密かに、けれど確かに事は進むⅥ
「…海相閣下、英雄殿。何か弁明はございますか?」
見慣れた第一種軍装を身に着け、椅子に腰掛けながら両腕を組む初老の男。
「「ない」」
そして、何故か立たされている僕と元帥。
僕と元帥の返答を聞いて、「はぁ…」という小さい男のため息と、「ふ…っくくく」という噛み殺したような女性の笑い声が部屋の中に響く。
「…恐れながら、海軍の財務部門の長として申し上げます」
初老の男─斎藤一嗣海軍財務少将が、厳しい表情で再び口を開く。
「これ以上の無駄な出費は、本当に、ほんっとーーにおよしになってください!」
ただひたすらに必死な男の声だ。だが…
「無駄な出費などではない。必要経費だ」
斎藤少将の必死な提言を、僕の隣に立つ赤真宮元帥は平気な顔で一蹴する。
みるみる内に、少将の顔が青くなっていく。
「閣下!今年度は陸軍との予算競争に負け、本当に財政がピンチなのです!新しい艦の建造は疎か、本施設や各地方に設置された鎮守府等の重要基地の改修依頼の出されている場所すら、滞るほどにです!」
しかし、斎藤少将は諦めることなく、元帥の説得を必死な形相で続ける。しかし…
「知らん」
また再び一蹴。それも先程よりも短く、端的に。
そして、ついに限界が来たのか、斎藤少将が勢いよく席を立ちあがり、元帥へと、机を叩きながら叫ぶように訴える。
「お言葉ですが!予算競争は海軍大臣である閣下のお役目でしょう!?それを知らんとはいかがなことですか!」
至極真っ当な意見だ。
元帥も、それについては返す言葉がないらしく押し黙ってしまった。
そこでようやく、斎藤少将と対面の位置に座る少女が口を開く。
「まあまあ、斎藤少将。各施設の修繕等は、周囲を海で囲まれた海洋国家である我が国の国土防衛の要です。ですから、臨時で内閣に予算を回してもらいましょう。国防の為と言えば、政治家共も重い腰を上げるでしょう」
「しかし黒zy…」
「私の名前は黒城よ」
きっぱりと、刃物のように鋭く言葉を遮る。
「いえしかし、閣下は黒zy」
「黒城よ。それとも、軍法会議がお望みかしら?」
「は!?いえ、そのようなことは…」
「ならそのまま話を続けなさい」
自らを黒城と名乗る少女と、海軍上層部(一部を除く)への不信感が高まった瞬間だった。
「はぁ…まあ話を続けさせていただきます。こくz」
ニコッ
少女の、幼いながらも冷徹で底冷えするような目線が、斎藤少将に突き刺さる。
「…黒城閣下の仰った意見には一つ問題が」
「何かしら?」
笑顔を崩さず少女が問う。
「恐らく、政府に対して追加の援助…臨時予算の申し立てを行った場合、陸軍勢力からの反発が予想されます」
「…成程。確かに、陸軍は面倒くさいわねー?」
斎藤少将の発言から一拍おいて、少女が僕の方に視線を向けて言う。
「ああ。こんな時に陸軍とパイプを持った人間がいればなー?」
何故か、斎藤少将の隣に座っている元帥があからさまに僕を見ながら、棒読みでぼやく。
「「なあ、夜叉人元陸軍少将?」」
見事というかあからさまというか、少女と元帥の声と目線が、僕に向かって重なる。
そしてそれに気づいたのか、斎藤少将すらも元帥へと向けていた視線を僕へと転じる。
「…一言、申し上げてもよろしいでしょうか?」
三人の視線が交わる点。すなわち、僕が口を開く。
そして、それに返答を示したのは元帥。
「いいぞ」
元帥の言葉を聞き、「こほんっ」という小さい咳ばらいを一つ。
「辞表ってどこに出せばいいですか?」




