に聞こえないくらい、それどころか懐にいたとしても聞こえないくらい小さい声で言う。
─答える気はありませんが。
底冷えするくらいに、冷たく色のない声。
もし、少女に…黒条にこの声が聞こえていれば、恐らく腰を抜かしてビビり散らかすだろうな。
「ふふふ…あはははは!貴方本当に面白いわ!!」
…は?なんでこいつ笑ってんだ??
思わず、面食らったような表情になる。
「私に対してそんな風に接したのは貴方で二人目よ!」
まさかコイツ、この距離で聞こえたのか?!
先程まで、優位だと思っていた立場が瞬時に逆転したのを感じる。
「あら?戦闘中に考え事?」
「!?」
懐から、どこまでも明るい、ある意味で狂気的な少女の声がした。
一瞬の動揺を突いての、ある意味での反攻の一撃。
あまりの瞬間的な出来事に、本能的に一歩退こうとするが、少女は「今度こそ本当に逃がさない」と言いながら右腕を掴んで、動きを封じる。
…どうやら、退路は断たれたらしい。
「はぁ」とわざとらしく、聞こえるように一つ溜息を吐く。
「わかりましたよ。お嬢さんの質問に答えて差し上げます」
その言葉を聞いて、少女は満足げな笑みを零す。
「では、改めて聞くわ。貴方は軍隊上がりの人間なのでしょう?」
「ええ。もとは、帝国陸軍に所属していました」
「ふーん」等と言いながら、少女は僕の顔を覗いて、不満げな表情を浮かべる。
「階級は?」
「お嬢さんと同じで、少将を拝命していました。というか、なんでそんなあからさまに不満そうなんです?」
すると少女は、そっぽを向いて「ふんっ」と唸る。
まあいいか、僕が気にすることじゃないし。
「それでは、質問にも答えましたしそろそろお暇させていただきます」
そう言うと、少女の視線がこちらへと向き直る。しかし、まだ機嫌は治っていないようで不満そうな表情はそのままだ。
「まだ何か?」
できる限り、刺激しないように最初と同じ優しく声を掛けてやる。
「名前を教えて」
あからさまに不満げな声だ。どうやら、何か少女のお気に召さない情報が混じっていたらしい。
あまり、自分の名前を、それも軍属だったことを知った人間には言いたくないのだが…しょうがないか。
「夜叉人篤人」
僕の名前を聞いた瞬間、少女の表情から不満げな色が消えた。それどころか、失くしていた物を見つけた本当の子供みたいに、嬉しいやら、達成感やら様々な感情を孕んだ表情へと変わった。
「そっか。貴方がそうなんだ。」
あまりにもか細く、注意して聞いていなくては聞こえない程に本当に小さな声。
「それでは失礼」
「え、ええ」
何故、あんな顔を俺に向けてきたのだろう。
最後の彼女の表情が、頭の中で反芻し続けている。
まあ、もう会うこともないだろう。気にしてもしょうがないか…
そう結論づけて、橋の先にある依頼主の家へと急いだ。
これが、僕と彼女の出会い。
これから、永遠とも思えるほどに永い時を過ごす二人の出会いだったのだ。