密かに、けれど確かに事は進むⅣ
陸に、僕という英雄と呼ばれるような軍人がいるように、海にも覇者と呼ばれる軍人がいる。
僕の場合は、偶々で上げた戦果が担がれに担がれられた結果、英雄などと大層な呼び名を得たが、覇者─この目の前に立つ男の場合、その称号とでもいうべきものは、数多の戦果と経験、直接的な言葉でそれを表すとするなら、゛勝利゛というもので、あの人間は塗り固められたまさに軍人という人種とでもいうべき者なのだ。
そしてそれを裏付けるように、男の身に纏う気迫は、常人のそれが霞んで見えるほどに強大で、言うなれば神聖とすら感じる程に神々しい。
しかし、渦中の人間は左程も意に介した様子はなく、ただ当然といった風に、机の上に置かれた湯飲みと急須を使いお茶を入れ始める。
「さてと、早速だが今回ここに呼んだ目的を果たすとしよう。田淵少将、例の書類を」
田淵と呼ばれた元帥の隣に座った中年の男は、傍に置いていた鞄から、数枚の書類が束になったものを取り出し「どうぞ」と僕に差し出してくる。
「その書類に記載してはいるが一応言っとくな。特務任官中は中将の立場をお前に与える。扱いとしては、兵科と同列ということでねじ込んでおいた」
「いきなり中将ですか…。よく上層部が許可しましたね?」
すると、元帥は僕の隣でお茶を啜っていた少女の方に腕を向けながら、少しの含み笑いを浮かべた顔で言葉を発する。
「そこに座る少将の口添えがあったからな」
は?
「…たかだか、少将風情の発言が上層部の見解に影響を与えたと?」
思わず元帥に怪訝な表情を向けてしまう。
別に少将の地位を貶めるつもりはないが、さすがに上には上がいるというのが軍隊の常識だ。
それも、軍上層部ともなれば尚のこと。
しかし、元帥はまるでその問いを予想していたかのように、先程とまるで変わらない表情を浮かべながら僕の問いに対しての答えを話し始める。
「確かに、本来であれば少将がいくら意見したとて、上層部…最高士官会議では意味を成さないだろう」
成さないと断じながらも、元帥は「だが」と言葉を続ける。
「推薦したのが元陸軍の、それも英雄なんて大層な二つ名を持った奴が海軍に鞍替えすとなれば、陸を敵対視する上層部からすれば奴らの面目を潰せるチャンスだ。勿論全会一致で可決してすぐにでも任官させるさ。…少将の発言が端を発した結果だとしてもな」
…成程
「つまり、陸軍の面目を潰すために私を利用すると?」
冷静を装って発しようしたそのセリフは、鍛え上げられた日本刀の様に鋭く、放たれた弾丸の様に深くこの部屋にいる僕以外の二人を抉り、顔を強張らせる。
だが、部屋に静粛が訪れることはなく、間を空けることなく男は返答する。
「だが、そういう結果になるような選択をしたのはお前だ」
唯一、この部屋に入ってから一切表情を変えていないその男は、まるで子供の癇癪を大人げない言論という名の暴力で制する大人の様に、ただ淡々と反論のしようもない正論を続ける。
「陸軍に…戦友に泥を塗っても、戦友の名誉を守りたいと願ったのは、願ってしまったのはお前だ」
元帥の言葉が、今度は僕の胸を刃となって貫く。
わかっているつもりだった。
自分のした選択が、お世話になった上官達の顔に泥を塗る決断だったことは。
あの、黒城の言葉に怒りを抱いたとき、真っ先に出た結論が、この答えだったから。
けれど、あの時僕はその答えに知らないふりをして、目を背けた。
…つけが回ってきたかな。
そう答えようして、口を動かそうとした瞬間、元帥の声が僕の言葉を遮る。
「つっても、そういう選択をお前に迫ったのは海軍大臣だ」
その言うと、目の前に座る男は、この部屋に入って初めてその表情を変える。
「なら、お前のその怒りも当然に俺にぶつけるべき、そうだろう?」
闘争心に駆られた獣のような、獰猛な笑みを浮かべた化け物がそこには立っていた。
「相手をしてやる。表に出ろ」




