悪魔は嘲笑うⅤ
「ご無沙汰しております。神崎閣下」
人の良さそうなその老人は、優しい微笑みを浮かべたまま愛想よく言う。
「っふ、君の武勇は私や陛下の耳にも届いているよ。なんでもあの【海の覇者】と並び称される存在だと」
「いえいえ、私は赤真宮閣下の足元にも及びません」
そんなわけがない、素直にそう思った。
僕風情が、あの赤真宮に並べるわけがない。
実際に、海軍に入るか否かを決める模擬戦で、僕は完膚なきまでにあの元帥に負けたのだ。
しかし、老人は先程までと同じ、宥和な笑みを浮かべながらもはっきりと断言して言う。
「いや、足元くらいには及んでいるさ。というか、人類であの化け物と戦って生き残っている時点で君も化け物だ」
それは、まるで心を読んでしたかのような返答だった。
否、したかなようなではなく、実際にしたのだ。
対象の相手の深層意識に己が妖力を送り込み、意識的思考と無意識的思考の両方を読み取ってしまう恐ろしい能力。
それこそが、帝之懐刀十二振リを纏める神崎家の異能。
帝国最高峰の異能家を纏めるに足る力なのだ。
「閣下、お話はその程度に…。夜叉人海軍中将殿、黒条海軍少将殿この先で陛下がお待ちです。どうぞお早くお進みください」
他愛もない会話を数分程した後、神崎閣下の後ろで控えていた侍従長が、僕と閣下の間に割って入り、先を急ぐように言った。
「そうでしたな。…夜叉神くん、肩の力を抜け。そう怯えなくても、陛下は君に対してはお怒りではない」
…どうやら、無意識のうちに肩に力が入ってしまっていたらしい。
僕の肩を二度ポンポンと叩き、優しい口調で諭すように言う。
だが、その閣下の発言で一つ、気になったことがある。
「君に対して、ということは他の誰かにはお怒りということでしょうか?」
先程まで、沈黙を貫いていた黒条が言う。
そう、さっきの閣下の言い方だとそういうことだ。
僕と黒条のことは怒っていないが、他の誰かに対しては怒りを抱いている。
そしてここで問題なのは、どこの誰に対して陛下が怒りを抱いているかだ。
「…陛下は、陸相に対して不信感を抱いておられる」
「なっ…!」
ことは思っていたよりも、随分深刻らしい。
国軍のトップである帝が、陸軍トップの陸相に不信感を抱いている。
それは相当にまずいことなのだ。
国軍の統帥権、すなわち最終的な命令権は陛下が持っているが、陸軍内部、特に若い青年将校からからの支持は陸相のほうが上。
そんな現状でもし、陛下が陸相に不信感を抱いているなどという情報が、血気盛んな青年将校に伝われば…
「最悪、帝都で軍事クーデターが起きかねんな」
「成程、だから私達を助けるような真似をしたんですか」
…ああ、そういうことか。
黒条の言葉で、ようやく合点がいった。
「お上の御定というのは、我々を助けるというものではなく、我々を助けろという命令ってわけですか」
確かに、藤崎があの酒場に来るタイミングが丁度良かった。
いや、丁度良すぎた。
あれではまるで、あの場で騒ぎが起きることを知っていたうえで、タイミングを見計らって入ってきたような、そんな速さだった。
「ああ。お上としては十二家の戦力、特に武闘派の、君達の家と赤真宮家と千鶴宮はこちらの陣営に抱きかかえたかったのだろう」
「結果的に助けた形になっただけということですか。」
「まあ、恩を売っておいたほうが信頼しやすいという思惑もあるんだろうがな」
閣下はそう言うと、宮中と外界を隔てる大門を開け、その先へと歩みを進み始める。
「まあ、泣き言も恨み言も陛下に直接言い給え。私は聞かん」
閣下の軽い責任逃れを聞きながら、僕と黒条は宮中へと足を踏み入れた。
最後までお読みくださりありがとうございます!作者の琴乃葉楓です!
早いもので、前回の投稿から一ヶ月もスパンが空いてしまいました。
ですが、その間にある程度本作の着地点も決まり、見通しを立てた計画をさせて頂いておりました。
ですので今後は以前と同様に、三日に一話のペースで投稿させて頂きます。
よろしくお願いいたします。




