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死なずの君に送る歌  作者: 琴乃葉楓
17/48

煙たい会議場は踊らず、ただ進むⅡ

…!ざっ ざっ ざっ

門の中へと入ると、移動中だと思われる陸軍軍人が、兵も下士官も、士官すらも関係なく、一様に驚いた表情で敬礼をしてくる。

「何故海相閣下がここ(陸軍省)におられるのだ!?」

「知るものか!…それに、常用艦隊の参謀長殿と…な!?なぜ夜叉人閣下が海軍の軍服を!?」

「…本当だ…なぜ閣下が…?」

誰もが、海軍大臣─元帥がここにいること、そして何より、元々陸軍の人間だった僕が、海軍の軍服を着ていることに、困惑やら疑念を孕んだ目を向けてくる。


…まあ、当然の反応だよな。

そもそも、僕が陸軍を辞めたことすら、軍情報部が混乱を避けるために、徹底的なまでの情報統制を敷いていただろうから、知らない人間が多かっただろう。

そんな中で、海軍の軍服を着た僕の登場。

…恐らく、陸軍上層部の頭を抱える問題が増えたな。これは。


だが、これが僕の決断した選択の結果だ。

…今は、ただひたすらに前進。振り返らず、進み続けなければな。


「…おおそうだ。二人共」

そんなことを考えていると、藤崎のすぐ後ろに付く元帥が、軽く後ろ、つまり僕たちの方を振り向きながら、思い出したように呟く。

「何でしょう?」

黒城が軽い調子で答える。

「千鶴宮が、自分がこっちにいる間にまた飯食べに行こうってさ」


「ぜひ!というか、今日仕事が終わったら行きましょうよ!中将閣下も帝都にいらっしゃるんですから」

顎に手を添えて、少し考えたようなそぶりを一瞬見せると、元帥が調子よく答える。

「それもそうだな。夜叉人中将、そういうことなんだが大丈夫か?」

「ええ。…そういえば、自分が陸軍から海軍に転入したのは千鶴宮長官に伝えておられるので?」

ただ軽い質問をしたつもりが、元帥の顔がまるで〇本海側のような青に染まる。

「…ああ。【会ったらお話しなくちゃいけないな♪】だとよ」


…成程、齢二十四歳で自分は死ぬらしい。

「夜叉人中将閣下。逃げないでくださいね?」

今日だけで数度見た、感情と表情の一致しない笑みを黒城がこちらに向けてくる。

「ああ、逃げにないさ。…多分」

少し濁した返答をすると、言葉ではなく、ジトーっとした視線で僕の言葉を否定する。


しかし、どうやらこんな軽口が叩けるのもここまでらしい。

「閣下方。失礼ですが、御歓談はその程度に」

元帥がいるからか、標準語に戻った藤崎が、僕たちの会話を遮り、前方を見るように腕を使って促す。


そんな、藤崎が指さした方向に目を向けると、そこには見慣れた洋風の建物があった。

煉瓦造りで、どこか海軍省を思わせる風貌。

「意外と、陸軍省は門から近いのだな」

元帥が、今まで通ってきた道を振り返りながら、うわごとのように呟く。


「いいえ海相閣下。本来、外部の人間が通るルートを使えば、恐らく海軍省の正門から本庁舎までよりも遠いと思いますよ」

「本来のルート?」

訝しんだような表情で、元帥が問いかける。

「海相閣下も、あまり陸軍省に来られたことはないんですか?」

陸軍省に到着した時の、黒城との会話を思い出しながら元帥に問う。

そうすると、やはりというべきか、あの時黒城が浮かべたような、感情のない、言うなら感情の抜け落ちた無表情で、

「誰が゛禰津ヶ関の監獄゛何て呼ばれている場所に行く?」

黒城と全く同じ言葉を言うのだった。


「閣下方。こちらの部屋に、陸軍大臣閣下含め帝国陸軍の士官級が集まっております」

ドアへと腕を向けながら藤崎が言う。

現在、先程と場所が変わり、陸軍省の本庁舎の中へと移動している。

そして、今僕達の立っている場所こそ、我らが帝国陸軍章の中枢にして、帝国陸軍内の全人事を掌握する最高士官たちの集まる会議場(魔窟)


コンコン

「藤崎澄玲陸軍少佐であります!海軍省より、赤真宮琴乃葉海軍元帥殿、夜叉人篤人海軍中将殿、黒城綾海軍少将殿をお連れいたしました!」

軽いノックの後、藤崎の叫ぶような声が広い廊下をして、堂々と響き渡る。

【うむ。入り給え】

「は!失礼いたします」

少し老けた、けれども軍人らしい気迫を纏った男の声が、ドアの向こうから返ってくる。

そして素早く、けれども静かに、藤崎がドアを開ける。


ガタ

入室と同時に、椅子を引く音が幾重にも重なって聞こえた。

僕が入った、否、元帥が入った瞬間に、椅子に着席していた士官たちが陸軍式の屋内敬礼をするため、起立したのだ。

しかし、当の元帥は、悠々と答礼の一般的な挙手の敬礼を返し、設置された椅子に着席する。

そして、三人の中で一番階級の低い黒城が同じく着席すると、再び一斉に椅子を引いて着席する。


机の配置はコの字型で、机のない部分がドアから入ってすぐ正面になっており、まるで法廷の被疑者席の様な配置だ。そして当然、その被疑者席のような場所に座るのは僕を含む海軍の三人。

一方で、陸軍の士官たちが座っている机のある方は、左右縦側に二十人ずつ椅子がぎゅうぎゅう詰めに配置され、奥に設置された机には、初老の男がただ一人で広々と一区画を使用している。


「お久しぶりですな、赤真宮元帥閣下」

奥に座った、この部屋で唯一起立をしていないその男─渡良瀬直哉陸軍大将が、先程、ドア越しに聞いた静謐な気迫のある声で、元帥へと軽い社交辞令的な挨拶を述べる。

「ああ。渡良瀬大将も元気そうで何よりだ」

元帥と渡良瀬陸相とでは、一回り、下手したら二回りほどは、年が離れているはずだが、元帥は、先程と同様に物怖じした様子もなく、こちらも軽い挨拶を返す。


「さて、さっそくではございますが本題に入りましょう。本日は、海軍殿からこちらに対して何か頼みごとがあると聞き及んでおりますが…」

「ええ。実は我が海軍の予算についてお願いがありまして」

「ほう…?」

元帥に対して陸相を含め、この部屋にいる陸軍の人間から、一斉に厳しい視線が注がれる。

…先程から思っていたが、どうやら陸軍というのは団体行動が大好きらしい。

ん?僕も元陸軍?


「勘違いしないでいただきたい。我々海軍は別に、陸軍殿の予算を奪おうなどと画策しているわけではない」

「…どういうことでしょう?」

ギラついた、鋭い目線で元帥の事を陸相が睨む。

「単刀直入に申し上げると、来月に行われる議会で我々海軍は臨時特別予算の請求を内閣に対して行います。その際に、陸軍殿に置かれましては、どうかそれを反対しないでいただきたい」

「ほう?臨時予算ですか。なぜそんなものを?」

獰猛な、獣のような笑みを陸相が浮かべる。

それはまるで、獲物を見定めるかのような、鋭くとても人が出すとは思えないほどの、殺意を孕んだ笑み。


「陸相殿や、この場にいらっしゃるお歴々に置かれてもご存じかとは思われるが、我が帝国にとって、海軍という存在は、国防に置いて確実に必要な戦力である」

陸相を含め、この場にいる全ての人間が、元帥の発言に対して、同意の意を示すように首を縦に振る。


「そして今現在の世界情勢に置いて、周辺諸国においても、欧米列強においても、その軍事力の拡大は、日に日に増強の一途を辿っている。そのうえで考えていただきたい。もし、他国と戦争になった場合、海軍力がなくては四方を海に囲まれた我が国は、戦争に勝利することは疎か、最悪の場合、敗戦等と言ったことになりかねない」

元帥が、敗戦という言葉を発した瞬間、部屋中にどよめきが広がる。

動揺するもの、冷静に分析するもの、思考を巡らせるもの、反応はそれぞれだが、誰もが確かに不安を感じているのがわかる。

何故か?

簡単な話だ。歴戦の猛者、海軍の覇者とまで呼ばれた男が、敗戦と口にしたこと。

それが、陸軍上層部に対して、何とも表現のし辛い恐怖を与えているのだ。


しかし、そこでただ一人、先程から元帥に対して意見を述べている、陸相渡良瀬が言葉を発し続ける。

「ふむ…。しかし、それはあまりに話が飛躍しすぎてはおりませんか?確かに、海相閣下の仰られる通り、近年の…特に欧米列強の軍事力拡大は目を見張るものがあり、危機感を抱いておるのは我々陸軍とて同じです。ですが、わざわざ臨時予算を請求せずとも、来期の予算決定を待ってからでもよろしいのでは?」

陸相の発言を聞いて、士官たちも少し平静を取り戻す。


そう、陸相の言う通り、別に今すぐに軍事を拡大する必要はない。

それどころか、欧米列強を真似て軍拡を進めたところで、その先に待つのは、急速に強くなりすぎた軍部の台頭だけであり、下手をすれば、現在の立憲君主制の形すら形骸化してしまう恐れがある。


だが、元帥とて、その考えに行きついていないわけではない。

「いえ、我が国の様に地理的な不利を背負う国が一瞬でも弱みを見せれば、現在も植民地獲得競争を行う欧米は絶対に見逃すはずがない。それどころか、よってたかって攻撃される可能性すらある」


そう、元帥が陸軍上層部に対して説いているのは、未来の不安ではなく、現在の不安。

人間の根源的な部分に、元帥は問いかけているのだ。

まだ確定していない未来よりも、差し迫って脅威になりつつある()()をチラつかせ、冷静な判断を妨害する。

そういった盤外戦術的なものを使って、この議論に似た、疑似的な陸軍と海軍の戦争の主導権を奪わんとしているのだ。


しかし、この戦術は元帥以外が使えば、簡単にひっくり返されてしまう程に脆く弱い戦術に過ぎない。

そして、そこがこの戦術に置いて最も厭らしいところ。

他の誰かが言えば簡単にひっくり返されてしまうような理論でも、元帥が─()()()()の元帥が、発言することによって否応ない説得力が生まれてしまい、何とも覆しづらい、強固な理論へと変貌してしまう。


陸相とて、そんな戦術が使われていることは理解している。

だが、


…何とも覆しづらい作戦を使うな、赤真宮元帥。

私とて、陸軍のトップであって、本来ならその理論を覆すこととて容易い。

ただ、正論をぶつけてしまえば、この男の理論は説得力を失うだろう。

…しかし、それはだめだ。

この場でこの男の発言の説得力を潰すということは、海軍のメンツをつぶすことと同義になってしまう。


先程この男が言ったように、我が帝国に置いて…我が陸軍に置いて、海軍は絶対に必要であり、海外に兵を輸送することを考えれば、護衛や輸送艦などの観点から海軍とは仲良くしておきたい。

よって、今海軍のメンツを潰すようなまねはできない。


…この男が、本心ではどのようなことを考えて、臨時特別予算等というものを求めているかは知らないが、ここは恩を売っておくほうが得策か…。


「…致し方なし。海相殿、我が陸軍は、来月の議会に置いて、海軍の臨時特別予算の要求に対して、反対及び妨害行為を行わないことをお約束いたします」

本当に食えない男だな。この男は。


「感謝申し上げる。陸相殿」

どうやら、何とか上手くことがまとまったらしい。

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