酒屋にて、真実は語られるⅣ
゛異能を使った。゛
その言葉を発した瞬間、元帥と千鶴宮中将の表情が厳しいものへと変わった。
まるで、法を犯した可能性のある容疑者に対して向けるような、冷えた目線だ
「…お上の御裁可は賜ったのか?」
普段のおどけたような声でもなく、部下の前で見せる威厳のある声とも違う、窘めるような声音で言う。
その光景に、周囲で騒がしく酒を飲んでいた数人の男たちが、一気に静まる。
「…賜っていません」
元帥の視線が、さらに冷える。
底冷えするほどに冷たく、目の前に熊でもいるかのように、濃厚に死の香りが辺りに漂う。
「貴官は…いや、お前はその言葉の意味を理解しているのか?」
これほどに元帥が怒る理由。
それはもちろん、異能の無断使用を犯したからだ。
しかし、本来異能は、余程の事をしない限り、無断使用で処罰されることはない。
だが、僕や元帥、千鶴宮中将といった帝之懐刀十二振リと呼ばれる、十二の異能持ちの家の固有異能は違う。
元来、異能の家は、この帝国が帝国になる以前から帝に仕え、国の繁栄のため尽力してきた。
だからこそ、異能の家は民と密着し、信頼され、信仰の対象となった。
それでも、異能を…特別な力を持つ者と言えども、所詮は人格であり、人間だ。
己が欲求の為、不当に力を振るい、利を得ようとするものがこの先現れないとも限らない。
そう考えた時の実力者、現在の十二家の当主たちが話し合い、実力のある十二家が互いに監視しあい、それ以外の家がそれぞれの派閥に付き、他家派閥の監視を行う。
そして、力の強い十二家の各家固有の異能は、主人である帝が許可を出した時にのみ使用が認められることとしたのだ。
だからこそ、お上の許可していない固有異能の使用は、他十一家は疎か、全ての異能持ちの家を敵に回す行為となる。
だが。
「理解しています。ですが、あの時はそれが必要であると確信いたしました」
言葉を発した刹那、光と見紛う速度で首元に軍刀が伝う。
「夜叉人篤人。貴様は、たかだか一人の異国の人間を救うために、数百年の間守られ続けていた掟を破ったのか?」
確実に首を切り落とさんと振られた刃は、寸でのところで、千鶴宮中将が元帥の手首を押さえたことで、首を落とすことなく止まった。
逆に言えば、千鶴宮中将が止めなければ、僕の首は、元帥の軍刀によって切り落とされていただろう。
「お言葉ですが、たかだか一人の異国の人間ではありません。大事な同盟国の国民です」
「そんな話をしているのではない」
まさに、鬼の様な形相で赤真宮元帥が言う。
その感情は、まさに激情。
このままでは、恐らく数分と経たない内に、元帥によって切り殺されることだろう。
どうするべきか。
「黒条、【鎮静】」
「了解」
二人の女性の声。
周囲の客の喧騒によって、聞こえ辛くはあったが、確かに聞こえた。
「【鎮静】」
一滴の水音。
まるで、水面に雫が一滴垂れたようなポチャンっという音。
そして、その音と同時に、元帥の身体がまるで糸の切れた人形の様に、地面に倒れ伏す。
精神操作を行う異能のうちの一つ、【鎮静】だ。
しかし、ソレは
「夜叉人、さっきのは君が…」
千鶴宮中将が何か言っているが、今は何も聞こえない。
ソレは、その技は、
「そう、今は亡き兄の生み出した術です」
黒城の声だ。
だが、そんなわけがない。
何故なら、その異能はアイツしか、あの二人しか、
「今まで、隠していて申し訳ありません、夜叉人中将閣下。黒条清の妹、黒条綾音です」
酒屋にて、真実は語られた。




