7-9、ヒキガエルの襲来
得たいの知れない壁を見学し、オスドニア城に転移で戻ると、暖炉の前にはクレアが待ち構えていた。
「黙って出掛けないでください、探しました!」
「ゴメン、すぐに戻るつもりだったんだけど、馬を拾っちゃって、持ち主に連絡をとったりしていたらこんな時間に……」
「もう、いいわけはいいですから、早くお風呂に入ってください!」
……いや、何で風呂なんだ。そんなに汚い?
服に土や馬の毛でもついているのかと見ていたら、カツラをはずされた。
「なにやら、エライ人が来るらしくて、お城はおおわらわですよ、その人が来る時間までに、アズリア様をお姫様に仕立て上げないとなりません!」
「エライ人って陛下でも来るのかな、なら別にかしこまらなくてもいい気がするんだけど?」
「誰が来るのかは聞いておりません! アズリア様はこのお水をお湯にしてください!」
「ハーイ」
バスタブにクレアが水を注ぐので、サラの力で瞬時に温める。うーん、まるで人間加熱器なボク。便利。
◇◇
風呂から上がって、サラに髪の毛を乾かして貰ったら、お城のメイドさん総出で、ドレスを着付ける。
前にお腹を締めるのを嫌がったせいか、コルセットの要らないドレスを用意してくれた。
「偉い人って誰が来るの?」
「デュアン大公ですよ、大公はオスドニア公がおひとりなのを気にされて、よくおみえになられます」
……ギャー、一番会いたくない偉い人だった。
父上や、ヘリオニア陛下をイメージしていたために、お客様がヒキガエルだったショックは大きい。
着付けが終わり、廊下に出ると、サイラスがいた。サイラスはいつもよりも高そうな服を着せられている。
ボクはサイを抱き上げて、額をくっつけた。
「ボクにとってはヒキガエルでも、サイにとってはパパだもんな、会いたくないと思って悪かったかも……」
「いや、大公はサイラス様にはお会いになられないよ」
振り返ると、デュカスが偉そうにふんぞり返って立っている。なんでコイツはいつでも偉そうなのか。
「ホラ、衣装が崩れるから、サイラス様をこっちに渡せ」
「……むう、偉そうでムカつく、デュカスキライ」
まあ、お子さまは重いので、ずっと抱っこをしているのは腕がツラい。変わってくれるというのならば喜んで。
サイを渡すと、デュカスはじっとボクを見ていた。
「なんだよ、気持ち悪いから見んな」
「喋らなければお姫様に見える不思議……」
「まあ、口を開いても、わたくしはお姫様ですわよ?」
高い声を出して、メイフォリーナを思い出し、コロコロと笑ってみる。すると、デュカスもサイラスも呆然としてボクを見た。
……なにその反応、きずつくー。
ボクはスカートを持って、その場でくるりと回る。
布地たっぷり、パニエマシマシのスカートは、回ると花のように綺麗に開く。
「なんだこれ?」
デュカスが前に出て、ボクの左手をつかんだ。
そこにはスファレ王子がはめた精霊石の指輪がはめてあり、デュカスは指輪を見ていた。
「金属の指輪かと思ったら、なんか謎の素材だ……」
「いいでしょう、ヘリオニアで貰ったんだ。クレアも公女様から直接指輪を頂いていたんだ、クレアを泣かせたらただじゃ済ませないって公女様が言ってた!」
「それな、なんか脅しているつもりかもしれんが、俺にはアズリアの指輪をくれたのは公女様じゃないよって聞こえるぞ」
……あっ、本当だ。耳聡いな。
「だって、金属製品って転移で持っていけないから、特別な物みたい、素材は不明。そして外せないんだって」
「……うわぁ、妙な首輪をつけられてんな」
……失礼な、首輪じゃないやい。
ペイッとデュカスの手を払い、今度触ったらコロスとにらみつける。
デュカスはボクに向かって手を差し伸べた。
「なんだよ、気持ち悪い」
「大公から、両殿下をお迎えに参りました」
「えっ、サイとボクを? デュカスが?」
「そう、両者のお目付け役ですから、仕方がなく」
……ひと言多い!
ボクはデュカスを無視して、ひとりで歩いた。
オスドニアの古びた廊下を進む。すると前方で人の声が聞こえた。
進むと、城の使用人が並んでいて、その中央をお腹の大きなヒキ……デュアン大公がオスドニア公と話しながら歩いてくる。
デュカスはボクに脇に避けろと指示をするので、仕方なしに脇に避けて、下を向く。
大公はデュカスを見ると、近付いて来た。
「そこの女はアズリアか」
「お久しぶりです、長らくご心配をおかけいたしました……」
……ヒィィ! 話し掛けられた!
「長く行方をくらましておいて、城にも帰らずオスドニア公にまで迷惑を掛けるとは、王族である自覚が足りなすぎる、恥ずかしい」
……ボクが行方不明になったのはデュカスや黒服に襲撃されたからで、陸路で帰っているのはスファレ王子のせいなんだけどな?
「……申し訳ございません、一刻も早く城に帰ります」
「今はいい、ここで会ったのも何かの縁だろう、晩餐に同席しなさい」
「イヤデス」
……なんて言える筈もなく、黙っていたら了承した事になった。
ゾロゾロと人の足音が消えるまで、ボクはずーっと下を向いていた。すると頭を撫でられる。
顔を上げたら、デュカスに抱っこをされているサイラスがボクを撫でていた。
『……コワイの、大丈夫?』
「サイは優しい、イイコだねぇ」
逆にサイラスを撫で返し、その頬にキスをする。サイはパチパチと瞬きをするが、あまり喜んでくれなかったので、サラに出て来て貰った。
途端にサイラスは目を輝かせてサラに手を伸ばす。
何もない場所を見て喜ぶ幼児を、デュカスは怪訝な目で見ていた。
「……何があんの、そこに」
「なんと、ここにはデュカスには見えない美女がいるのです。フワフワの長い赤髪に、おっぱいボーンのナイスバディの美女精霊!」
女好きなのに、美女が見えなくて残念だねぇとからかったら、頭をゲンコツでグリグリされた。
「見えない美女なんていらないだろ、現実の女で十分だ」
負け惜しみをーとにらむと、デュカスは既に立ち去っていた。
サラはニヤニヤしながらボクを見ている。
「……何か言いたげだね? ここには恋バナはないのに」
『あるわよー、アルアル』
「ないよ、無いよね?」
……ボクと大公、サイとデュカスのどこに恋の混じる余地があるというんだ?
思えばスファレ王子も恋じゃ無いと思っていたら恋だった。ここにも何かぼくが気付いていない恋バナがあるのか?
「サイラスがサラが好きしかわからないや」
いや、愛とか恋とかは今考える事ではない、今は壁、そして行方不明者、そして違法なお薬。
……考えたくないな、逃げたいな。
前に進みたくなくて、廊下に立ち尽くしていたら、使用人に呼ばれて仕方がなく食堂に向かって歩いた。
◇◇
「……うわー、サイがいない」
食堂にはデュアン大公とオスドニア公、そしてデュカスが座っていた。
ボクはデュカスの隣に案内されたので、コッソリとサイについて聞いてみる。
「社交界に出ていない子どもはこういった場に同席しないだろ、お前は本当に王族なのか?」
……それだったら、廃領地の男爵とかいう謎の肩書きのデュカスが一番の部外者なんじゃないかな?
などと口に出すと絶対に怒られるので、ニッコリ笑って淑女らしく席についた。
会食は始まり、大人達は今年のワインがとか話しているが、酒を飲んだことの無いボクは話しに入れない。
……大公と一緒の食事とか恐怖しかないよ。
目の前に置かれたお水をチョビチョビと飲んでいると、オスドニア公にお腹の心配をされてしまった。
そりゃ、普段は普通に食べるのに、今日は水だけすすっているとか、不思議に思うよね?
城のパーティなら挨拶したら退出を促されるのに、ここだと陛下も母上もいないから、誰も追い出してくれない。
……早く部屋に帰りたい、ここから退出する理由が欲しい。
キリキリと痛む胃をさすっていると、オスドニア公に声を掛けられた。
「アズリア姫はすっかり姫君らしくなられましたね、以前にこの城に来られた時は少年のようだったのに、見違えました」
「恐れ入ります」
「見掛けだけだな、姉上のような銀の髪も受け継いでいないし、辺境伯の血がよく出ておいでで」
オスドニア公がボクを褒めたのが不満なのか、大公が母上イジメをはじめた。
ムストニア城では恒例行事だが、オスドニア公の前で母上を悪く言うのはやめて欲しい。
「私の妻も姫と同じく金色の髪だったよ、妻は優しくて、それでいて頑固な面もあって、妻がいたときは本当にしあわせだったな」
「それは、あの肖像画の方ですね?」
「そうだよ、妻もヘリオニアの貴族で、国境間の友好の為にこの城に嫁いでくれたが、本当に素敵な人だった」
……亡くなられていても、まだ好きなんだな、だから後妻を娶られないのか。
いい話だなぁと頷いていると、大公がフンと息を吐く。
「南の貴族を城に迎え入れても、南の民はことごとく我が国を荒らして行く。しまいには公のご子息を血祭りにあげるという蛮行に及んだ。南の民は気性が荒くて話が通じない」
「デュアン大公、南の民も私たちと同じ精霊島の人間だよ、同じ人種で同じ言語を持つもの同士、仲良く出来たらいいと、私は未だに思っているよ」
「公は人が良すぎる。跡取りを亡くされているのに、優しすぎてこっちがつらくなるわい」
……うーん、大公とオスドニア公は仲良しなんだな。大公はボクや母には意地悪だけど、父上や公には優しいんだ。
「公もおひとりになられて、オスドニアも後継者に悩むところですな」
「私ももう年だし、他の家の者に託すしか無いだろう」
そうだなと同意して、大公はチラリとボクを見た。
「モルティエ男爵はどうですかね、昨年まで隣のモルティエ領地の後始末を任せていたが、戦中に賊に燃やされた世界樹の苗木も見つけた功労者だ」
「ほう、世界樹の若木は残っておりましたか」
「あれがあると無いとでは、収益が変わりますからな、植樹する場所さえあれば、またこちらに持って来ると弟が言っておった」
……えー、世界樹の若木の移動にデュカスは関わって無いのに、デュカスの手柄になるの?
あー、胃が痛い。
スファレ王子みたいに口喧嘩に強ければ、デュカスは邪魔したほうだからと真実を言えるのに、ボクじゃ笑われるだけだよ。
オスドニア公は苦笑いをして、ワインを飲んだ。
「流石にこの城を任せるなら、王族かその縁の者でないと、先祖が許さないだろうよ」
「とは言っても、公の血筋も、王族も跡継ぎが少ないですからね、悩ましい限りで」
……あ、なんか嫌な予感がする。
「アズリアもそろそろ適齢期だし、弟と話をしていたのだが……」
……キタ! 来ました! 結婚話キタコレ!
「はじめは私の息子、というか、元妻の子どもなのだが、その子を考えていたんだ」
「おお、サイラス様ですな、しかしまだお若い」
「そう、サイラスが結婚するにはあと十年はかかる、アズリアの年齢的にそんなには待てないだろうと、ここにいるモルティエ男爵が話しに上がった」
「……ゲフッ!」
変なところに入って、盛大にむせた。
大公とオスドニア公の視線が集まるが、苦しいので横を向いてケホケホと咳をする。
「大公も冗談が上手い、流石に男爵相手では議会が怒るだろう」
……ですよね! デュカスはない、絶対にダメ!
「モルティエ男爵領は廃領地となり、デュカスは若木を発見した功績で、爵位が上がる事に決まっている。しかし、今彼に任せられる領地が無い故に、私の養子に迎える話が出ているのだ」
えーっと、大公は公爵で、王様の一個下。男爵は下から数えたほうがいい下の階級。間に四つくらいある爵位を、公爵の養子にしたら飛び越えられるの?
ボクはハイと手を上げる。
「横からすみません、精霊島ってとても血脈を重要視するではないですか、えーっと、南の聖王子は父親が平民だから、王位継承権が無いに等しいのですが、デュカスがボクと結婚したら、王様になれるのですか?」
「行儀がとてもよろしいボクっ娘お姫様、私が王になれる筈はありませんよ、次の王はアズリア様の息子になるでしょうね」
「……またそれなの」
公女様にも子どもをくれと言われたよ。自国でも同じことを言われんのか。
「アズリア姫の第一子は、四大精霊の加護が必ず付きます。正統な血筋の加護付きは次の王にふさわしい存在でしょう」
「それは、子どもを大公と父に任せて、デュカスはオスドニアを守るってことか? そうしたら、オスドニアの後継者はどうなるんだよ?」
「私は王になるわけではないし、第二子でも姫でも問題なくオスドニアの後を継げますが」
……ボクの子どもは何人産まれる予定なんだよ、母上だって、公女様だってひとりしか生んでないのに、何でボクだけ子沢山?
「あれ? 国王は絶対に男だけど、領主なら女が継げたりします? サイがムストニアを守れば、私はオスドニア領主になれたりする?」
「アズリア姫が望むなら、私は構わないよ」
ああっ、オスドニア公にウエルカムされてしまった。ここなら聖地に近いし、若木も移してくれば精霊の多い領地を経営出来るな。
フムフムと聖地のお隣の領主コースを夢見ていたら、デュカスに手を握られた。
「……ヒィッ!」
「私とアズリア姫は幼い頃から共に育ってまいりました。姫がオスドニア公になられるのならば、私は助力いたしますよ」
「いらんわ、阿呆!」
デュカスの手をペシッと叩くと、オスドニア公に笑われた。あれ、これ、仲良しに見える?
……もし結婚とかするならば、大公とは離れたい。大公のあやつり人形になるのだけは勘弁してほしい。
「まあアズリア姫、オスドニアは王都とは違い、国境のトラブルの多い都市だ。ここを継ぐことは、よく考えてからにしなさい」
「あっ、ハイ、早計な事を言って申し訳ありません、この話は持ち帰り、陛下とよーく相談させていただきます」
そうだよ、国境間のいさかい! クソ高い入国税と関税の件があった! ここの領主になれば、高すぎる関税をなんとかできるかもしれない。
と、思ったが、この件に大公が関わっていない筈はなく、オスドニア公主になってもやはり大公にあやつられる気がする。
……ボクの未来は真っ暗だよ。
大公が怖くて水しか飲んでいないボクのお腹は満たされず、クルクルと鳴るお腹をさすりながら、苦行の会食を耐え抜いた。




