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死なずの君に送る歌  作者: 琴乃葉楓
19/48

酒屋にて、真実は語られるⅡ

「元帥閣下。少々用事ができましたので、本日の食事は…」

無しということで、そう言おうとした瞬間、元帥が自身の耳に人差し指を向ける。

そこには、何故か右耳だけに着けられたイヤリング。

「すまんな、中将。話聞いてた」

は?

「は?…いやどうやって」


そうだ!いかに元帥であっても、複数枚の壁を隔てた場所で、それも話し声程度の小さい会話聞き取れるわけがない!はず…。

「このイヤリングな、千鶴宮に作ってもらった特注品で使用者に【地獄耳】を擬似的に与える効果が成されているんだ」

な…

【地獄耳】というのは、先程から千鶴宮と呼ばれている女性の持つ固有の異能。

遠くでされた会話や落下音であっても、直径十キロメートルほどの距離であるなら、聞こえてしまうという超人的な能力。それも範囲の調整も細かく行え、聞こえるか否かも任意で決められるため弊害も少ない。


そんな、驚異的な能力を千鶴宮中将以外が持っていること、それも、この元帥(化け物)が持ているというのはただ恐怖でしかない。

そして、さらに追い打ちをかけるように、黒城が満面の笑みでいう。

「既に千鶴宮閣下が外で待機しておられます」

成程。どうやら、逃げ道はないらしい。

そうして、二人に引きずられる形で、()は陸軍省を出たのだった。


「お久しぶりだね、夜叉人?」

黒城とは比較にならない、ただ恐ろしく、悪魔のような笑顔を浮かべた女性。

その声音は明るく、一見、怒りなどという感情を持っていないようにすら見えるが、その女性は確かに抑えようのない怒りを抱いている。というか、目が一切笑っていなくて普通に怖い。

「ご…ご無沙汰しております、千鶴宮閣下」

「あら?今はあなたも()()中将でしょ?タメでいいし敬称もいらないよ。夜叉人()()中将」

海軍、の語感が異常なまでに強い。それに、語気からして怒りが滲み出ている。怖い。


「まあまあ千鶴宮。その程度にしてやってくれ」

そこでようやく、元帥が助け舟を出してくれた。

諫めるように、僕と千鶴宮中将の間へと入り、何故か頭をなでだす。

「…貴方がそう言うなら従ってあげる」

そして、なでられた張本人である千鶴宮も満更でもない表情でなでられている。

その姿は、元帥と千鶴宮中将の身長差も相まって、まるで飼い猫と飼い主の様だ。


()()()で仲が良いのは結構ですが、そろそろ移動しませんか?食事もしていないのに胸焼けしそうです」

額を、怒りか羞恥で赤く染めながら、痺れを切らしたように黒城が言う。

うん?というか、

「お二人共随分と仲がよろしいなとは思っていましたが、ご結婚なされていたのですか…」

以前あった時から、随分と距離が近くなっているし、元帥の千鶴宮中将への呼び方が変わっていたから、確かに違和感というか不思議に感じていたのだ。

しかし、まさか結婚までいっているとは…


「ええ!?夜叉人閣下知らなかったんですか!?」

心底驚いたというように、黒城が叫ぶ。

いやいや、伝えられてないしわかるわけないだろ。

「あれ?私確か結婚式の招待状送ったよね?」

うち(赤真宮家)も送ったと思うぞ」

ん?

「いやいや…、流石にそんな重要な手紙来たら忘れるわけですし、見ないわけもな…あ」

「「「ん?」」」

何かを思い出した時に出る声が、僕の口から出た瞬間、この場にいる三人の目線が僕へと向く。


「…お二方がご成婚成されたのって、もしかして一年前のちょうど今の時期だったりします?」

やばい。

もしそうなら、その手紙読んでない。

いやいやそんなわけない。頼む違ってくれ。郵送業者のミスであれ。

しかし、そんな僕の期待を裏切るように、元帥の返した答えは、

「そう…だな。ちょうど去年の今頃だ」

あ、終わった。


〜一年前の6月〜

「陸相閣下。どうか辞表をお受け取り下さい」

春の暖かい日差しから、夏の蒸し暑い空気が顔を出し始めた六月の初旬。

四年近く続いていた戦争が終結し、数か月前まではそこら中で感じた張り詰めた空気感はなりを潜め、どこか気の抜けたような雰囲気を感じる陸軍省で、僕は上官に辞表を提出しようとしていた。

というか、提出した。三度ほど。


しかし、何度提出しても棄却されたため、しょうがなく、陸軍の人事を司る陸軍大臣に直訴するため、その日陸軍省に行ったのだ。

流石に、直接面と向かって願い出れば、そう簡単に棄却されることはないだろう…と高をくくっていたのだが、結果は棄却。

それどころか、直接陸軍大臣と面会することすら拒否され、応接室で結果だけ告げられる始末。


だが、そこで引き下がる僕ではなかった。

手始めに、結果を告げに来た士官をおd…お話をして、平和的に陸軍大臣の居場所を聞き出し、直談判をしに行った。

「なぜ、そんなにも貴官は陸軍を辞めたい」

陸軍省の執務室。紅い絨毯が敷かれ、黒い木目調の木製の壁。そして、左右対称的に設置された物置棚兼本棚が計六つ。

陸軍省の中で、最も金の掛かったその部屋で、僕は陸相と相対していた。


「…自分で言うのも可笑しな話ではありますが、英雄的な活躍をした、生きているにも関わらず軍神とまで言われるような人間が軍隊に存在すれば、()()()()()()を履き違えた人間が出てこないとも限りません」

「つまり貴官は、今後の我が帝国における軍隊のあり方を気にしていると?」

陸相の顔には、不審の色が写り、僕の言葉を信じている様子は一ミリたりともない。

「具体的に申し上げるのであれば、軍人が政治に介入する、軍人が政治家になり替わるような可能性があるということです」


「だがそれは、貴官が辞めても変わらないのではないか?」

そう、陸相の意見は尤もだ。

僕が辞めたところで、軍部の肥大化は収まるどころか、日に日に増していくだろう。

だが、

「確かに閣下の仰られている通り、小官が辞めたとしても結果的には変らないかもしれません。最終的には軍人の政権が立つかもしれません。軍人が国家の舵取りをすることになるやもしれません。ですが、多少なりとも問題を()()()に出来る。軍人が政治に介入しない方法を模索する時間が取れるのです」

僕が今職を辞せば、今を生きる人々を生かすための方法を練る時間が得られる。


「だから辞めると?国家の為に、自身の栄誉も、名声も、職すらも捨てると?」

まるで狂人でも見るかのような目で、陸相が僕の顔を見つめてくる。

だが、それが僕の出した答えであり、アイツ(黒条)の望みだ。

「ええ。軍人の仕事は国家の為に死ぬことです。私一人の…今までの被害を鑑みればあまりに多すぎる犠牲でしょうが、それでも、今自分一人の犠牲でもって今を生きる全ての帝国国民を本当の意味で生かすことができるのなら安いものです」

僕と陸相の間に、重く冷たい空気が流れる。

陸相は僕の事を睨むように、けれども、どこか納得したような目を向け、僕もその目線から瞳を離すことなく捉える。


そうして、静粛に包まれた時間が五分ほど経過しようとした時、唐突に、陸相が肩の力を抜いて、座っていた椅子の背もたれに深く寄りかかる。

「…わかった。貴官の退官を許可する」

何とも理解のいっていない、不満げな声音で陸相が言う。

どうやら、何とかご納得いただけたらしい。

「感謝申し上げます。陸相閣下」

作り笑いを浮かべながら、一応、陸相に向かって感謝を述べておく。


しかし、陸相は僕の思考を読んだように、憎々しげに僕の事を睨み、小さく言葉を漏らす。

「…正直な私の意見としては、貴官は退官させるのではなく予備役にでも編入してしまいたいんだがな」

恐らく、陸相としてではなく、一軍人としての意見だろう。

だが、

「それでも結構ですが?」

確実にこの男はソレをしないだろう。

「性格が悪いな、少将。…自主的に退官したなら、そういうこともあるかと国民も受け入れるだろうがな。予備役に編入した何て発表すれば、どんな発表の方法をとったとしても、英雄を嫌った陸相が無理矢理に編入した何て言われかねん。私はまだ死にたくないのでね。貴官の思惑に乗ってやろう」

やっぱりな。

「そうですか」


そう、この男は僕を予備役編入することができない。

そんなことをすれば、英雄を虐げたと国民から反感を買い、良くて陸相を辞任。最悪の場合、暴走した国民に殺されるだろうからな。


つまるところを言えば、陸相の取れる選択肢はもとから二つに一つだったのだ。

一つは、僕の訴えを無視し続けること。だが、それは陸軍大臣としての職務上ほぼ不可能。

そうすると、自ずと答えは僕の訴えを認めることのみ。


「まったく。大戦が終わってただでさえ人手が足りていないというのに…」

「ご迷惑をおかけします」

内心の笑みを押しつぶし、心底申し訳なさげな声で言う。

「思ってもいないことを良くもそうスラスラと」

しかし、隠しきれていなかったようで、なおも陸相が僕の顔を睨む。


「まったく。…ああそうだ、辞める前にこれを片付けておいてくれ」

そういって、机の上に作られた書類の束から一枚の紙を取り出し、こちらへと差し出してくる。

「外交上特使…ですか?」

差し出された紙には、一番上に外交上特使任命状と書かれ、つらつらと幾つかの文言が並べられている。

「ああ。もうやめるとはいえ、一応は英雄なんて大層な名前をもらったんだ。一度くらいは公的な場に出ておけ」


まあ、陸相としては当然の言い分か。

「場所は何処です?」

「ウェストランド帝国だ」

「っは?!」

「では、明後日に西条港から船が出るから、そこで他の外交官たちと落ち合ってくれ。それでは」

そういって席を立つと、とても五十代とは思えない速さで、ドアへと向かっていく。

「いやっ、ちょっと待っ…」

ガチャ

一切聞く耳を持つことなく、陸相は部屋の外へと消えてしまったのだった。

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