酒屋にて、真実は語られる
「それでは、我々はこれにて失礼致す」
椅子から立ち上がりながら、元帥が言う。
「もうお帰りですか」
「ああ。無作法であることは重々承知であるが、我々が居ては話しずらい議題もあろう」
少し、笑みを纏ったようなその声は、口調も相まって、友人に話しかける子供のようだ。
もしかして、この二人実は仲いいのか?
その考えが一瞬頭を横切ったが、思い違いだったと思いなおす。
そもそも、話している最中に陸相が元帥に向けた視線は、友人という存在に向ける視線ではなかったし、例外を除いて、陸の人間と海の人間が相容れることはない。
「…了解いたしました。ですが、少々、そちらにいらっしゃる海軍中将と御話させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ」
元帥の顔が、一瞬強張ったように感じたが、すぐに外面の笑みに変わり、同意の意を示す。
さて、何を言われるのだろうか?
「さて、夜叉人。私がここに、貴官だけを残した理由は分かっているか?」
そう、先程の会話の後、元帥や黒城、そして陸軍の士官たちも、別室に移動させるよう陸相が願い出たのだ。
当然、幾人かの陸軍士官が反発したものの、結果的には元帥が了承したことで、渋々といった風にこの部屋にいた、陸相と僕以外の人間が退室した。
「…陸軍を辞め、海軍に転入したことでしょうか」
重苦しい口調で、陸相の問いに対して答える。
しかし、僕の答えを聞いた陸相は、先程よりも幾分か和らいだ表情で言葉を返す。
「いやそれは良い。貴官が辞めたことで、結果的に軍の人事を大幅に見直すことができ、個として最強の戦力を集団ではなく、分散して扱うことができるようになった」
てっきり、陸軍を辞め海軍に転入したことを糾弾されるものとばかり考えていたが、目の前に座る陸相に、そんなつもりは欠片もないらしい。
「私が貴官をここに呼んだのは他でもない。今は亡き、黒条少将についてだ」
黒条。久しく聞いていなかったその苗字に、胸が、心が高鳴ったのを感じる。
しかし、
「…閣下。恐れながら、黒条閣下は生前のご活躍と先の大戦での武勲を加味し、死後の二階級特進で陸軍大将へと昇進なされました。ですので、陸相であらせられる閣下であっても、黒条大将とお呼びになられたほうがよいかと」
こいつは、友の…戦友の功績を忘れやがったのか?
心に宿った殺意を必死に抑えるように、被っている軍帽を深く被りなおす。
「そう…だな。その、黒条大将の事なのだが、実は何者かの手によって大将の遺体が持ち出されたらしい」
気圧された様な陸相の声。しかし、今はそんなこと、陸相の喋り方などどうでもいい。
「我らが英雄の遺体を持ち出された…?」
黒条の遺体が陸軍省内に保管されていたことは知っていた。二階級特進で大将に昇進など、異例中の異例だ。そのため、国葬とまではいかないまでも、大規模な葬儀兼昇進式を執り行う予定で、その式が行われるまでは陸軍省の地下に保管される予定だったのだ。
そして同時に理解した。
成程、こいつの話というのは、
「黒条大将の遺体を盗んだ犯人の捜索ですか」
「…っ!ああ…。帝都周辺に駐屯している部隊に捜索させてはいるが、どうやら相手は君や元帥と同じ異能使いらしくてな、手掛かりの一つも見つかっていないのが現状だ」
「…閣下」
鋭く、研ぎ澄まされた刀のような目で、眼前にいる陸相を睨む。
「その仕事は、陸軍少将に対しての依頼でしょうか?それとも海軍中将に対してでしょうか?」
一部の人間にしかわからない、聞く人間によっては、二つの選択肢の中から、どちらかを選んでしまうような問いかけをする。
そして、その問いを投げかけられた陸相の出した答えは、
「…夜叉に対して依頼しておる」
そう、提示されていない三つ目の答えにして、唯一の正解だった。
しかし、正解を導き出したはずの陸相の発した声は、先程までの迫力はなく、ただ恐怖の色のみが映る。
「了解いたしました。仕事道具をお貸しいただきたく」
さて、今僕は─俺はどんな顔をしているのだろうか?
「ああ。貴官の元々使っていた部屋に置いたままになっているから持っていけ」
先程よりも、陸相の顔に恐怖の色が濃くなる。
そして、それを隠すように徐々に早くなっていく陸相の言葉。
「それでは、失礼いたします」
ああ、本当に久しぶりだ、
「…うむ」
陸相に一礼して部屋を後にする。
こんなに、憎悪を持って任務に従事するのは。
「本当に宜しかったのですか?陸相閣下」
夜叉人がこの部屋を去った後、入れ替わりに入ってきた男─石橋少将が、不意に言葉を漏らす。
「何がだ?」
何となく、少将の言いたいことは分かったが、一応問うてみる。
「あの男に、夜叉人に本案件を担当させたことです」
…やはりそのことか。
普段から仏頂面で、あまり感情を出さない彼だが、今はその顔をひどくしかめている。
「少将。君は、あの男をどう思う?」
まるで言っている言葉の意味が分からないといった風に、しかめていた顔の眉間にさらにしわを寄せる。
「なに、そんなに難しく考えることはない。君の主観で、あの男についてどう思うか、それを答えてほしいだけなのだ」
はあ、という小さい相槌とも、ため息ともとれる答えをすると、一瞬考えたような素振りを見せて、すぐに視線を私へと戻す。
「…私の主観ですと、夜叉人には理想主義的な、理想を掲げ、それに沿った行動を行なう、理想家という風な印象を受けます」
アイディアリズム…か。
「成程。理想を掲げ、その理想に沿った行動を行う、か」
「…陸相閣下。恐れながら、この質問のどこに私の質問の答えが?」
不審げに、私の顔を少将が覗く。
「君は、何故私が夜叉人中将にこの件を任せたかと聞いたな」
「は!」
「簡単なことだ。あいつはな、黒条の事になると本気になる。ただそれだけだ」
「は?」
恐らく、いや確実に、自分の求めていた回答とは全く違うものが返ってきたことに、少将の顔が疑問に染まる。
「…さて、私は少し外に出てくる。帰りは少し遅くなるだろうから、集まっている皆にはその旨を伝え、今日のところは解散ということにしておいてくれ」
「どちらへ行かれるのですか?」
「なに、少し野暮用を済ませてくるだけだ。付いてこなくてよい」
ついて来ようと席を立った少将に向かって、制止の声を掛けてから、真っ直ぐドアに向かい会議室を後にする。
…さて、事の結末はどちらに転ぶのか。
なあ、夜叉人?




