密かに、けれど確かに事は進むⅢ
「どうぞ、こちらの部屋でお待ちください」
少女─黒城が、部屋の扉を開きながら入るように促す。
庁舎の階段を登った二階にある、来客用公室という札の掛けられたその部屋は、扉の見た目こそこれと言って他の部屋の扉と変わったところはない。
内装も革製の赤黒い長ソファが対称的に設置されており、それを遮るように置かれた、ソファよりも少し小さい黒い木目状の長机が一つ。
他には、見るからに高級そうな紅い絨毯が敷かれていることと、ソファの後ろにある備え付きの棚の上段に絵画が、下段に古く少し錆びているサーベル型の軍刀が飾られているくらいだ。
「どうぞお座りください。…っというか、もうタメ口で喋ってもいいかしら?敬語って煩わしい上に何かと気を使うから嫌なのよね」
軍帽を投げるように机に置きながら、黒城は心底煩わしそうに言う。
「そんなに敬語が嫌なら使わなければいいじゃないですか。僕相手なら別に誰も文句は言わないでしょう」
対面のソファに腰掛けながら、先程までと何ら変わらない声音で黒城へと言葉返す。
「そういうわけにはいかないわよ。貴方は゛帝国の英雄様゛よ?そんな相手にタメ口で話してるなんて上に知れたら何て言われるか…」
わざとらしく両手を振りながら、僕へとジトーっとした視線を向けてくる黒城。
しかし、少女の瞳に怒りの色はなく、どうやら怒っているわけではないらしい。
「それなら、なおの事今タメ口で喋っていていいのですか?今、大臣閣下を待っているのでしょう?」
黒城の言葉を聞いて、思った疑問をそのままぶつける。
が、目の前に座る少女はまるでどこ吹く風のように、ただ目の前に置かれた湯飲みに口をつけ、僕の方を向いて無言を貫く。
先程までの喧騒が、まるで嘘のように静粛な部屋に黒城の湯飲みを置く音だけが部屋に響く。
その動作は実に美しく、洗練されているがどこか儚さを感じさせられ、何とも言えないような気持ちを僕に抱かせてくる。
しかし、少女に僕の視線に気づいた様子はなく、組んでいる足の上下を変えたり、壁に掛けられた時計で時間を確認したりするばかりでこれと言って何か会話をするわけではない。
「…来た」
「は?」
十分程が経った頃、唐突に少女が静粛を破って喋りだし、ソファから勢いよく立ち上がり、扉の方へと体を向ける。
その瞬間、閉じられていたはずの扉が開かれ、二人の軍服を着た人間がこの部屋へと入ってきた。
一方は、黒城と同じ軍服を身に纏い、黒髪を短く切りそろえ、鼻下に無精髭を生やした中年の男。
そして、その男の背後に立つ、女性のような顔立ちに白練色の髪を後ろで一本に纏めた、いわゆるポニーテールと呼ばれる髪型をした、大礼装に見を包む美男。
「お呼び立てしておきながら、お待たせしてしまい失礼した。初めまして…いや、しばらくだな。夜叉人少将」
…やはり、海軍軍人に任官したのは間違いだったな。
「ご無沙汰しております。赤真宮海軍元帥閣下」




