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死なずの君に送る歌  作者: 琴乃葉楓
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悪魔は嘲笑うⅥ

宮中、それは維新の後に前政権の城の上に建てられた絶対不可侵、神聖な領域のこと。

帝と皇后、その親類の住まう住居であり、最終的な国家の法律、軍事、外交の方針決定が行われる場でもある。

そして、そのすべての最終的決定を持つ御方こそ、現国家元首にして先祖に神を持つ数千年続く王朝の主、帝その人なのだ。


「宮中は…冷めてますね」

閑散とした庭園を軒下から眺めながら、数歩先を行く閣下に対して話しかける。

「まあ、先帝がお隠れになって日も経つしな。ある程度落ち着きを取り戻したからこそのこの現状だろう。普段どおりに戻ったとでも言うべきだろうよ」

「それにしてもですよ。先帝陛下の時代であれば、平時であってもどこかしらからは話し声が聞こえたものです。ですが今の皇居からは話し声は疎か、物音すらもほとんどしません。いっそのこと不気味ですらあります」

皇居の敷地に入ってから、人影どころか話し声の一つすら聞いていない。

いくら宮中の門が狭いと言っても、明らかに現在の状況は異常だ。

それほどまでに、現帝の求心力が低いのか、それとも…


「…現帝陛下はまだまだお若い。本来なら、お父上や講師から帝国の統治のあり方を教わり始める程度の年齢なのだ。それをいきなり帝の地位など…身中お察し申し上げる」

「…先帝陛下が偉大すぎた、と言わざる負えないわけですか」

「ああ。先帝…六仁様は若くして帝国の旗印となられ、維新をなされた。それも十六の時だ」

「…本当に、それと比べられるのは酷という他ありませんね」


門を抜けてから、十分程度歩いた末に、ようやく陛下のいるらしい部屋の前についた。

藤色の下地に、黒い縁取りのなされた大襖で閉じられた部屋だ。

両の襖共に、金色の菊の御紋が大きく描かれ、威圧感を感じさせるそこは、たしかに陛下が御わすに相応しい場所だろう。

「陛下、神崎宮内大臣閣下、夜叉人海軍中将閣下、黒条海軍少将閣下がいらっしゃいました」

部屋の前に立っていた侍従と思しき男が、部屋の中にいるであろうその人に声をかける。


『うむ。入れ』

仰々しく、スーッと大襖が開かれる。

部屋の外見から、内装は和室を想像していたのだが、目前に畳はなく、あるのは大理石と低い装飾階段の上に豪奢な椅子…玉座とでも言うべきだろうか?その上に、小さな人影が一つ。

肩には、見合わないほどに大きなエポレットを身に着け、左肩から右肋にかけて皇室を象徴する藤色の大綬を佩よう()()()()()

そう、この場に、我々より先におられる時点で、このお方の正体は明白だ。

「失礼いたします。陛下、夜叉人海軍中将と黒条海軍少将をお連れいたしました」

第123代帝 善仁陛下の御前に僕達は立った。


「この度、陛下よりのご参内せよとの大命に従い、夜叉人篤人参りました」

初めに、国軍中将を拝命する僕が挨拶。

「同じく大命に従い参りました、黒条綾音でございます」

そして、この場で最も下位者の黒条が挨拶を返し、

「「「我が帝国の皇に、ご挨拶申し上げます」」」

最後に、全員で決まった文言を言う。

それに対して、帝が堂々たる返事を返す。

そこまでが、古くから帝に対して行う普通の()()なのだ。


「うむ。立ち話もなんだ、そこにかけ給え」

現帝陛下も、例に違わず堂々たる返事を返される。

「「「はっ!失礼いたします」」」

全員が着座したことを確認すると、落ち着いた声音で陛下が話し始めた。

「まずは朕が召集によく応じてくれた。貴卿等の忠節、誠に嬉しく思う」

「何をおっしゃられますか陛下。我等は陛下が臣民。一度御召集いただければ、喜び勇しんで御身が元に集結いたします」

陛下の労いの言葉に対して、朗らかな表情で閣下が返答を返す。

「そうか。…早速ではあるが本題に入ろう。といっても、もう神崎から概要は聞いているな?夜叉人」

「はっ!陛下が、陸相渡良瀬直哉に対して不信感を抱いておられると」

「ああ。我が帝国は、先帝が維新を行ってから一貫して立憲君主制の国家である。本来であれば、朕も君臨すれども統治せずの原則を守り、政治、軍事、外交には口を出すべきではないだろう。…であるが、陸相は己が職権の範疇を大きく逸脱し、あろうことか我が皇室の権利を侵さんとしている。これは、皇室のみならず、朕を神として存する国家国民に対する反感である。そもなれば、陸相を今の地位につけたままにはしておけん」

陛下は、まるで怒れる烈火のような形相で、激しく言葉を紡ぐ。

その表情には、見た目とは裏腹に幼さはなく、国家元首たる責任感と、権威とを両立して纏うまさに絵に書いてお手本というべき帝の姿が存在していた。


しかし、

「恐れながら陛下。陸相閣下が帝の地位を侵さんとしているとのことですが、実情はいかなるものでしょうか?」

重要な部分が、この帝の…陛下の言葉には含まれていない。

別に、陸相の味方をするわけではないが、そこがはっきりしていないようでは陸相を解任に追い込むことはできないだろう。

「夜叉人中将。貴殿は真の皇軍なる存在を聞いたことはあるか?」

「真の皇軍ですか?」

皇軍というのは、この国の軍隊を示す言葉であり、帝の別名である天皇と言う言葉と、その天皇が率いる軍隊というところからできた造語のことだ。

つまり、陛下が率いる軍隊こそが真の皇軍なわけだが…

「どうやら、渡良瀬陸相は自分こそが真の天皇であると吹聴して回っているらしい。そして、それを信じる将校らが自分たちこそ真の皇軍であると陸軍内部を洗脳して回っているとのことだ」

「それは大分…」

話が飛躍しすぎている。

確かに、陸相は頭がおかしいところもあるが、基本的には保守的で皇室に対しても忠誠心が厚い。

そんな人間が、果たして大きな変革を、それも自分を中心としたものを起こしたがるだろうか?


「私とて、聞きしただけの情報を鵜呑みにしたわけではない。だが…」

そこで、唐突に勢いよく襖が開かれ、先程、帝に襖越しにお伺いを立てた侍従が入ってきた。

本来なら、帝の話を遮るのは不敬罪だが、その表情は危機感と焦燥に駆られていて、帝も神崎閣下も注意することなく話を促す。

「どうした?」

「お話のところ申し訳ありません!至急、お伝えしたいことがございまして…」

「良い。言ってみよ」

「はっ!渡良瀬直哉陸将閣下が、帝都にて陸軍青年将校とともに一斉決起したと…!」

一斉決起…その言葉を聞いた瞬間、場の空気が一気に燃え上がる。

「何ということだ!帝都憲兵隊は何をしておる!?」

最初に、神崎閣下が怒鳴るような大声を上げ吠える。

「それが、憲兵隊の一部も決起に賛同したらしく、すでに政府高官や軍上層部の方々も数人が殺害・捕縛されているとの報告が…」

「殺害だと!?誰だ!誰がやられた!」

「それも情報が錯綜しており…」

「くっ…、話をしている最中に最悪の結末が訪れるとは…」

部屋に、帝の苦渋を飲んだ重い声が響く。

こうなると、ここで話し合いをしても意味はないな。

そう思い、立って帝に向かい自分の意志を伝える。

「我々が、賊軍の制圧に向かいます。ですのでどうか、陛下は近衛兵隊の藤崎少佐のところへ。彼女であれば、己が命に変えても陛下が御身を守るはずです」

僕の言葉に、帝は一考する素振りを見せた。

「…わかった。夜叉人海軍中将、貴官に賊軍の討伐を命じる」

帝らしい威厳のある声で、征伐を命じられる。

「はっ!我が身に変えても、必ずや討ち果たしてまいります!」

そう言って、黒条と帝の御前を離れたのだった。

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