出会い
きっと、君はだれが死んだとしても悲しいと感じることはないのだろうな、と僕は思う。
僕…夜叉人篤人と彼女…黒条綾音が初めて出会ったのは、まだ桜の華が咲く四月の初旬のこと。
辺りは、入学式やら入社式何てもので少し騒がしく、道行く人もどこか浮ついた雰囲気があるのを感じながら、僕は一人歩きなれた道を迷いなく歩いていたあの日。
黒条は、鎖三月橋という地元の橋の上から見える、海を覗いていた。
別に、普段だったら海を見ている人間がいたとしても、毛ほども気には留めなかっただろう。
それほど、珍しくもなんともない光景のはずなのに、僕は彼女から目を離すことができなかった。
珍しくもない黒髪で、あえて気になるところを上げるとするなら、目の色が桜よりも鮮やかなピンク色ということ。そして、身につけているものが、紺色の学ランに似た軍服であったというくらいだ。
だが、この街は海に面した街ということで、海軍の基地もあり軍服を着た人間も多い。
女性の軍人こそあまり見ないが、別に珍しいとも言えないだろう。だが、否、それでも、僕は彼女から目を話すことができなかったのだ。
しかし、彼女は僕の存在に一向に気づく様子がない。
ただ、静かに、波打つ海をその瞳に捉え続けている。
車の通る音と波打つ水の音が聞こえる程度の静粛を、唐突に少女が破り去ったのは、僕が橋についてから3分程が経った頃だった。
「あ、にゃん太郎にご飯あげるの忘れた。」
そう言うと、彼女は僕が歩いて来た方角へと走っていってしまった。
警察手帳に似た、紺色の生地で縁取られた軍手帳を残して。