閑話 少女の思いⅡ
黒条家
帝之懐刀十二振リの内の一家であり、異能が認知される以前から帝を守ってきた武士の一族。
武士という身分が無くなった現在でも、多くの軍人を輩出している名家であり、帝からの信頼の厚い家。
政界や財閥からも一目置かれ、他の主権が入り込むことのない唯一無二の十二家。
そして、そんな家の当主が私の兄、黒条清だった。
若くして陸軍少将を拝命し、一時は海の覇者と並んでその名を轟かせた我が国の誇る英雄。
だけど、そんな兄はもういない。
あの大戦で死んだ。死んでしまった。
帝国随一の異能者だった兄は、一人の異能者を殺すために自身の命を犠牲にした。
直属の上官を名乗る男から聞いた話だが、その最後は帝国軍人として、それは大層立派な最後だったそうだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
私の中で重要なのは、兄が戻ってこなかったこと。
兄の最後を自分の目で、見初められなかったことだけ。
それだけが、永遠と頭の中で反芻し、残り続ける。
そうして、ようやく気づいたのだ。
兄も人間だったのだ、と。
どれだけ優秀で、どれだけ人間離れしていようと、兄は人間でとても非力だった。
そんな当然のことに、兄が死んでから気づいたのだ。
ああ、本当に自分という人間が許せない。
できることなら、今すぐにでも喉元を掻っ切って死んでしまいたい。
けれど、私は死ねなかった。
死にたくとも、兄の遺書を読んでしまった私は、その選択を行うことができなかった。
父と母、そして私に向けて、一通ずつあったその紙にはただ一言、【死ぬな!!!!!】という書き殴ったような文字が書かれていた。
それを読んだときに、私は悟った。
私は、自分の手で自分を殺めることができない。
殺めることが出来なくなってしまったのだ。
本当に、執着心というのは恐ろしいものね。
だから、私は自分の手では死ねない。
そう、自分の手によって死ぬことは出来ないのなら、誰かの手で、私を殺してもらおう!
そう思いついてからは早かった。
まずは兄と同じ陸軍の人間の調査を行い、自分を殺してくれそうな人間を探した。
せめて、兄と同じ環境にいた人に、私の最後を見て欲しかったから。
…そんな中で、私は貴方という存在を認識した。
初めは、ただの興味心からだった。
どれだけ、調査を行っても、経歴は疎か、名前すらもしれない人物。
それも、兄が死んだ後すぐに、退官を希望した将官。
何故だろうか?その時、私は直感的に、この人が私の事を殺すのだと確信した。
根拠もなく、理由もない。ただの本当に直感的に。
私はこの人に殺される、殺してもらえる。そう思ったのだ
そうして、彼という存在を認識してから一年後のあの日、私はあなたと出会った。
幼少期からあこがれを抱いていた貴方に。
初めは嬉しかった。
兄と同じ軍人であり、最も近くにいた存在。
そして、私の中の英雄。
けれど、貴方を知っていくうちに、周囲にたくさんの女性の存在があることを知った。
自分が神聖視して、近づけなかった存在に平気な顔をして近づいている存在がいること。
それに、何とも言えない、あえて表現するとするならば、嫉妬とでもいうのだろうか?
そういう感情を持つようになった。
だけど、恋をしているわけでもない私が、貴方にこんな感情を抱くなんてお門違いでしょうね。
…いや、違うな。うん、きっと違う。
そう、私は彼の事が好きだ。
この国で、この世界で、私が一番彼を好いている。
その自信が私にはある。
だから、私は、彼に本当の名前を告げてしまった。
その決断に、後悔がなかったといえば嘘になる。
それに、もう少し黒城綾という人間として、彼の傍に立っていたかったような気もする。
けれど、これでいい。
元から、いや、本来はこうなるべきだったのだ。
そう、今までは、黒城と彼の物語だった。
だから、真の名前を告げた今、今度は黒条と夜叉人の物語になったのだ。
…ここから始まる。
終わりと言い換えてもいい。
私と彼の、終わりを目前に控えた、儚い夢物語だ。




